第17話 鳴り止まない雷雨
いきなり降り注ぐ雨に、困惑する街の人々。
ビル下に避難する者や、ショップ、または飲食店へと足を運ぶ者達がいる。
優希達三人は、待ち合わせ場所であるファーストフード店に居た。窓から見る景色に驚く。
窓際の席に座る三人は大きな雷と窓を叩く豪雨を見て、文句を言い合う。
「おおスゲェ雷。たぶん落ちたよな? 待ち合わせここで良かったぁ外だと今頃、濡れてたわ」
「そうですよね、そして肝心の翔君は来るのですか? 来ない! どっちなのです?」
「おれだって先程から気にしてるさ。そう尖るな、葵」
席に座り、スマートフォンのタップ音を響かせる哲弥がいる。テーブルを挟み、哲弥の前に座る優希は溜め息をついた。テーブルに置いた物のガラス面を見ては、繰り返される溜め息。
画面の報せは豪雨と、世間を沸かすニュースばかり……。
肝心の待ち人からの返事は来ない。ぼやく優希がいた。
翔が待ち合わせの時間になっても来ない──。
「珍しいなぁ翔。どうしたのかなぁ」
「だよな、アイツが連絡寄こさないとは」
「ほぉんと、何をしているのかしら。翔君は」
翔は早く遅くに拘わらず、着く連絡を必ず寄こす。その翔から何もなく、待つこと一時間以上経過していた。
退屈を紛らわすため、各々が手に持つ物を弄っている。葵に至っては足が疲れたと、隣の哲弥の太股に足を伸ばし寛いでいた。スマートフォンを弄る哲弥の肩を叩く葵がいる。
「ん、どうした?」
葵は哲弥を自分に向かせ、手に持つ物を見せた。トランプである。
シャッフルすると配り始めた。
「トランプ? なぜに」
「ほら、この間ゲーセンで。でそのままだったみたいです」
「ああ、この間って昨日じゃん」
「そうですね」
哲弥は
「ババ抜きかぁ」
「賭ける?」
「フフ。では負けたらトリプルバーガーのセットはかいかが?」
「よしやろう。今、翔がいないから勝てる気がする」
いつもトランプゲームで翔に負ける哲弥は翔がいないのをいいことに、意気込みを見せた。横にいる葵に鼻息をつかれ、変な顔をもされる。
「あら、そうかしら。私か優希でしょう勝つのは」
「たぶんね。テツ弱いもの」
「言ったな優希、勝ったら奢れよ」
「勝ったらね」
「フフ」
三人でのババ抜きが始まった。
葵の考え通り、翔を待つ間の気分転換になった。翔のことを口には出すが、ピリリとした空気はない。優希に至ってはスマートフォンの画面を見る回数が明らかに減り、トランプに夢中である。
「良い気晴らしですね」
「まぁな、優希もトランプに夢中だし。ナイス葵」
「ふふふ、あなたがゲーセンで当てたトランプですよ?」
葵は哲弥をチラ見した後、トランプを扇子に見立て、優希や他の席の者に見えないように哲弥にキスをした。こっそりと、二人だけの一瞬を楽しんだ。
「たまに驚くことをするな。葵は」
「あらっ不服?」
「いや」
哲弥が満足げに言うと、二人は見つめた。見つめる二人を眺める者がいる。トントンとテーブルを叩く音をさし、飲み物をストローで啜る優希がいた。
哲弥と葵は優希に対し、しっまったと思うが遅く、眉間にシワを寄せむくれている。睨みをきかし、二人を見て啜り終えるとジュースを強請る。
「ごちそうサマッ。お替わり!」
「おう、買ってくるわ。コーラ?」
「カルピスソーダ!」
哲弥が葵を退かし買いに行く。二人のイチャつきを見て拗ねる優希は、葵を睨む。
「フフ。姫、嫉妬かな」
「しません! 翔が来たら見せつけるので大丈夫」
「あらっ。ツレないです」
「ふふ、葵もなんだかんだで」
笑う優希の唇に柔らかいものが触れた。葵は優希の横に座り、頭を抱き額を合わした。葵はぼそっと小声で。
「あんな王子より私に鞍替えしませんか?」
「もう。葵ったら、ぷふふごめんね」
「また振られました、もう」
柔らかいものは葵の唇だった。二人は目を合わし笑むと、鼻頭をつけ更に笑う。
二人の席の前に哲弥がいた。コホンと一つ、哲弥は咳払いすると目を細め冷ややかな雰囲気で葵を見た。
「葵。おれの目が黒いうちはダメだと念押したよな」
「フフ、優希が悄気るからつい」
「まぁ、確かに連絡を寄こさないアイツが悪い。だからって」
「あらっ、翔君がいてもやるわよ私」
「知ってる」
「ヤキモチ?」
「そう、ヤキモチ」
手に持つジュースを優希に渡す。哲弥は真向かいに座ると窓の外を見た。
「遅いな」
連絡を寄越さない翔を待つ上に外は、予想外な雨模様……。
ぼやく哲弥がいる。明るいやり取りが続くように見えたが、優希がスマホの画面を指でとつんと叩き出し沈黙した。
三人はなかなか来ない待ち人に、息を吐く。
哲弥が口を開き、何か言い始めようとしたタイミングで声をかかる。
「あっ。いた」
待つことに、痺れを切らし始めた三人の耳に聞き慣れた声が入った。
優希の父、陽介である。驚く優希は父を見て、立ち上がった。
「いたいた。ごめん。言われた場所に居てくれて助かったよ」
「お父さん」
駆け付けた陽介は雨に打たれ、びしょびしょだった。
「えっ? てことは翔は」
「ごめん貸りた。しかも翔に携帯持たすの忘れた。ごめん」
顔の前で手を合わせ、目を閉じ謝る陽介がいる。そんなぁと優希がぼやいた。哲弥も外を見てぼやく。
「そうか、買い物はまた今度だな」
「僕で良ければ付き合うが、この雨では」
陽介は即答すると外を見た。父の濡れている姿をまじまじと、優希は観察する。
そして優希は鞄を漁り、タオルを差し出す。陽介の肩は濡れ、ティーシャツの前は無事だが後ろは濡れていた。
「お父さん風邪引くよう?」
「ああ大丈夫。
心配する娘に微笑む陽介がいる。陽介は哲弥の横に座り、体を拭き始めた。
「ありがとう、いやっ参った」
ぼやき、体を拭く男は思わずTシャツを脱いでしまう。
「おじさん、さすがにそれは」
哲弥は慌てた。鞄からバスタオルを出し、急いで陽介の体を包む。
「哲弥プール帰りか。学生はいいな」
ぼやく陽介に葵が突っ込む。
「あら、おじ様も毎日楽しそうに古墳弄ってるじゃないですか。見ましたよこの間公園の古墳場にいるのを」
葵は正面に座る陽介をマジマジと眺め、胸板を指でなぞる。普段の古墳いじりや力仕事のお陰で陽介の体は、三十後半にしては胸筋がしっかりしていた。
見惚れる葵は頬杖ついて、陽介を眺めた。
「優希パパは良い躰してるわ。どこかさんの躰とは大違い。色気あって欲情しそう」
「バッ、か。おれだって鍛えてる。今日はプールを泳いだのではなく、三時間も歩かされたんだぞ!」
痴話げんかを始める二人に、陽介は和む。
「若いなぁ、おじさんも若ければなぁ隣には娘。ふむ一人身なら極上の誘い文句だいいね、ありがとう」
「ふぅぅうん。一人身なら遊ぶんだやらしいなぁ、お父さん」
「優希いやいや、ねぇ。それにこんな美人のなぁ?」
「あらあら、ねえぇ」と相槌をする葵と陽介を、優希が冷ややかな目で見遣る。
「まぁ、でも娘ほどの子は相手にしないよ。そこは弁えてるよ」
「ふうんそれって、同い年の人は良いよって聞こえるからお母さんに話しておくね? お父さん」
「だっ、バカ!」
にこっと悪戯な微笑を
「へぇ~、お父さんでもお母さんは怖いんだ」
「優希、お父さんを揶揄うな」
「……おじ様、優希は翔を捕られたことに怒っているのですよ」
葵は追記するように陽介に微笑み、語る。ああ、なるほどと納得をした陽介に合わせ雷が落ちた。
地響きが伝わり、先ほどより大きな閃光とともに……。そして落ち着くとチリチリと青白く、糸のように雲の合間を光が走る。
陽介は窓越しの稲光を捉えると睨み、唇を強く結んだ。優希は父が、外の景色を睨んでいることを不思議に思う。
「お父さん?」
「──、先ほどより一段と……」
(翔はたぶん今頃は……無事だと良いのだが)
頭を振る陽介がいる。「今日はやはり帰ろう」陽介は三人を促し、窓の景色に目を向けた。
外を見る三人は陽介の言葉に従う。しばらく経つと雨は小降りとなり、コンビニで傘を調達する陽介がいる。哲弥は「翔は」と、ポロッと言葉がついて出たが……。やや事情を知る陽介は返答はせず、早く帰ろうとだけ急かした。
皆で歩いて帰る最中も、空には小さな稲光が雲の隙間をチリッと走り、雷がまだ細々と鳴いていた。
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