第16話 鈴の音が鳴り響く


 暗闇は静かに翔とヤミを飲みこむ。気つけば夕闇が濃く、辺りがどんより沈んでいた。

 ダンデライオンが艶やかな黄色を浮かせて揺れていたが、二人により踏みつけられる。


 翔に顔を捕まれ踏ん張るヤミと、それを持ち上げようとする翔。


 手から逃れようと藻掻くヤミだったが翔の指爪は伸び、徐々に顔の皮膚にめり込んでいく。やがてヤミはそのまま身体を持ち上げられ、足の爪先が浮いた。

 持ち上げたヤミを、冷ややかな面構えで翔は笑う。

 先程とは、あからさまな雰囲気違う翔がいた。


「翔くんにさ。無駄な入れ知恵止めて貰えますぅ。ヤミくん」

「ガッハッ、お前」


 ヤミは翔の指の隙間から外を覗く。そして落ち着きある声で語りかけた。


「銀龍か。そんな簡単に交代できるのか?」

「翔くんが今不安定なんですよ。ふん、私のことも知っており尚且つ「おひい」のこともとなりますと……」

「ガアッ、離せ! 銀龍」

「血族縁者ですか?」


 翔と入れ替わった『住人』がヤミを詰める。ヤミが蹴りを繰り出す中、翔の爪はヤミにめり込み血が垂れ落ちていった。

 ヤミの紅い花が翔の顔に散る。

 翔は微動だにしないどころか顔に付いたヤミの、温く紅い花弁を舌で舐め取りご満悦な顔を見せびらかす。


「さっきの翔……は可わ、いかっ、たぞ」

「ソレはどうもです」


 住人の手を掴み、ヤミが抵抗する。


「こぉの、馬鹿ち、から」

「ふむ。そんなこと言われましても、ふふふ」

「……」

「翔クンは自分で自分のことを知る必要があるのです。ですから入れ知恵しないでください」

「何をする気だ?」

「いただきます。あなたの内なる龍を」


 翔は唇を卑しく舐め、あざ笑う。艶めかしい顔つきでヤミを睨んでいる彼は、翔ではなく『住人』だ。


 ヤミの前に『住人』がいる。


 住人は口を開き、ヤミの内に潜む龍を喰らおうと……。

 すると、『住人』とヤミの間にポテポテと駆け寄る二人がいた。おかっぱの日本人形のような小さい二人。愛くるしい瞳を輝かせ、ピタッと地面に手を翳し住人を見るとしっかりと呪言のりとを落とす。


トオツ神。急々如律キュウキュウニョリツ

「何?」


 驚く住人の足元には、小さな巫女二人が呪言を唱え終えた。

 二人は叫ぶ。


レェイ


 咄嗟に、術返しする住人がいる。

ゼロ


 翔の足元と地面に手を置く巫女の間に、二重の結界が出来上がった。不完全な結界を目に焼き付ける巫女達は声を、上擦らせた。


「あわあわ。そんな」

「どうしよ。どうしよ」


 巫女達は戸惑い、瞳を滲ませた。一人は泣き、もう一人は住人を睨みつけている。睨みつけた巫女は住人と瞳が合うと威圧感で怯え、顔を強張らせて唇を震わせた。

 そんな二人に『住人』は微笑みをひとつ。


「ふぅ、う゛えっ」一人は声を上ずらせ、もう一人は再度キッと睨むが翔と瞳が合うとやはり怯えた。


「そうですね、結界は必要です」


 住人は足を軽く二回踏みならし、「零」と唱えた。


 すると、平地の四隅に光の柱が浮かび上がっていく。四角形の空間を煌々と照らし出し、結界の壁ができあがった。


「ふふふ、代わりに張って上げました。君達も後で能力を吸って上げましょう。君達は愛らしいので眠り姫のようにソフトにして上げますよ」

「ひいぃぃいいい」

「やだやだやだ」


 怯える二人は「雷」と唱えた。フラッシュを焚いたような眩い閃光が住人の足元を捉える。

 幼い巫女の、非力な抵抗であった。

 ヤミをも一捻りさせる住人に対し、小さな稲光を打つけてもダメージはない。住人はかったるい表情をして片足を軽く振る、だけであった。


「ふうん。私に喧嘩を売るのですか」


 住人は巫女達を冷ややかに瞰下みおろし、辺りを見直す。


「良いでしょう。ですが、まずヤミくんを先ィぃギぃッごふっ」


 と、言葉の最中に鮮血を吹いた。


 住人は口を触り、手についた生温い物をその目で確認する。『住人』が驚いていると住人の意思とは別に口が開く。

  巫女達が不思議そうに翔を眺めると言葉を、呪言を放つ『翔』がいた。  


遠忌懾伏えんきしょうふく


 リィィンと鈴の音が一つ響いた。


 同時に巫女達の着物の袖が光る。巫女の袖の中には、丸く可愛い鈴が入っていた。

 二人は袖から光る鈴を出し見遣る。


「これは鈴のちから」

「うん。誰が鳴らしたの?」


 二人は翔を見上げた。すると目が合う。滲んでいる二人の瞳には、優しく微笑む翔が映った。


「翔さま」

「翔ちゃま」

「鈴を、借り、自……中の自分を……呼ん─、だ」


 ゲホッ、ボタタ──。翔は大量の血を吐いていた。手の力が緩み、ヤミを手放す。翔は息を絶え絶えに、刀で身体を支えた。 

 ヤミの額から吹いていた血垂れは止まる。傷が少しずつ塞ぎ始めていた。傷が治りかけているヤミは、浮かない顔をした。


「翔、お前……」


 隣では刀を支えにしゃがみ苦しむ翔がおり、手を差し伸べるヤミだったがその手は雷で払われた。


「ッ──翔」

「触れるな。ヤミ、逃……げろ離……ろ」


 見上げた翔は苦痛で顔を歪ませた。


「ヤミさま」

「ちゃま」


 二人の巫女は怯えるも、無我夢中でヤミにしがみついた。先ほどの態度と打って変わり、巫女を抱きとめ慰めるヤミがいた。


「翔ちゃまの意識が」

「翔さまが」

「大丈夫。恐くない。怖くない」


(ああそうだ。まだガキだョ。まだ。こいつらを含め目の前にいるあれもまたただのガキだ! 自分の。俺の使命を忘れるな)


 ヤミは泣き始める巫女を撫で、二人の瞳から零れ落ちる涙を拭うと頷いた。


「おまえら、分かっているナ」

「はい。これですね」


 鈴を握ると一つ音を立て、笑う巫女達がいる。


「ああ、配置に着け。神鎮めだ」


 ヤミの命令に従いトテトテと小走りに散る二人がいる。

 翔を前にヤミは煙草に火を灯し、考えに耽る。長い煙を吐き、再び視線を翔へと遣った。


(……美人には弱いンだよ。俺)


 煙太の火を足で消し終え、何かのタイミングをヤミは計っている。


(仕返してやる銀龍。助けに成るか解らんが翔、待ってイろ)


 翔を俯瞰し、ヤミはその場から足を動かし自分で決めた持ち場へと進む。 

 翔のために。ヤミはいつの間にか翔を気に入っていた。


 屈む翔はヤミの動きにピクリと、反応したが……。

 眉間に皺を深く寄せ葛藤する翔。

 自分の内なる対話に身を沈め、翔の意識はトンと暗闇に落ちて行く。ヤミはそんな翔に気付かない。

 

何故なにゆえに!?」


 怒りを言葉に乗せ、叫ぶ翔を中心に孤を描く風が一瞬散った。

 怒りに叫ぶ『住人』の耳に、声が届く。


 凛とした声が──。


 翔の中のもう一つの人格『停止装置ストッパー』だ。


(それ以上の狼藉赦さぬ。言ったよな! 俺は停止装置ストッパーだと、ん? 銀龍住人よ)


 苦しむ翔は自分と葛藤している。


「グウッ。龍を喰うのが私の宿命。間違ったことはしていないです」


(フン、ソレを止めるのがもう一人のおれだ。龍を喰らうもどうするも決めるのは本体住人おまえではない。覚えていて貰おうか銀龍じゅうにん


「うざいですね。もう一人の「翔クン」は」


 刀で身体を支え、俯く翔のは続く。

(ふん、その為に俺がいる。狼藉を働くな)


「グフッ」

 血を吐く翔がいる。内なるもう一つの人格ストッパーは『住人銀龍』を止めるにを傷つけることを厭わない。


「これ以上、体内で【鎌鼬かぜ】を放つと翔クンが死ぬよ?」

(ふうん、確かに。だが治癒は目覚めている。お前とおれの根比べだ)


 ヤミとの戦いで【鎌鼬】を掠め取った翔は、自身の体内に放つ。翔の身体は立つことを放棄し、刀とともに地面を這い転がる。口からは大量の血が溢れ、身体は細かな殺傷痕が無数に出来始めた。

 痙攣を起こし、このまま沈むかのように見えた翔だが──!


「ガァァァアアアアアアアア」

(!!!!!!!!──。)


「違う! 私は封じこまれません。全てを喰らい、金龍を金色こんじき を喰らいます」


 叫び立ち上がる住人がいる。

翔の中の人格ストッパーと対話は終わり、素に戻る住人がいた。

 翔は立ち上がると概観を見渡し、フラつく身体を踏ん張った。

 自分の立ち位置を確認している。一直線上正面にはヤミ。両端に巫女を確認すると銀の瞳が妖しく光る。


「!!」


 翔は正面のヤミを睨む。翔はヤミに手を翳し、何かの準備をし始めた。

 翔は口端を噛み締める。

 ……ヤミはそんな翔に眉尻を下げ、訊ねた。


「俺は銀龍住人を鎮め、お前を助けたい。無理かナ?翔」


 翔に睨まれるヤミも静かに手を翳し、応える。 


「!!!」

「まだ銀龍だな。手伝うからそんな顔するな。おひい様と同じ顔が醜く歪むのはどうかト思うゾ?」

「ふっ、お前が消えれば治りますよ」


 睨み合うヤミと翔がいる。翔が手に持つ刀を抜き始めると、脇で控えていた蛟竜ミズチが翔目掛け飛んだ。 

 刀に絡まる蛟竜がいる。


「なんですか? 斬ります、よ」


 刀は半身だけ、鞘から抜き出された状態であった。蛟竜が抜刀を阻止するために絡んでいる。翔が蛟竜を雷で焼きこそうと蛟竜を睨み付けたところで、鈴の音が響いた。


 美しくも儚い、音が鳴る。


 鈴音を響かせる巫女はヤミと声を合わせ、音を放つ。翔を縛る為、神の御魂を下ろす呪を唱えた。


み給え、一二三、二実代、五六七世ひふみ、ふみよ、いむなぁんせ神力、通力おりなんせ。十九とうこ!」

《リイィイイイン》


 合わさる鈴の音と声に、住人は眉をひそめた。ヤミと巫女達を眺めると降参の意を示し、深く息をついた。


 住人は降参する。


 呪言と共にヤミと巫女二人の身体が白く光り、三点を結ぶ。結ばれた後、天から轟音と共に一筋の雷が翔に目掛けて落下した。


 雷と共に豪雨が降り、四人を叩く。雨はそこにいる者達を浄めるかのように、激しく降り注いた。


 

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