第46話 思いは丁寧に扱われる



 青い空に広がる薄い鱗雲。暑くもなく湿気もない、乾いた平日。


 何かが凸凹おうとつした地表の中を、ひょこっと動く影がある。遺構と呼ばれる溝に沿って、何かを探すように繊細に動く身体。手に厚手のビニール手袋を嵌め、細長く矮小なスコップ。

 額に薄らと汗を浮かべ、手を止めた者は首に巻いたタオルで汗を拭う。

 

(喉は多少乾くがいい小春日和だ)


 腰に携帯するペットボトルの水を飲むと、息を吐く陽介がいる。


「ふうぅ」


(風が爽やかに吹くこういう日は、土弄りに最高だ) 


 陽介の言う土弄りとは、遺跡である。


(今日は文化祭だったな。いいなぁ、優希や翔は楽しいだろうなあ)


 空を仰ぎ、二人のことを思う。


(優に翔のことを話してないが……知ったら、ショックだろうか)


 陽介が穴から顔を出すと、初恵の姿があり、手を振っていた。「初恵さん」陽介は満面の笑みで手を振り返す。


「陽介さん」

「今日地方に飛ぶのでは」

「うん、このあと飛ぶわ。ちょっといい?」


 初恵の傍らにヤミがいた。


「あれれ? どうしたの?」


 陽介は遺壁に手を引っ掛け、地面を軽く蹴り身体浮かせ、軽々と穴から飛び出た。ジーパンにマウンテンパーカーを着熟す陽介は袖に付着した土を叩き落とす。そうして二人を視界に入れた。

 ヤミは陽介に会釈する。


「この間ハありがとうございます。それと、巫女達ガお世話に」


 ヤミは頭を下げると同時に、紙袋を差し出した。包みの中は多種多様のカップアイスが並ぶ。


「うわあ。ありがとう」


 陽介はアイスを一個取り、周囲に呼びかけた。


「おーい」


 陽介の張り上げた声にわらわらと土竜もぐらように、遺構から人が顔を覗かす。それらは陽介の講義の生徒だ。

 周りに六人の学生が集まり、アイスに目を輝かせた。そこにいる男女が髪や肩に土埃をまみらせ、手には陽介同様、手袋を着け細いスコップを持っていた。


「おおぅアイスだ」

「「バニラアイス」」

「おれ、イチゴ」

「私、モカ」

「緑茶」


 アイスを吟味する生徒たち。陽介は生徒に、今の作業を切り上げるよう促した。生徒たちは食べ終えた後、身支度を始める。

 「先生教授さようなら」の声を張り上げ、帰り際に出土品をボックスに並べていく。


「名札つけ忘れず、種類分けて青コンに」


 青いコンテナボックスに入れられる出土品たちを目にしたヤミは、瞳を耀せる。

 陽介はテント外にある水を頭に注ぎ、ある程度の土を洗い上着脱ぎ、椅子の背に掛け気を安らがす。土品に色めき立つヤミに気づくとタオルで髪を拭きつつ、隣に立つ。


「思いのほか少ないんですね」

「まあ、今日はね。大きいのは後でゆっくりと」


 ヤミが溝を窺い、布とビニールに覆われた突起物に目を向けた。陽介は青コンをテント下に移動させている。


「クックッ、ですね」

「そうだよ、ただの軽いおじさんではないよ。冷タッ」


 椅子に座り、アイスを頬張る陽介の口元が笑う。

 ヤミもつられて笑う。


「で、話があるんでしょう?」

「はい」


 三人は椅子に腰掛けた。日は照ってはいるがさほど熱くなく、心地よい風がたまに吹き抜ける。

 椅子の上で貧乏ゆする陽介は初恵の横で、そわそわ仕出す。


「クックッ、いいでスよ。陽介さん」

「え、なにが?」

「だって、抱きつキたいのでしょ? 初恵さんに」

「うん、今日の初恵さん艶っぽい」


 初恵は陽介の言葉に照れた。初恵はポートネックの淡い秋色のシャツに紺生地デニムのマーメイドスカート。腰から下に掛けラインが細く、膝上から下にはスリットが入りモダンを醸し出す脚がチラリと覗き出ている。


「では、遠慮なくイチャつかせて」


 陽介は話ながら、すでに初恵の大きな胸に顔をうずめている。


「そういウとこ、翔とソックリです」


 ヤミは笑いが止まらない。


「翔が? そうかな」

「そう、本当に助平な部分だけ子どもに教えるのやめてもらえます?」

「ぇえ。それは僕が悪いです、でも抑えたくないです。それにヤミくんは見知った仲だよ?」

「もう! そう言う問題ですか?」


 初恵は叱咤するも、陽介は笑っているだけである。そんな二人がヤミには可笑しくも、嬉しい。


「ククッ、本題に入ります。ちなみに二人ノお子さん、いい子に育ってます」


(優ちゃんも翔もいい人に育てられてる。うらやましい……)


 ヤミは陽介と初恵に、翔の様子を話す。先日の穂斑ほむらのことを伝え、黒龍のことも述べる。


「そうか、先に炎龍が現れたか」


 陽介が深刻な顔をした。


「二人は亡き瞳海沙様に頼まれて調査しているとおひい様から伺ってます。何処まで?」


 陽介はノートパソコンを取り出し、ヤミに見せた。今まで調べた【龍】について話し、画面を立ち上げ。


「今いるであろうと思われる場所」


 取り出されたパソコン画面に、日本地図が画面に映された。赤い斑点と青い斑点、緑の星マークが浮かぶ。


「赤が遺跡や神社跡。青が龍を崇める寺社で緑は」

「我々の御神所ですね」


 陽介は頷くと、さらに分割された地図をヤミに見せる。ヤミの膝上にパソコンを置き、色々と操作をさせた。


「これは」

「現段階で分かる各々の龍の場所。まあ、眉唾になるかも……」

「そうでスね。たぶン」

「炎龍は狙い通り此処に現れた」

「と言うか、せっかく調べていただキましたが翔に全て、引き寄セられるのでは?」

「みたいだね。まあ、知ってて損はないよ」

「ですね」


 「ッ冷タ」陽介は甘い氷菓子に舌鼓だ。


「一応、データは預かります。いいですか?」


 ヤミは携帯電話アイフォーンを取り出し、コネクトをパソコンにつないだ。


「連絡用と分けてるんだ」

「ええ、連絡移動時ハ小さい方のが使いやすいのでこっちはデータ用」


 ヤミはパソコンを弄り記録を読み込む間、待ち受け画面に吸いこまれた。


「これ、優ちゃんと翔?」


 画面には赤ん坊の頃の翔を抱く瞳海沙と優希を抱く初恵、微笑む四人の姿があった。画面の向こうで幸せそうに笑む瞳海沙にヤミは、顔を曇らせた。

 画面を指さし、ヤミは陽介に頼む。


「これ、ください」

「ん? いいよ」


 陽介はカタカタと指を動かし、操作しだした。傍らで陽介を見るヤミは考える。


(おひい様は母親を知らない。その事実を翔は知っているのか……)


 ヤミの中で、暗い感情が藻掻く。知らない内にヤミの足は、貧乏ゆすりを起こす。

 見ていた初恵がヤミの心情を察し、ヤミの太ももに手をそっと添えた。


「ねえ、御ひいちゃん元気?」

「え!」

「怒らないでね」

「? なにがです」

「翔には伝えてはいないの。まだ小さい存在を気付かれてはいけない。だから、伝えてないの」

「! わざと伝えていないのですか」

「ええ。御ひいちゃんが十歳を迎えたら本当は……迎えに行く予定だったから」

「!!」

「翔。あの子は独自で妹の存在を知った……あの子の心情がどう傾いているかは分からない」


 初恵は悲しい表情を浮かべ、ヤミに話す。自分の携帯アイフォーンを手にし、中のSDカードを取り出した。


「これを」


 そしてヤミにそっと渡す。


「これ……」

「渡す。渡さないはあなたの判断に任すわ」


 ヤミは受け取ると初恵に一礼した。瞼を閉じ、カードを握り絞めた拳を祈るかのように額に添える。


「今は便利な時代ね。じゃあ陽介さん私行くわ。優と翔、よろしく」

「ああ、気を付けて」


 初恵はパイプ椅子を片し、パソコンケースと旅行鞄を手にする。陽介の頬に軽くキスをし、去って行く。


「フッ、人前だよ」


 陽介はぽつりとぼやき、初恵の後ろ姿を見送った。

 傍らにいるヤミは動こうともしない。データカードを見つめるヤミに、陽介は訊ねた。


「見ないのかい?」

「……実は今日お祖母そぼ様が翔に接触してます」

「えっ」

「翔のことはお祖母様に逐一、報告を入れてます。あと優ちゃん」

「優希?」

「はい。翔のを知ってます」


 陽介は飲んでいる水を勢いよく吐いた。そのはずみで、ペットボトルは下に落下してしまう。


「えっ、そうなの」

「不本意に本人優ちゃんの前でバトルを」

 

 ボトルを拾い、陽介は蓋をして足元に置いた。


「ああそう、危惧して損したのと僕ショック」

「すみません」

「いや、君が謝る必要はない」


 陽介はクーラーボックスから氷を手取り、頭に置く。


「それで、祖母様あの人がわざわざチケットを?」

「いえ、俺が行く予定を奪われました」

「ああ、だよね。自分からする人だったら今頃はねぇ」


 含みある言い回しをする陽介がいる。ヤミは躊躇うも苦笑いを返し、足元から銀の蛟竜ミズチを出す。

 蛟竜に、アイフォーンを飲ませ預ける。


「なんと便利な」


 陽介がうらやましそうにヤミの足元に消える蛟竜を見て、唸った。ヤミはそんな陽介に微笑む。


「クック。行きます? 祭に今から」

「ん?」

「巫女達と陽向ひなたとで行く予定でしたから……」


 ヤミは余ったチケットを陽介に見せ、口角を上げる。


「行く!」


 ヤミは頷くと陽介の作業を手伝う。陽介はいつも以上に片付ける手を早めた。全てを積み終え、確認すると急いでエンジンを掛け車を出す。

 ヤミは陽介の横顔を見て吹き出した。


 陽介の表情は楽しそう。


 ヤミは考え思う。

 各々の「思い」がこの遺跡の溝のように、複雑な思いを抱いていることを。でも陽介の笑顔が前しか向いていないことをヤミは知る。

 ヤミは窓から入る風を清々しい気持ちで受け、隣にいる陽介の笑顔につられていた。

 



 


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