第45話 犬猿の仲はどこまで犬猿?
2年2組。和風喫茶。
メニュー
◎クレープ
◎フレンチトースト
◎チーズケーキ(完売)
◎和菓子セット
◎追記、ナポリタン、唐揚げ、サラダ
◎ドリンク各種三点(すでに完売されてるものゴメン)
かわいいイラストを添えた
「いらっしゃいませ。二名さまご案内で~す」
翔たちが催す喫茶店は、他のクラスより繁盛していた。お菓子を楽しむ客席の中、翔が坐る席だけが険悪なムードを醸す。
「では、孫の顔を見られたことですし退散なされては?」
優希を膝に抱えた翔は顔を扉側に向け、祖母を冷眼傍観する。
「そうですね。では」
祖母が席を離れようと起ち上がると……いきなり、焼きそばの香しい匂い室内にこもる。
皆がざわめく。
喫茶メニューに焼きそばはない。
「はい、お待ちぃ」
声とともに祖母の前に焼きそばパンが出され、席に座る者たちは羨まし程度に視線を注ぐ。
もちろん翔も呆気、出された皿を眼で追う。
「!? テツ!」
「そう。ご注文のおれ、お手製の焼きそばパン♪」
パンを運ぶ哲弥の姿に、翔の声はひっくり返る。
「えっ? どうしてそれ、おまえの昼飯じゃぁ」
「ああ、ちゃうちゃう。こちらのお婆さんが先ほど焼きそばを落とされたのよ。おれのせいでよ」
「うん?」
「で、話を聞くとこういうとこも初めて、あの焼きそばも生まれて初めてなんだと」
「うん、うん(真顔で頷く)」
「悪いことしたなぁって、で代わりの焼きそばをここの店流でパンにしてあげようと連れて来たらさ、ここに用あった言うじゃん。でさぁ翔、ごめん!!」
「え?」
「おれ知ってたけどさこの人、翔と顔合わせ辛そうだったから」
「ああ、だから買い出し。でも俺……」
(助けられたよ? おまえに……)
翔は固まる。出された品にもだが、祖母の表情と雰囲気が先ほどまでとは違う。気丈に振る舞っていた祖母の顔は化粧の上からはわからないが、耳を見れば一目瞭然である。
(照れてる……目上の人にこれ言っちゃうと怒られるかもだけど、なんかかわいい)
雰囲気も何処か角が取れたように思え……。翔は祖母の耳を見て気が緩み、湯呑みを手にする。
緊張していた喉を茶で潤す。
帰る予定の祖母だったが、哲弥の笑顔と出されたパンに躊躇いつつ腰を据え直し、出されたパンをゆっくり手取り、口に入れ頬を緩ます。
にこりと微笑し、焼きそばパンを味わう者は感想を訊ねられる。
「海沙樹さんどう? 美味でしょ~?」
哲弥のひと言に、茶を飲んでいた翔は咽せた。
翔の膝上にいる優希は驚き、身体を反らす。
「み、みさ、き? さん」
咽せながら翔は尋ねる。翔は
優希はそんな翔の背中を擦り、横の哲弥は婦人に平然と確認する。
「うん、だよな。海沙樹さん」
「……そうです。海沙樹です」
自分を名乗ると口を限界まで広げ、パンを頬張っていた。
「あらら、本当においし!」
「でしょ、美味しいんだって」
哲弥はそう言うと海沙樹にマヨネーズを出した。
「お好みで」
「……」
言われた通りにマヨネーズを少し乗せ食べる海沙樹。
翔はそんな
「あのぅ、なんだかんだで満喫してます? 祭り」
「……」
海沙樹は黙々と焼きそばパンをかじり、翔から目を逸らす。
真横では、水をグラスに注ぐ哲弥がいた。
「よかったじゃん、場が和んで」
「……うん」
翔がポツリ囁く。哲弥は翔の顔色を窺い、あはーんと何かを納得する。
「よく見れば似てるなお二人」
「テツ……おまえは凄いな」
呆れ顔の翔は哲弥に、感嘆をついた。哲弥は親指をグッと上げ、翔にヘラッと笑う。
翔は緊張をなくし、顔を伏せると肩が徐々に震えていく。
哲弥はそんな翔の肩を叩き、笑う。
その爆笑中の二人の元に、給仕に励んでいた葵が突然、ゲームに出没するモンスターさながらの速さで現れ哲弥の襟を掴んだ。
葵は小声を上擦らせる。
「哲弥、あんたはまた勝手を! 注文が来たらどうするのです」
葵はテーブルの皿をチラ見して哲弥を責める。メニューの注文を増やされないかと、心配する葵がいる。
実は哲弥、これまでに三点もメニューを勝手に増やしており、葵は困り睨む。
葵に、笑いで誤魔化す哲弥だが時既に遅し。葵の思惑通り、また新たな注文が入った。
「焼きそばパンください」
「こちらも良いですか?」
憤慨の葵は哲弥を引き摺り厨房へ。そんな哲弥は引き攣り笑いを見せ、翔達に手を振り奥へ連れられる。
哲弥を見てハァと息零す葵はふいに、肩を掴まれ驚くと……。
その手は海沙樹の手であった。
「私が原因です。私が作りましょう」
「え、いやそんな部外者に悪いです。しかも予算も」
「お金も私が出します。作り方は食して理解しましたそれに」
海沙樹は葵を促しながら翔を見やる。海沙樹の視線に気づいた翔は大きく溜め息をつき、呆れた物言いで踵を返す。
「はいはい。ご一緒しますよ」
翔は優希の手を握りしめ、渋々席から立ち上がる。
祖母は翔の様子から優希のことを理解するも、あえて訊ねた。
翔を真っ直ぐ捉える。
「その結婚を考えている子は?」
「俺の彼女です!」
「ふっそうですね、後で改めて挨拶を。まずは」
「調理ですよね」
翔は海沙樹をカーテン奥の調理場に誘う。優希はそんな翔の袖を引き、翔の顔を自分に向けさせほほ笑んだ。
翔は優希に照れ笑いを送り、即座に耳打ちする。
「俺、あの人のこと憎いのかな」
「ふふ、
「だよね……」
(あの人が……俺の祖母)
翔は優希を見つめ考える。二人は相づち、ほほ笑む。握られた手はしっかりと繫いだままに。
調理場のカーテンを揺らした海沙樹は隠れていた穂斑と瞳が合い、呆れた物言いで呟く。
「
龍胆とは、龍を秘めている者が放つ丹田のことを指す。
穂斑は海沙樹の視線を感じ、瞼をギュッと閉じた。穂斑の手は怖々とカーテンを握りしめている。
海沙樹は炎の気配を別に感知し、ガスコンロを睨んだ。ユラユラ、微々たる火がコンロから吹く。海沙樹はそれを見るなり顔を顰め、穂斑を見遣る。
「何という気配の隠し方ですか? 情けない」
「ワッ悪かったわね」
「ふふふ、貴方も手伝いなさい。調理は出来なくとも配膳は出来るでしょう」
「何で、私が」
穂斑は海沙樹からエプロンを受け取る。穂斑は戸惑いと否定の喚きを海沙樹に向け、そして睨まれる。
「炎龍、後でちょっと。貴方にも言うことがあります。何かは──、分かりますね」
「うっ……わかったわよ」
穂斑がエプロンを付け、膨れっ面をすると海沙樹は微笑んだ。
照れた娘は表に出ていく。
教室の外では、待機中のカメラ小僧たちが騒ぎ出す。
「貴方達、写真はNGよ。でも注文するなら考えてあげる」
穂斑は持ち前のツインテールを指でねじり跳ねさせ、開いている手を腰に回しポーズを作った。
「「「「おぉぉおおおおお」」」」
教室は人で溢れかえる。
係の者たちは翔の肩を叩いて笑う。中には軽く睨んだあと文句を言う者もいたが仕方ないとぼやき、持ち場に着いていく。
「ああ、これ絶対遊べないよね」
翔も優希の顔を見てぼやく。
優希は横でほくそ笑むと翔の頭を撫でた。葵は翔の横で息を飲み、語る。
「翔、あなたのお祖母様。ものすごく手付きが素晴らしいです」
「だって一応、俺の祖母よ?」
葵は翔に「呆れます、さっきのあんたは」と軽口を添え、肩を叩いた。調理台では海沙樹が慣れた手つきでキャベツを切り、そばと同時に鉄板に放り、炒め始めていく。
「海沙樹さん、炒めるの俺がやるよ。油が跳ねる」
翔に声を掛けられ、驚く海沙樹がいた。
「海沙樹って」
「ああ、ごめん。まだ祖母と認めてないし、それにいきなりお祖母さんも変でしょ?」
ティシャツに着替えた翔が横に立ち、海沙樹からフライ返しと箸を奪う。翔も手際よく、鉄板の上にある物を炒め始めた。
「優希は横で」
「うん、調理手伝う。メニューはそれだけではないしね」
「うん、頼む」
笑い合い、協力しあう優希と翔を見て海沙樹は微笑む。
(
海沙樹は翔と、「いがみ合いで終わる」と胸中、不安が押し寄せていた。
このような形でまさか孫と肩を並べるとは、思いも寄らぬことが起き海沙樹は哲弥と目が合うと会釈する。
哲弥はそんな海沙樹に、満面の笑みで応えた。
教室は盛大に賑わい、時間が流れていく。翔たちが気付くと、催しの終了時間より早くに、店終いとなった。係についていた者ども全員が疲弊仕切る最中、葵が叫く。
「凄い! 黒字で終わりました」
クラスの者たちがそれを聞くと喜んだ。優希と葵はことさら喜んでいる。優希が翔と穂斑に声を掛けようとすると、居たはずの二人がいない。
海沙樹の姿も消えていた。
「あれ、翔達は?」
「さっきお婆さんと出て行ったよ」
哲弥はクラスの者たちに、ジュースを振る舞いながら言う。
哲弥の言葉を聞き、不安がる優希がいる。気付いた葵は優希の肩を抱き、優しく声を掛ける。
「大丈夫ですよ。翔クンはしっかりしてます」
「うん」
優希は葵に抱かれ、教室の扉を眺める。翔を思い、ほんのちょっとだけ、不安がる優希だった。
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