第13話 頭突き合う二人
頭突きをした翔と陽介、互いの頭を押さえ痛み分けをしている。
二人は見つめ、吹き笑う。
翔の身体には多少の傷があるものの意識は、はっきりしていた。瞳孔が縦に伸び、銀に光る翔の瞳が見つめる先には
笑い合う二人は、どう話を切りだすか悩んだ。
初恵はそんな二人を見守るように一歩引き、部屋を後にする。
翔と陽介はまだ、気まずそうだ。
──……何から、話そう。
笑いがなくなり、張りつめた空気がある。互いの均衡を保っていた緊張が突如、翔がくしゃみをすることによって解けた。
そうして咽せる、翔がいる。
「ケホッ。けほっ」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう。おじさん」
背中を優しく撫でる陽介に、翔が訊く。
「ねぇ、おじさん。意識の中って言っていたけど何処まで知っているの」
「……」
「ごめんなさい。返答次第というのか俺ここに。迷惑をかけるかも知れない」
(だけど、考えたところで答えは出る訳でもなく。そして行く宛てもない)
何かを思い詰める翔に陽介は一つ、息を吐くと自身を落ち着かせる。その後、翔に軽く
「ははは痛いか。何を考えここを出て行こうとするんだい翔、迷惑? 何がだい?
考えを見透かす陽介が翔の頭に、優しく手を置く。しかし彼は戸惑う。
「でも俺は」
「翔、別居するなら娘に手をだされた時点でもうしてるよ。でも恋愛ごとに口出すのは僕は御法度だと思っているからね」
翔の頭に置いた手をポンポンと軽く叩き、陽介は話を続ける。
「別れさせたいなら別れさせてる。翔が悩んでいるなら別だが優希と別れたいのか?」
首を強く振り、睨む翔だった。陽介はいつも、翔を試すようにわざと苛立たせる。
(そう、この子が優希にベタ惚れなのを僕は知っている。優希とこの先どうなるかは解らない。けどいつも、こちらから別れを切り出すと睨まれる)
陽介はそんな翔を見てほくそ笑むとふと、考え込んだ。
(この瞳の雰囲気。睨んだ時に見せるギラついた瞳。実に良いそそられる)
陽介は次に、瞳海沙のことが頭に過る。
(瞳海沙さん。そうだ。決意の現れのときにみせる綺麗な真っ直ぐな瞳。ふっ、ほんとうに親子だ、素直でそれでいて─……)
陽介の感心はまだ続く。
(普段では見られない今回だけの特別な、覇王色の銀色。君は本当に面白い僕たちの息子だよ翔)
「僕は、翔を本当に息子だと思っている。甘えてもいいんだよ」
「……おじさんありがとう」
翔は手に握る拳に力を入れた。手を解くと今度は布団をぎゅっと握り、陽介を見やり視線を下に向ける。
(よくよく考えると甘えるばかり。そうだよ交際が認められてるから優希の傍にいられるのであって、性欲塊男子が娘の横にいるのは許さないだろう)
下を向く翔が何を考え、何を口から発っするのか。陽介には手に取るように分かっている。
(性悪な父親でごめんよ。でも確認はしておきたい。ごめんな、翔)
陽介の思惑通り、翔の口から零れる言葉は優希に対し問われる決意。
「おじさん──。生意気だと怒られるかもしれないが言っておく」
陽介を、鋭い眼光で見つめ翔が言い放つ。
「優希のことは臆さない。怯まない。譲らない。何があろうと手放したくない!」
(まだ高校生の俺が寝ぼけたことをと、思われても構わない)
目の色がいつもと違う翔は凄味が増している。
陽介はそんな翔に臆することなくほくそ笑むとともに、大きくなった
(大きくなった。ついこの間まであんなに小さかったのに、
翔の髪を両手でくしゃ撫で、鷲づかむと今度は自身から頭突きを喰らわせた。先ほどの再現をする陽介に、翔は目から火花が跳び散る。
「──すっごい啖呵の切りようだな。後で、時間があるときに男同士で話しをしよう。本当に近所のチビがよく成長したものだ」
「おじさん」
綻ぶ陽介がいる。
「優希との交際も反対はしない。肌を重ねる事は一種の
話を聞いて照れる翔がいた。翔が顔を上げた瞬間、吹き飛んでいる陽介が目に入る。
ドン、という音とともに床に落ちる陽介。飲み物を運びに来た初恵により頭を叩かれ、投げ落とされたのだ。
「まったく、何を吹き込んでいるのかしら」
「おばさん、ええ? おじさんは……大丈夫そう」
「そうよ、合気やってるのだもの。受け身ぐらいお茶サイサイよ。ったく高校生をたらし込むなんて」
初恵は翔を胸に抱きかかえ、体を揺らしている。本来なら恥ずかしがり離れる翔だが今は素直に、抱かれることにした。
(こういうところは優希そっくり。気持ちいい。無防備に受け止められる心地良さ温かさはほんと……──いい)
陽介は初恵に床に落とされるも緩りと体を流し起こす。
「イタッタ、ひどいなぁ初恵さん。加減を知らないから困った」
「困ったはこっち。ほんと優希のそいうところ。陽介さん似ですからね」
プンスカと怒る初恵に翔が笑い、初恵もつられて笑う。
「おばさんすごいや。この家で一番はおばさんだね」
「そうよ私がしっかりしないと。優希は陽介さんそっくりでガッカリだわ」
「そおぉ? きちんとおばさんにも似てるよ。優しい。可愛い。料理上手。スタイル。数上げたら切りがないよ」
「まぁ! この子ったら」
娘を褒められ、照れる初恵がいる。初恵から離れ、翔は陽介の隣に立つといきなり足を払った。
「おおっ? だがおしい!」
陽介はぐらつく足を整え、瞬時に床に膝をつくと同時に翔の腕を捕らえぶん投げる。
「ワワッ」
身体が揺らいだ翔は、投げられた体勢から陽介のシャツの襟を掴むと足を踏ん張らせた。
「はい、ソコまで」
初恵が鼻息を荒げた。
「もうあなたたち、言いたいことあるなら吐いちゃいなさい。何かあるごとに身体でぶつかり合うの何とかなりません?」
初恵の一言に動きを止め互いを見つめ合うと二人は初恵に、白い歯を見せた。二人の笑顔に呆れた初恵は腕を組みまた、鼻息をつく。
陽介が翔の左腕を取り、まじまじと見やる。鱗の皮膚を撫でられ、翔は苦い表情を晒した。
翔は腕を触られ、同時にザラッとした感覚に襲われる。痛みとは違うなんとも言えない痛覚に目を細めた。
陽介は翔の気持ちを汲み取り、細い溜息のあと言い捨てた。
「片付けないといけないな。腕のことも、人格も──」
「うん……」
冷ややかな目で腕に触れる陽介に翔は自分でも、その腕にげんなりしていた。翔の瞳は落ち着かず泳ぐと、陽介を捉える。
「おじさん、『龍神』が俺の中にいるのも不思議だがこの腕の鱗は何? 龍だからなの」
「それだがそうかもな……。だって神が人に宿る事なんて稀な事でしょ? おじさんにもちょっと」
「確かに」
「慌てるかと思いきや落ち着いてるね。まぁ君は普段からそうだが何が君をそうさせるのか」
話し込む二人の脇では、口を尖らしベッドの上で寝転がる初恵がいた。
漫画を読み、退屈を紛らわしている。
「初恵さんごめん。また喉渇いた」
飲み物をせがむ陽介の願いに応える初恵は渋々返事をして起き上がり、下へと降りた。
「翔、冷静でいる必要はない。怖ければ怖がり、怒りたければ怒れ、泣くなら泣け。遠慮はいらない」
落ち着いた態度の翔を心配するあまり、初恵を
(この子は昔からそうだ。感情をあまり表に出さない。これは内に宿るモノの所為かそれとも自我なのかどっちだ)
心配する陽介に、翔は安心した表情をして遣る。
「冷静、冷静。冷静ではないよ。慌ててるよすごく。もし落ち着いて見えるならそれはおじさんとおばさんと優希のおかげだよ。俺のことを常に考えてくれているから」
「自我かなぁ……?」
(この一言で安心できたけど──)
「もう少し。子どもらしくてもいいのに」
「失礼な。ソレだと俺は子どもではない言い方だ」
安心した陽介が洩らした言葉に翔は拗ね気味に
窓の外の青い空はいつの間にだろう。オレンジとピンクのグラデーションを帯び、それを吸い込んだ鍾乳雲があった。
一日はあっという間だ。
身体は大きくても心はまだ子どもな翔を、大人である陽介たちは守らなければならない。
「ハハッごめん。そうではなくてだねそうだな。しっかりしていてもまだ子どもだ」
「そうだよ。たまに生意気なことを言うけどそれはごめん。そしておじさんごめんついでに話さないといけないことが」
「いきなりどうしたんだい?」
翔の付け加えた一言に陽介は、身構えたんだった。
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