第4話 プールサイドとクレープ 弍

 

 浮き輪を持つ人、しゃべる人。

 群れる人たちで騒ぐプールサイドの横に、にぎわう屋台がある。


 残された葵と哲弥は、屋台へ向かう二人の姿に視線を送り笑った。


 四人は幼稚園からの腐れ縁である。何かというと集まり、ともに行動をしよく遊び。離れていても糸で結ばれているのか、必ずどこかで落ち合うほど仲が良い。


「なんだかんだで主導権は優希か。翔も大変だな」

「あらぁ、姫が喜ぶなら私は何でも嬉しいです。あの二人もあれでいいみたいだですし」

 

 哲弥はクレープを頬張り笑って話す葵に呆れ、きびすを返す。


「優希のクレープをっておいて、よくもヌケヌケと」

「フフだって、ほしかったのです。哲弥は翔のように私のために買いに行くかしら」

「おれ? 行かない」

「ですね。いいですね。優希姫がたまにうらやましいです。私の殿は冷たい」

「ふむ。では鞍替えするかぁ?」

「考えます」


 哲弥は屋台がある方を眺め軽く微笑む葵の頭を撫で、クイッと引き寄せた。恥ずかしげも無く哲弥は葵の頬に、ソフトにキスをした。


「今から買いに行こうか?」

「ん── 許さないです。こういうごまかし方をしますよね、哲弥は。それに─、言われる前に行かないと意味がないんですよ!」


 笑う哲弥を見て笑う葵がいる。

 黙々とクレープを食す葵を哲弥はマジマジと俯瞰し、発言した。


「でも本音は優希のがほしかったのでは?」

「あら? バレましたか。間接キスです」

「おまえなぁあ──(少し呆ける)」

「あら? でも買いに行くかなぁと言う思いも本音です。哲弥はダメダメです」

「フン、悪うございました」


 葵にダメ出しを喰らう哲弥がいた。

 軽く痴話げんかをし、二人は目線を合わせた。しょうがないなぁという感じで互いを笑い、そして屋台を見つめ二人の戻りを待ちわびた。


「翔のことだから私たちの分も買ってきます」

「そうだろう。アイツのことだからだな」

「誰かさんとは大違いです」

「ははは」


 二人が意見を言い合い眼で笑いアイコンタクトを取り合う最中、戻ってきた優希が葵にクレープを渡した。


「はいっ、どうぞ」

「ほらっ、見なさい。この気遣い! 翔がルックス以外にモテるのはコレです、コレ! 見習うように」


 葵は優希を少し見上げ、頭を撫でた。優希の身長は葵より三センチほど、高い。

 手の温もりに甘える優希は破顔一笑させた。


「ふふ、褒めても翔は上げないよ。ごめんね、葵」


 はにかむ優希の頬に葵はキスし、即答した。


「もう、私が姫をスキなのを知ってて言いますソレ? 哲弥は私にとって二番目、そして妬けるけど優希は翔にベタ惚れ」

「葵……私も! 二番目にスキ。そうなの私の一番は翔なの」


 横でじゃれ合う葵と優希を見て、哲弥はアホ面せしめ鼻息をついた。


「はいはい、おれとあいつのデキが違うのは認めてるよ」

「なに? 何がデキてるの。ほれ、テツ。受け取れ」


 冷えたジュースを哲弥に渡し、笑う翔がいる。

 爽やかに笑う翔に、哲弥はピシッと音爆ぜるデコピンを喰らわせ溜息をついた。


「誰かさんがそういうことをするからおれが比べられる」

「?…… 痛っ」

「んん、時間差か。言うの遅くないか。ソンなに強かったか」

「テツ……コレを持ってよ。落とす」


 手に持つクレープを急いで哲弥に渡すと、翔は左腕を押さえ屈みだした。

 優希が翔の異変に気付き近づくが、翔は近づけないように声を荒げ、哲弥に意識が向くよう言い放った。


「パフェ! テツに盗られるよ」

「ええ、やだぁ。私の」


 クレープを哲弥の手から奪うと、優希は幸せそうな笑みを浮かべ満足している。


「おいしい!」

「うん、よかった。ごめん、ちょっと俺トイレに行く」


 哲弥が肩に掛けているタオルを奪い、翔は急いでトイレへ駆け込んだ。

 いきなり走り出す翔を哲弥は気にかけた。哲弥は胡座っていた半身を起こし、トイレを見つめた。


「ごめん、おれもトイレ」

「はーい」


 葵は返事をし、優希は翔を少し気にしながらもフルーツ山盛り、アイスたっぷりなクレープを頬ばる。


優希の大きいね」

「ふふ、翔が選んでくれたの、おいしいよ」


 照れ笑う優希の髪を葵は撫で、消えていく二人を視線で追う。気にもなるが、とりあえず追わずに待つことにした。


(男便の後を追うなんてできません)


 哲弥の姿は、男子トイレへ消え去った。数秒前にトイレに向かった翔は、悶々としていた。


(どうしよう、俺の腕が変だ。前も同じことがあったがまさか……)


 翔は中に入るなり壁にもたれ、タオルに巻きつけた左腕を見、驚いた。

 自分の腕にも拘わらず興味本位で斜視り、紅く染まる布を半分だけ外した。痣からプツプツと炭酸の泡のように、紅の粒が吹き出す。

(うわぁ、キモ)


 困るよりも、率直な感想が頭に浮かんだ。 

 カタンという物音が発せられ、すぐそこに哲弥が現れた。

 哲弥は翔の名を背後から呼んだ。気まずい顔をする翔は哲弥を見ると心の中で叫んだ。


(なんで追い掛けて来るんだ。テツ……来んな、見なくていいよ)


「翔、大丈夫か? その腕は」

「熱……い」


 じんわり朱色に滲む左腕のタオルを右手で押さえ、荒い息を上げる翔がいる。そんな翔を気遣う哲弥がいた。


「出血? でもそんなとこに傷なんてあったか」


 首を振る翔に、哲弥は有無を言わさず残りのタオルを剥いでいく。

 翔は哲弥の心配する顔を見て、薄ら笑んだ。


「腕が熱い。困ったね。クスクス」

「いや、笑いごとではないぞ」


 哲弥は茶黒く変色した布を床に、落とした。銀に艶め浮かぶカサカサな鱗痣を訝し、垂れ落ちる赤き糸に額を青くさせ表情を強張らせた。


「おいっ、なんだよコレ!」


 哲弥の顔色は変わることなく、躊躇い顔の翔を睨めつけた。

 トイレにいる、二人の様子も気も知らず、外ではプールを満喫する嬌声と人達で溢れていた。




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