第3話 プールサイドとクレープ 壱


 受け付けを済まし、控室へと着替えに入る二人がいる。

 水着に着替えた後の待ち合わせ場所は、すぐ横の出店という約束を交わして……。

 着替えが終わり翔は控室から出てきた。優希を探すが姿が見つからず、待つために先に待ち合わせ場所に出向いた。


(まだ控室か。先に出店で待っていよう)

 

「さすがチケットが高いだけあって管理が徹底している。監視員の人数、っぱねぇですね」


 出店でかき氷を購入し、辺りを見渡し独り言をつく翔は肩をつかまれた。

 耳元で甘く、名をささやかれるとかき氷はある者に奪われた。


「なにが「っぱねぇ」なの。苺好きの翔君」


 細長い腕が首に絡み、小さいながらも柔らかい膨らみが背に当たり、翔を困らせた。


「その声は葵。無駄にからまないでよ。あと、俺のいちごを返してほしい」

「ムムッ。ケチです、そんなだと私が優希姫をいただいちゃいます」

「氷と優希を比較するな! それにアイツは物じゃない。人だよ」

「いやいや、私には同じ食べ物です。フフフ。王子さま」

「やらしいなぁ」

「お互いさまです。クス」


 スッと、翔の背中から離れた声の主はしっかりとかき氷を捕み、シャリリと音を立てだした。


「あ・お・い~」

「フフ、翔はまだまだ女に甘いです」


 冷ややかな笑みを浮かべ、氷を口にふくみ頬を動かせている眼の前の女。こいつは翔の幼なじみにして同じクラスの長瀬葵ナガセアオイ

 肩まである、ストレートの黒髪に白い肌。長身の飛び級の美女であった。

 今日の葵は、ワンショルダーツイスト仕様のスレンダーでかわいさが売りの黒と白色の水着を熟す。

 細身の葵らしい選択の水着だ。

 翔は葵を眺め、スタイルはいいが胸が少しだけ物足りない気がすると残念がった。


 本人に話すと怒られそうなので黙っておこうと考える矢先、今度は後ろから両腕を捕まれ動きを封じられた。

 翔は喚くも顔は冷静に笑顔だ。


「おまえたちは後ろからしか姿を見せないの。ったく」

「いやぁ、身長タッパがありすぎて不意打ちでしか勝てないと思い……」

「テツ。おまえらは本当に似たもの同士カップルだよ」


(後ろで腕を取り肩に顔を乗せまったく、余裕ぶっこいてるよ。テツは)


 同じクラスにして幼なじみの如月哲弥キサラギテツヤは、翔より十センチくらい低い男であった。小麦色の健康な肌を持つ細身に均等のとれた肉付き。

 切れ長の目にクールな顔立ちを持つがため、たまに年齢を間違われるのが残念に思われて仕方がないと翔は思った。

 翔の親友でもあり、悪友の哲弥が後ろから技を仕掛けてきた。

 翔の腕を締め上げ、不敵な笑みを浮かべていた。


「どう、おれの勝ち?」

「ほう、そうかな?」

(テツ。ごめん)


 翔は捕らわれた腕を奪い返すため、哲弥の足をはたき、バランスを崩させた。哲弥の体が落ちた隙を窺い自身を起ち上がらせ自由を取り戻し、直ぐさま相手哲弥の腕を絡め捕った。

 形勢を覆させた翔は哲弥の腕を容赦なく背に回し押し、膝を地べたに着かさせた。


「残念。テツ、俺が有段者ってことを忘れたの?」

「……だから、後ろなんだ」


 哲弥から言わすと、あえて後ろを取ることで勝てると思ったらしいが翔から言わすと考えがまだ甘く、合気の有段者になにをしでかすのやらという感じである。

 

(甘いなテツ。そんな簡単にはいかないよ、ごめんよ)


 哲弥のことを考えていると、後ろから別の気配がした。


(この気配は……)


 哲弥を屈ませたまま、もう片方の手で後ろの気配の者の腕を取り、即座に自分に引き寄せるとその者の唇を奪った。


「ふむ、優希だよ。ご馳走様」

「なんと。よくわかったね、翔。フフフ」


 優希は翔の腕の中で微笑む。

 二人の動きを気配で感じた哲弥はポツリと、口惜しそうに呟いた。


「コイツは。なんでこの体勢で器用なことが出来るんだよ」


 唇を奪われ驚く優希と、翔の片手に押さえつけられ悔しがる哲弥がいた。


「あれ、なんで二人がいるの? しかも二人の前でキス───」


 顔を赤らめ、頬に手をあてる優希を見て満足する翔は哲弥を放し、照れる者優希を抱え直し喜んだ。

 いつの間に買ったのだろうか、優希の手にはバナナや苺の色とりどりのフルーツが飾られ、白と茶の山盛りアイスのクレープが握られていた。

 翔は優希に、こぼれるような笑顔を向けた。


「こいつらは先に来てたみたい。優希、超かわいい。ビキニワンピだ」


(家だと主導権は優希だが、外だと俺にあるんだ。さて、どのように優希で遊ばせてもらうかな)


 フレアビキニだが豊満な胸の谷あいをさらにくい込ませ、白いラッシュガードを腰に巻き付けている。

 淡い水色のビキニが白い肌に良く合い、優希自身のかわいらしさを際立たせていた。


(水着姿の優希はやはりかわいい。上にこのスタイル。周りの男が放っておかないよね、気をつけないと)


「ラッシュガード。着たほうが良いんじゃない? 下手すると胸がって、あれ? サイズがDじゃない。Eっぽい。太った?」


 抱きしめるついでに、胸に手を当てた翔が疑問に思い優希に訊ねた。


「なんで、触るだけで分るかな。翔のおたんこなす、変態」

だけの変態なので許してよ。腰のクビレがたまらん」


 抱きかかえる優希の腹に顔をうずめ、気持ちよさげな翔がいた。


「やだっ、変態と言うか(プルプルと声が上擦り)離して。もう、クレープが……」


 優希の右手にある柔らかく冷たい物が垂れ、胸の上を白く甘味なクリームと赤い実がすべり落ちた。

 胸の上をゆっくり流れる甘美につられ、翔が舌でつつぅと舐め取り、喉を鳴らし飲み込んだ。


「優希、ごちそうさま」

「やん、なぜ、やらしく舐めるかな。このスケベ、おたんこなす」


 優希は崩れたアイスを一口咥え、唇を舌でなぞる。そんな優希を見て、そそられる翔がいた。


「優希がしそう」

「アムッ? なぁに」

 

 優希の口にキスしようと翔が近付くと声を上げ、クレープを庇う優希がいた。


「やだ! クレープがとけちゃう」


 手に持つ物に心配する優希なのだが葵にそっと手を添えられ、食べている物は奪われた。

 葵は優希の物を美味しそうに食べ始め、さらに一言。


「大丈夫、姫。クレープは私が食べるから安心してです」

「ええ、やだぁ。クレープ」


 ニッコリほほ笑む葵が優希から獲った物を食べていると、優希は翔の首を絞め怒りだした。


「クレープがない!!」

「はいっ、買います。このままクレープ屋へ走るから許して」


 しっかりと優希を抱きしめ、屋台へと向かう最中、翔の肩に顔を乗せ小さく息をつく優希がいる。

 涙声で、小言を吐き捨てる彼女を見てほほ笑む翔がいた。


「クレープぅ」

「はい、はい」

 

(びっくりしたぁ。食い物の恨みは恐ろしいというやつですね。クスッ)


 屋台へ向かう二人を見て、残された葵と哲弥は笑い合い話していた。


「ほんと。仲が良い」

「ほんと。仲が良いです」


 この二人も、翔たちと負けず劣らず仲が良く、意気投合していた。


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