第三章 文化休日?

第43話 招かれる客と招かれざる……。


 忙しく啼いていた蝉の声は遠退き、青空にはイワシ雲が広がる。

 激しく暑かった夏も、終わった。


 翔たちの学校行事、秋の風物詩「体育祭」は九月初旬に行われ無事に終わり……を迎えても、生徒たちの熱は冷めない。活気づいた校内には、体育祭以上に人が賑わう。各々の教室クラスを思い思いに色染め、他校や一般市民を招き盛り上がる行事がある。

 生徒が愉しむ秋最大祭りといえば、文化祭。そう、大事な行事イベント第二弾が今、真っ最中。


 翔達のクラスも例外なく経営イベントする「和風喫茶甘味処」。

 翔と優希は表、哲弥に葵は裏方として張りきる。

 翔逹の出店はなかなかの人気があり、人の足が絶えない。

 

「おいっ翔。これ秒で」

「わかった。これだね、でも秒は無理だよ」

「使えん奴だな」

「偉そうに!」


 そんな忙しさの中、翔は裏で給仕をする者から買い出しを頼まれる。

 息抜きになると、勇んで教室を後にした。浮かれる翔は渡されたメモの確認をする。


 卵

 小麦粉

 蜂蜜

 豚肉

 焼そば……


「焼そばぁ? ごはん作る気満々じゃん」


 翔はぼやいた。小言ついてると腕を組まれた。「翔だけずるい」細くか弱い指と腕が絡むと同時に、金平糖の声が弾む。


「ふふ、あれれだね。甘味処なのに誰だろう焼きそばなんて」


 翔はにやけた。


「まぁ、犯人分かるよ。ほら、ハートマーク」


 優希がメモを覗く。小さいハートに囲われた文字がある。


「あれ、哲って書いてるぅ」


 顔を突き合わせ笑う二人。いつもより人が密集する通路を、いつものように仲睦まじく歩いている。


「さすが祭、いつもの倍以上の人がいる」 


 翔は周囲を窺う。事前に、チケットを購入しておけば部外者でも入校出来る楽しい行事に、人は集い騒ぐ。

 楽しそうにぶらつく二人は他校の女生徒三人に写真を強請られる。

 優希と翔は、クラス催事の衣装を着ているが為、物珍しさもあってのことであろう。

 

「記念にいいですか」


 訊ねられた優希は気前良く受け、それぞれが優希と並び入れ替わり立ち替わり。

 その度、満悦な優希に翔も喜んだ。

 模擬店の衣装は当初のゴスロリ案ではなく、着物ドレスに変わる。男子もそれに合わせ、着物だ。

 優希は今着る衣装にとても、満足であった。


(よかった。こっちの方が動きやすいし、清楚感あるし。ふふ、翔に感謝だね。ほんと、翔の発言力はすごいな、感心感心)


 そう、この案の言いだしっぺは翔だ。肌の露出が多い、ゴシックなドール系衣装で優希を晒したくないという翔の発案である。男子は否定していたが結局クラス全員、翔に言いくるめられたのであった。

 でも今は繁盛しているが故、皆に褒められている。

 まぁ、メイド喫茶なんてどこにでもと、思い返す翔だった。


「すみません、お兄さんも一緒にいいですか?」

「俺?」

 

 優希は衿元に白いフリルを遇ったピンクベースの可愛い花柄、ひざ丈の短い着物ドレス、翔は紺の普通の着物を着ながす。

 長身の翔は容姿も相まり、すらりと似合いすぎている。そんな翔は「ツーショットを撮りたいです」と、照れながらはしゃがれた。

 困り顔の翔を優希は横で笑う。

 「みんなで一緒なら」と翔を交え撮られ、その数枚のうち一枚を優希は手にしていた。


「ありがとうございます」

「こちらもだよ、あとよかったら来てね」


 優希は女の子達に、茶店の割引チケットを渡している。礼をして去っていく子たちに優希は手にしていた写真を振り、見送る。


「ふふ、記念写真」

「記念……か、まっ、なんにせよよかったね」

「うん」


 「記念」と口籠る翔は、後ろの変な集団を。後ろに控えるのは優希目当ての邪推小僧。わらわら溢れ、様子を窺われていた。

 翔は思う。


(また増えてるよ)


 優希の横に翔が張り付いてるため、前から来る者は写真部と新聞部しかいない。

 しかし、カメラ小僧は嬉しそうに優希の後を付いて回る。翔は優希に張り付き、携帯カメラ等を気にして歩く。


「流石にこの衣装は目を引くかな?」

「フフ可愛かったね。あの子達」

「優希の方がかわいい」


 翔は即答する。そして見せびらかすように、優希の肩を抱いた。無論、背後では喚き声ブーイングが起きている。

 いちゃつく二人は鋭い視線で刺されるも、見向きもしない。優希に至ってはまったく後ろを気にも留めておらず、翔の気もそっちのけでにっこり微笑み、胸に寄り添う。


(もう! 翔はすぐ褒める) 


 優希は翔に火照り顔を見られまいと隠すので精一杯で、あった。

 翔はそんな優希の耳にキスした後、後ろの小僧たちに微笑んだ。


 冷ややかな笑みを後ろに贈る。


 その笑顔に、カメラ小僧は慌てて逃げ出す。吹き出す翔に優希は気づかず、話しを続ける。

 そんな中睦まじき者にお構いなしな者が仁王立つ。

 二人の会話を止めた。

 は甘栗色のツインテールを軽く、揺らせている。


「噂通り仲良いのね、貴方達」


 綺麗な色の髪に似合った琥珀の瞳が二人を、ふぅうと覗き込んだ。

 優希より、十センチ位低い女の子。上を向く視線は人を見下し腰に手を当て、なぜか勝ち気に振る舞う。


「何の用だよ。穂斑ほむら

「あら、目上の者を呼び捨てとは」

「じゃぁ穂斑姐さん、何用よ?」


 翔が穂斑に目線を合わせ、眉間に皺寄せた。

 ふふんと嘲笑い、更に上がる口角がある。翔はそんな穂斑に、冷ややかに笑みし返す。


「俺たちに混ざる?」

「らないわよ。キモイわね」


 穂斑は翔に、突っかかるように鼻先でもの言う。持ち前のツインテールを指で弄り翔を見上げ、皮肉を込めて言う。


「無駄に背っが、高いカップルね。ムカつくわ」

「姐さん、無駄って」

「話があるのだけど」

「それって、今でないとダメかな?」


 穂斑は翔の姿を上から下まで、品定めするように目をやる。身長高く、モデルな感じで佇む翔をじろじろと。


「う~~ん、いいわ、あんたのその着物に免じてゆるすぅって、隣のその子! それ何!!! よ」


 穂斑は翔を褒めた後、隣にいる優希を見て瞳を泳がせた。


「なによ、その大きさ!」

「ふぇ?」


 虚どる穂斑は優希が着けていたエプロンを奪い、優希の胸を羨望し衿元を掴んだ。


「その胸で着物が似合う。腰も細い! 反則だわ」

「えっ……あっヤンッ」


 穂斑が優希の胸ぐらを掴んだことにより帯がずれ、たわわに実った部分メロンが弾け飛ぶ。皆に晒される寸でのところで、翔が優希を着物ごと腕に包んだ。

 しかし、帯を失くした布は下へ、擦れていく。


「ちょぃ待て、それ以上は……ダメだ」

「ふぇぇ、やだよ大変!」

 

 着物が解け、完全に着崩れてしまい……数分後。

 拗ねる穂斑が、出来上がる。


「なんで私が」


 用事で訊ねた穂斑は荷物持ちと、化す。


「誰の所為だよ、着直すにしても場所ないし!」

「悪かったわね、私よりその子の胸に物申したら?」

「優希は悪くない、まぁ俺は嬉しいけどさ」

「フン、馬鹿でしょう?」

「ああ、俺は優希に馬鹿惚れだよ。悪い?」

 

 穂斑は優希を睨み、口を尖らせ優希をすがむ。

 翔は胸の中にすっぽり優希を入れ、肌を晒す下着姿を目に留めほほ笑む。綺麗な顔立ちは満足そうに、頬が弛む。


(優には悪いけど嬉しい出来事ハプニングだ。でも一緒に歩けなくて落ち込んでるだろうなぁ)


 翔の考え通り、優希は翔のむねの中で気落ちしていた。そんな優希を落とさないように翔はしっかり、片腕で抱く。


「翔、ごめんね」

「なんで謝るの。優は悪くないよ」

「フン、なによ! 悪かったわよ」


 穂斑ほむらはアヒル口をさらに尖らせ、謝るついでに跳ねる髪を更に手で弄り、跳ねさす。翔達に目もくれずツカツカと、卵が入った袋をぶんぶん手にぶら下げて歩く。

 翔は前歩く穂斑を可愛いなと見つめていると、それに気付いた優希に顎を噛まれる。


「ん、バレた?」

「おたんこなす。私だけ……」


 語尾をゴニョと濁し、拗ねる優希に翔はそっとキスをした。

 照れた優希は落ちそうになるも、翔がきちんと抱え直す。後ろに控えているカメラ小僧がみじめに悔しく、小声で呻く。

 翔も息をつき、小言をぼやく。


「増えるばかりで減りもしない」

「? 推し嫁がいるから?」

「ん〜〜? それだけだと思うの?」

「?」


 翔は優希の姿をチラ見すると、嘆息する。優希を抱え直し、自身が着る紺色の着物を淡い朱色の着物に重ね、きちんと優希の肩に羽織らせた。


 翔の手にはピンク帯と、帯止め紐が握られる。


 翔たちが教室に戻ると、人が倍に溢れている。驚く三人に葵が近寄り説明を始めた途端、人が一段と押し寄せた。

 困惑した翔は大声で、一喝する。


「座れ! 並べ! 注文しない奴は出て行って! ごめん」


 席に着く者と散り散りに消える者とに分かれ、場は落ち着く。

 静かになったところで、葵が翔にこの人だかりはと、切り出した。

 理由は、優希見たさの大入りでもあるが翔が穂斑を連れている、ことでもあった。

 そしてまだもう一つ。


「翔に会いたいと貴婦人が」

「婦人?」


 翔は葵から、ある人物が席にいることを知らされる。翔が買い出しに出ている間に訪れ、翔を名指し、席に座る年老いた女性。

 年齢も然る事ながらな美人な珍客に、周囲はざわめく。綺麗な身形みなりに溢れる気品、そしてその面立ちは……。

 席に着く者は皆口々にひそひそ話す。「似てるよね」と囁きは波紋となり、教室に響く。


 顔を引き攣らせた翔がざわつく席を前にし、大きく深呼吸をしていた。

 

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