第15話 タバコの煙は当たり前のように揺れる
平地では、タンデライオンが可愛らしい黄色を揺らしていた。
野に立つ男が、四方八方に視線を泳がし何かを捜している。
が見つからず、そこいらの石を蹴り上げては舌打ちした。
「なんだよ。なにもネェぞ、本当にここで在ってるのかよ。家らしき建物も、人間もいない。あるのは平地だゾ。おいっ!」
苛立った男は、隣に連れ歩く小さな巫女二人の尻を蹴り上げた。巫女二人は同時に地面に転がる。
「あぅっん。確かにここです。感じるのです。間違いなく───やめっあぁ」
男は順に巫女を蹴り上げていく。
「チッ。ハズれかョ、お前ら役に立てよナ」
男はワックスで固めた髪を撫でタバコをくわえる。触れた髪は黒く鈍く艶めいていた。
色白の肌に目尻がキツく上がり、狐の人相を思わす。黒いスーツに見合う細い手脚に華奢な長身の出で立ちの男。
フンとえび
「フン、帰るゾ」
「うん。帰れ」
男の背後に突然現れた翔は、耳元で囁いた。驚いた男は翔を直視する。
「いつから!」
「先ほどから?」
翔は嘲笑う。
男は急いで翔から離れるが、離れる事を許さない翔がいた。
「あの子達に謝れ」
翔はピタリと男の背後に食い付いて、離れないどころか巫女二人がされたことを遣り返す。
男を力を込め蹴った。蹴られた男は地面に擦れ落ち、口や、顔に傷を負う。黒いスーツは砂利を下敷きに、白くマダラに汚れた。
「なぜここにいるの。マダラさん」
「チッ。マダラじゃない。お前が銀龍か?! 話しが違う。こんな奴だとは聞いてない」
「ん、話し? 誰に聞いた話」
手に持つ鞘を寝そべる男の額に当て、翔は咎めるような視線を投げた。翔の眉間には深い皺が寄っている。
「誰に聞いたか気になるけどさ、その前にあの子達は君の連れだろう。ひどいことをする」
「ひどい? オレの所有物をどう扱おうが勝手だろう。それよりなぜここにと訊ねたな」
「ここは元俺んちだよ。不法侵入だ。出て行ってくれるかな、マダラさん」
「チッ。マダラ言うナ。俺にはヤミと言う名がある」
「ふうん」
男の自己紹介を余所見半分に聞く翔は、巫女達の着物の汚れをはたいている。翔は関心なさそうに男をチラ見した後、巫女達の手を引いて隅の方に歩いて行った。
これから起こる事を把握している翔は二人をなだめ、男の方へと戻って行く。
「話の続きって雰囲気でもなさそう」
溜め息をつく翔がいる。
「そうだな。話は用事が終わってからでも」
にやつく
蛟竜は翔へと挑むが全て刀で薙ぎ払われ、足元にボトボトと落ちる。刀を鞘に納め、一息つく翔の足元ではミチミチと落ちた物がゆっくりと動き始めていた。
「ぁん?」
無数に落ちていた蛟竜の残骸が一つになると、翔に巻きついた。締め上げられた翔は呻き声を立てる。
「ふぐっぁあう」
蛟竜に巻きつかれ、身体をみしりと締められる翔は下にいるヤミを見据えた。ヤミは余裕な態度でタバコを吹かし、翔を見る。
「そのまま締め上げろ。そして飲め。後は俺が美味しくいただく」
「いただく?」
「喜べ! お前の『銀龍』も能力の【暴食】も俺がいただく。そのために来た」
「……」
もがき苦しむ翔だったが、男の
息を止め、蛟竜をマジマジと見て考える翔がいる。翔の切れ長の瞳にじっと見つめられ、巻きつく蛟竜は口を拡げたまま動きを止めた。
蛟竜の瞳には、翔の顔がはっきりと写る。
蛟竜の動きが一変する。締め上げていた
「どうした……の?」
翔をゆっくりと降ろす蛟竜がいる。降ろされたあとも、しきりに顔を舐められる翔がいた。
翔は蛟竜の頭を撫で微笑むと、額を合わせた。
「俺に惚れたのか? 良く分かんないが降ろしてくれてありがとう。クスッ」
翔と蛟竜のやり取りを呆れ顔で見るヤミがいる。そしてぼやいた。
「はぁ? 蛟竜は俺のだゾ。何してくれるゥ」
「……」
黙認している翔に跳びかかる足がある。だがひらりと翔に躱され、足は捕まれヤミはまた地面に叩きつけられた。
「なっ」
倒れたヤミは蹌踉け、身体を震い起こし翔を睨んだ。翔の方は仲良くなった
「──蛟竜。小さいサイズに」
蛟竜は小さく成ると翔の腕に巻き留まり、舌をチロチロと出し体をくねらせている。ゆっくりと這い上がると肩のところで止まった。
「優希には見せられんな。悲鳴を上げそう」
「クソッ、それなら」
ヤミは翔の不意を突き、風の刃である鎌鼬を繰り出した。
翔は肩にいる蛟竜を眺め、優希の顔を想像している。そして油断しているかのように笑うが、繰り出された風を掴み奪い取った。鎌鼬を手のひらで弄り始める。
「すごい。どうやってこの風圧を繰り出すのだろう」
翔は小言を吐き考え、住人のことを思い浮かべた。
(うん。この【奪う】力もそうだ。『住人』に教えられた通りにすると面白いぐらいに力が奪える。これが【暴食】の能力なのか?)
手のひらで、
自分なりに、色々と能力の分析をし出した。
「なっ……」と呟くヤミは繰り出す技、持てる能力の全てを翔に掠め取られ、顔を歪ませる。目前にいる少年は自分が前もって与えられた情報と明らかに違う。
計算通りにいかないヤミは混迷する。
「聞いた話と違う。能力は使えないはずだ」
「──誰に、聞いた?」
翔はヤミを睨み、手に持っていた
「ガアッ、んダよカハッ、その動き」
地面に転がるヤミがいる。荒い息を吐き痛さに震えるヤミを翔は見てしゃがむ。翔ははぁとわざと息を漏らし、ヤミの胸ポケットに手を入れた。
ポケットにあるタバコを取り出す。
「……吸うのかよ。悪ガキ」
「こんな不味いの吸わない。はい」
翔はタバコをヤミに咥えさせ、火を近づけた。ヤミは近づけられた火を先端に点け吹かす。
そんなヤミの横では不思議そうに微笑む翔がいた。
「美味し?」
翔の突飛な動きに面食らうヤミがいる。「くすくす」と翔は無邪気に笑うと、気分の悪い先輩にこうやって渡すんだと言う。
「先輩は良い後輩を持ったな」
寝そべるヤミはタバコの煙を翔に静かに吹きかけ、半身を起こし髪を掻き上げた。翔は鼻を燻られる。
「ケホッ」
「お前、綺麗な顔立ちだな。ヤバい気が起きそう。よく見るとおひい様に
耳入った単語に、翔は眉をひそめた。
「おひい様?」
「……知らないのか?」
ヤミは頭振る。その一言に翔は、持っていた戸籍謄本を思う。
「まさか、いや、でも」
独り言を繰り返す翔がいる。
片手で頭を抑え、悩み。沈黙した。息をつく音もしない、翔の長い沈黙が続く。静かな翔を心配するヤミが手を差し伸べると同時に、目が開かれた。
瞼開く、翔の動きや雰囲気が一変する。
奥で隠れていた巫女が翔の何かを感じ取り、ざわついた。二人は身を寄せ、か細い声を上げる。
「ああ。来る」
「うんうん、きちゃう」
二人は手を握り合い震えている。
翔の強い眼差しは、銀色の光を帯び光っていた。
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