第2話 暑い教室


  朝、だらだらしながらもきちんと学校に登校し教室で補習を受ける翔と優希、二人の姿があった。


 学校の制服は女子、男子共に白いワイシャツ。下はグレーのフレアスカートかスラックスの違いである。

 学年ごとに色違いのネクタイが支給されたが最近は、全校朝令か特別な行事以外つけることはなくなった。代わりに襟の組章が目立つ色になったことだ。

 服装からは、暑さを感じなさそうだが夏の日差しはきつく、教室にいる全ての者が暑さに項垂うなだれていた。

 そして、ここにいる皆が文句を言い補習を受けていた。


「夏休みなのに─────」


 夏休み一日の始まりが、授業とは確かについていない、本来予定にない出来事であった。


 優希もその内の一人だ。


 無事、補習も終え今日の悩みは宿題のみとなった。

 まぁ、宿題といっても軽いもので翔には簡単に終わらすことが出来るが優希は違った。


 ミー、ミー……。ジリジリィ──。


 やはり、相変わらずセミが五月蠅い。

 騒ぎ立てる音の所為もあり、暑さは蒸せ増し今にも身体は溶けてしまいそうだ。


「ふぇ。翔、もう私、とけちゃうよぅ。宿題みただけでとけちゃうよ。宿題ってどういうこと? 訳分かんないんですけど」


 優希の泣き言が始まった。


「まぁ、俺は、優希の付き添いで受けてるだけだから、復習みたいで楽しいけど」

「うわアァ出た、敵を作る人の発言いただきました。頭が出来る人は違うよね。フン」


 拗ねる優希がいる。教室から人が離れ、残りは翔と優希の二人となった。

 席に腰を据え、動こうとしない翔を不思議に思い優希が訊ねた。


「ねぇ、翔帰らないの? 人いないよ?」

「ああ、わざと」


 机に手を置き、翔の顔を覗き込む優希は唇を奪われた。


「……!!」


 ミ──……ッ。しばらくの間セミの音が途絶え、沈黙する二人がいる。


「ぅぅん……バカ」

「したかったんだ。補習の間中、実は悶々してた」


 冷ややかに笑う翔と照れる優希がいる。家では大胆な優希だが、外だと奥手になる優希。

 翔は優希の頬から手を静かに、離した。


(優希は、いわゆる内弁慶なので、外だと照れる仕草が見られて可愛い。人がいないと手を出し優希の仕草を見たい。感じたい。それが、俺!)

 

「宿題もここでやって帰る? の」

「どうしよう優希様、次第です」


 翔が机に寝そべっているといきなり、紙が降ってきた。


「ここで、やる。家だと集中出来なさそうだから」

「うん。付き合うよ」


 椅子を持ち、同じ机で黙々と宿題を始める優希の姿を見ていた翔が移動した。

 後ろの机に座り、優希にぴたりと背をはわせ肩に腕を置き、ダラリともたれる。


「暑いよ。翔、汗出るから離れて」

「やだ、……本当は胸触りたい」

「やっ、何言ってっ」


 ガタタッと慌てて立とうとする優希だが抑えられ、立てずにまた座ってしまう。

 優希は少し顔を赤らめ、身体は汗ばみ始めた。


(いやぁ。困らしてごめん。でも、家だと見せない顔を見たいんだよ。本当にごめん)


 優希の肩に顔を乗せたまま翔は、優希の耳元で優しくささやく。


「困らしてごめん。頑張っている優希にご褒美」


 ワイシャツのポッケから、ある細長い紙を取り出した翔は優希の目の前にチラつかせた。


 プールのチケットである。


 目の前に出されたプールのチケットを見て優希は瞳を輝かせた。


「ええ、プール! しかも人数限定の隣のプール。嬉しい!!」


 あまりの喜びに、力任せに立ち上がった優希は肩に乗る翔のことを忘れていた。ガタンと音がした。

 慌てて後ろを見ると、机ごと倒された翔がいた。


「あっ、ごめん」


 机ごと床に叩きつけられた翔だが気丈を振る舞う。

 優希にほほ笑み、ブイサインを出しドヤ顔をして見せた。


(くぅ、可愛い。チケット手に入れておいてよかった)


「ごめん。痛かったね」


 翔に手を差し伸べた優希は翔の身体を引き上げ、照れた。

 翔はニヤリと笑みを浮かべ、心の声をだだ漏らした。


「お前の水着が見られるならそれでいい。できるならハイレグと際どいワンピの二着でお披露目を!!」

「は?」


 照れると同時に呆れた優希が胸を抱き、身体をくねらした。

 ……考え少し困っている。

 が、くぐもった声で良い返事が返ってきた。


「もうっ、い、いいよ」


 照れる優希の姿に喜ぶ翔がおり、見えない所でガッツポーズをする。

 

(こいつは本当に家と態度が違うな。家と外とこの姿……俺だけが味わえる姿に萌♪)


 腕を動かし、一人悶える翔は気がつく、優希が半眼でじと~と睨んでいることに。

 腰に手をあて、ふんぞり返る優希に突っ込まれた。


「んん? さては、ガッツを決めてるだろう。もう! 家で下着姿を見てるのに何が違うの」

「外でのですよ」


 即答する翔に優希は照れ、翔の右腕の肉を抓り上げ細く小言を吐き捨てた。


(もぅ、本当に翔のバカ。水着はワンピしか着ないよ)


「もぅ、バカッ」


 優希の小言を聞き、照れ臭そうに髪をかきあげる翔の左腕を眼にした優希は驚いた。


「あれ? ぶつけたの、ごめん。大丈夫」

「ん、何が。どこも痛くは無いよ?」


 優希は翔の左腕にある痣が先ほど転んだ時に出来た痣だと思い、訊ねた。


「あー違う違う、よく見てよ。なんかサメ肌というかガサガサが変色してるんだ。触ってみて」


 優希は左腕に触れ、ピクッと眉を下げた。

 翔の言う通り皮膚はガサガサしている上に、色素が銀がかり、人間の皮膚にしては不気味で有り得ない。優希は翔を心配し、訝しげに顔を上げた。

 優希の不安な表情に翔は微笑し、優希はというと翔の腕を擦っていた。


「なんか、みたいな見た目だけど。大丈夫、病院行く?」

「いや、大丈夫。痛くも痒くもないから、そんなことより、優希の水着」

「ええ、本当に翔はえっちぃなぁ。おたんこなす」


 宿題をそこそこに、二人は用紙を鞄に片し急いで教室を後にした。


 翔も腕の【痣】には気が付いてはいたが、しばらくすれば消えるものだと深くは考えてはいなかった。

 まさか、この【痣】がを知らしめる【印】だとは気付かずに普通に過ごしていく。襲われる自分の異変に気付き始めるのは、直ぐのことであった。

 だが今はプールに浮かれ、喜ぶ翔がいた。


(夏、水着、プールに花火。この休みは何して弾けようか。楽しみだな、本当に)


 とりあえずは今を──自分の夏を満喫し始める翔がいた。

 

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