第14話 決意を見せる瞳と刀


 夕刻の風がゆっくりと吹き抜ける。鳴きつかれた蝉が、やたら五月蠅く感じられた。

 ぬるく吹く風がカーテンを揺らし、陽介の頬を撫でた。


「あれ? 今日だよね哲弥と飯」

「あ、このあと行く。でも聞きたいことが……いいかな」


 陽介おじに訊ねる翔がいる。

 態度が改まる翔に陽介は頭を人さし指でゆっくり、ポリポリと掻いた。


「母と父の……本当の死因は?」

「交通事故ではない。人為的殺人、表向きは事故で片付いているが。知ってたんだね」

「んッ。前に『住人』がぽそっとね。本当に『住人』が関与しているの? 

『住人』はある意味俺だ。俺の所為だと考えてしまう」

「……」


 翔は先ほど見たを、陽介に話した。黙って聞く陽介は翔の反応を一つ一つ確認し、話しが終えると質問をする。


「そうかぁ『住人』がねぇ。それで、表に立つことは今はないと」

「言った。『住人』は頭の中におり、手助けはしてくれるっぽい」


 二人、肩を並べている。


「気配。何に見つかったのかまたはその気配は何なのか教えては?」

「ううん。気配を感じ確かに見られてはいた。しかしその気配が何かは分からない。教えてもらう前に戻ってきたから」


 大きく深呼吸を繰り返す翔は、陽介をチラ見する。


「これに関してはおばさんが知ってるのでは? そして人格アイツも知ってるよね」

「……そうだね君の言う通り。初恵さんは知っている。そして、君の人格も」


 翔はふと、陽介との会話中に視線を感じ戸口を見た。

 部屋の扉は開いている。

 見た先には初恵が飲み物を乗せた盆を抱え、突っ立つ。


「ごめん。翔くんはどこまで知っているの」

「……全部ではないよおばさん。母の住まい。母の縁者。このことにおいて全て隠してるよね。機会を見て話そうとした? それとも隠し通すつもりだった……どっちかな」


 初恵は飲み物を翔に渡し、ほほ笑む。


「ごめんなさい。人格が現れなければ黙っているつもりでした」

「あっ、おばさんは悪くない。悪いのは母の縁者とその一族だ」


(母に負担をかけ、俺に全てを隠していた一族。何らかの報復を……。母の代わりに俺が与える。ああ、与えてやるさ)


 翔は立ち上がると机の引き出しから二枚の紙を初恵に、渡した。

 1枚は戸籍謄本。

 もう一枚は新聞のくり抜きだった。広報活動の記事で、とある神社の取材が記載されていた。


「そこは昔、母が住んでいた神社だよね。小さな頃、一度。両親に連れて行かれたのを思い出し調べ、手に入れた」


 翔は出された飲み物をゆっくりと喉に通し、乾きを潤す。目線を初恵に送り、反応を窺う。

 初恵は渡された紙を見て青ざめた。


(この子は何処まで知っていたのだろう)


 初恵が顔を上げると翔は服を着替える為、初恵に背を向けている。

 翔の静かな行動に初恵は、攻められている気持ちになった。翔はただ服を、着替えていただけなのに。

 顔を合わせない翔の動きを見つめる初恵は手を出すが翔に触れる寸前、動きを止めた。出した手をどうするかよりも、翔の動きに固まる初恵がいる。

 翔は初恵の気配に気づき、初恵の指に自分の指を絡ませ握った。

 黙って見つめ、絡む互いの指に力を入れると翔は軽くため息をついた。


「おばさん、そこの記載の「妹」てなに?」


 握られた手は離れず、初恵はだらりと腰が抜け身体を床に預けそうになるが翔に持ち支えられる。


「おばさん、俺が知ってるのは妹と神社だけだよ」

「えっ」

「安心してというのも変だけどあとは知らない。教えてよ、おばさん」


 翔から離れ、持ってきた飲み物を初恵は勢いよく掴みグイッと飲み干す。そしてぷはぁとオレンジの息を吐いた。隣では初恵に見入っていた翔が、炭酸水に咽せる。

 初恵は小さく微笑み、翔が続いて綻んだ。


「おばさん。さっきおじさんから母達の死を確認した。ここからはおばさんに確認する」


 飲み物で喉を潤したにも拘わらず、唾を飲み込む初恵がいる。


「隠したのは一族だとしても、母たちを殺めたのは『龍憑き』だよね。俺と同じ。なのに一族はその事実を俺に隠したということは俺の中の龍は──、俺は要らないと判断し切り捨てた」


 翔は冷たく言い切る。


「妹抜きで三人で暮らさせたのは一族は妹だけが必要。妹には金色こんじきの龍神が取り憑いてるということでいいだろうか?」


 翔の口からスラスラと語られる隠し事。翔に話さなくてはいけないことをひた隠しにしてきた初恵は自分の手を握ると、爪を喰い込ませた。


「おばさん「妹」のことはともかく、『龍憑き』は知ったことだから謝らないで。ショックも受けないでほしい」


 翔の言葉に、動揺が隠せない初恵がいる。

 哀しそうに語る翔は取り乱すことなく普通で、そして初恵の手にそっと触れた。


「ごめんなさい。おばさん、自虐する前に俺に怒りなよ」


 翔は初恵の手を開き、喰い込んだ爪痕を見て悲しそうな顔をする。赤く血が滲み出るほど付いた手のひらの傷を、翔は舐めた。


「治し方。これしか思いつかなかった今度学習しておく」


 舐め取られた傷は綺麗に塞がっていく。驚き躊躇する初恵は手を閉じると、翔の顔を眺めた。初恵が翔に声をかけようとすると外を睨む翔がいる。

 静止された翔の姿に初恵が魅入ってると翔の瞳孔が縦に開く。初恵は驚き、口を手で塞いだ。

 初恵を見てほほ笑む翔がいる。

 翔は初恵から目を逸らすと窓の外、空の一点を見据えた。

 翔の頭の中で『住人』の声が響く。


『翔、外』

(うん。来る、だがこれは──)


 空から目を離し、陽介を真っ直ぐ見た翔は重々しく言葉を吐いた。


「おじさんどうしよう。俺、テツとの約束守れない」

「うん? どうしたんだい」

「龍憑きが一頭? ん。一人か……あと二人、巫女が二人」

「巫女?」

「うん。感じる」


 翔が陽介に向け、合図を送るように首を縦に振る。そして翔の口から人を罵る言葉が吐かれるが、翔だけの声色ではなく二つの声色が合わさっていた。

 『住人』と人格が合わさり、衝い出た言葉。


『「呼ばれてるチイッ、くそっタレがァ胸クソ悪い」』

「──? 翔」


 翔が口をすべらせ、髪を鷲づかみ怒っている。その様子から、異変を察知した陽介は初恵の肩を寄せるとベッドに座らせた。


「初恵さんはここに座ってなさい。翔渡す物がある。一緒に来なさい」


 翔を連れ、下の書斎部屋へ。扉を開け、一直線に奥の書棚へと向かう陽介がいる。

 翔は陽介の背中を見ると共に、部屋の端々に目を泳がす。綺麗にア行から陳列整理された本棚とは違い、床には乱雑に積まれたノートに巻物。模倣されたレプリカの中に置かれた。以前の翔なら見分けがつかなかったが、の翔なら見分けられる。

 無造作に転がる金製品を蹴り、ギョッとする翔は陽介を見た。陽介はそんな翔に、ほくそ笑んだ。


「おじさんこれっ」

「フフフ。今の翔には真贋の目利きがあるんだな。今度宝探しに付き合いなさい」


 書棚にある短刀を手に取ると、翔の手に強引に押し当てた。

 

「翔、受け取りなさい」


 受け取った翔は鞘に収められたモノを出し、見据えた。持ち手部分は杵の形をしており、両の先端は刃物のような突起物を見せ金剛杵を思わせた。だが片方は長く、刀の刃のように反り返る。その部分を食い入るように翔は見つめると喉を鳴らした。


「綺麗だ。『「欲しい」』」


 翔の口から、二重に響く声色おとが吐いた。

 「音」を聞いた陽介は耳を疑う。


「『これは、瞳海沙の持ち物』」


 刀をキッンと打ち鳴らしながら鞘に納めると、震える声がある。


「形見だ」


 刀を抱きしめ、余韻に浸る翔の瞼からは涙がスウッと落ちる。

 耳が捉えた声色に陽介は躊躇った。


(先ほど聞こえた声色おとは気のせいではない……『住人』と重なっていた。この子は大丈夫だろうか)


 翔を見つめる陽介がいる。

 ゆっくりと瞼を開き、先を見据える翔の瞳は静かな輝きを携えていた。銀の瞳でも赤い瞳でもなく、また妖しい瞳孔が開くでもなく、翔の──。

 茶色の丸い輪郭を帯びた、黒い瞳が柔らかく静かに開いていた。


 心配する陽介だが翔の瞳に宿り始めた光を見た途端、心配はかき消される。


(この子は、大丈夫だ。日和ってもいないし、心は曇りもしていない)


「おじさん来た。そこにいる」

「そこ? だがインターホンの音は」

「ここじゃない。隣、隣だ」

「隣って」


 翔は、壁伝いに外に目を見張る。

 翔の目線と同じ横を見て、壁を睨む翔を不思議がる陽介だが隣に何が或ったかよくよく考えハッとした後、翔を見た。二人は瞳が合うと、軽く頷き隣のの景色を思い出す。


 壁の外。


 隣にあった物、それは翔が昔住んでいた家だ。今は家もなく、平地となった場所。

 そこを訪れる者がいた。

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