第一章 夏休み

第1話 五月蠅さいセミ

 

 ハッ……

 夢から覚め、驚く自分がいた。


 窓から差し込む日差しは高く、外から入るセミは熱気に負けることなく騒ぎ立てた。

 ベッドで寝入る俺は、布団に深く潜り込んだ。


「朝なのに、うっさい! それに明るい! 昼と勘違いするだろう」


 誰に話すでもなく小声で喚く俺の布団の中いきなり、誰かが飛び潜り腰に抱きついた。


「翔。起きた? おはよ」

「おはよう。優希、朝ごはん?」

「そうです。起こしに来たのだ。喜べこの優希様が───うん?」


 俺目掛け飛んできたのは、同居人にして幼なじみ、恋人の優希。

 ハツラツとしており、俺の自慢のかわいい女神だ。


 身長も女子のわりに高く、百七十センチそこそこはあり、茶黒の髪色にショートで、乳白色の肌理細きめこまかな肌。瞳は大きく鼻筋高く、ピンクの桜唇、小さい顔立ち。

 ──胸は、本人自慢のDカップ。


(このしなやかさ足腰が堪らん!)


 俺は優希の魅力的な躰に触れた。


 こいつは腰も細く、引き締まった尻に細く伸びる綺麗な足。男なら見蕩れるどころか生唾を飲み、欲するだろう。


(これで高校生はヤバイのでは?)


 寝起きなこともあり、股間にある俺の分身はますます反り起きた。

 股間の上で手を組んでいた、優希の手に当たるは……。


「あっ、ダッ、馬鹿そこ!!!」

「ん? ヒヤァッ、エッチ、変態、おたんこなす──!! 何考えてるのよ!」

「エエッそれって? ……殺生だよ」


 朝の生理現象の指摘してきを受けているこの俺は、七十鱗なとりしょうです。

 身長は百九十センチ手前、背が高くて良かったと、優希を見て考えさせられることはしばしば。

 俺たちは、親公認の恋人同士である上に、小さい頃から裸の付き合いが長く、互いに見知ってはいるのだが……。


(付き合ってもう裸体はだかも何度、見合わせたことか。まったく……)


 ある部分をなじられ困っていると眼鏡を掛け、見知った顔が部屋の影から覗き見た。其奴そいつは俺をフォローし出した。

 俺を世話してくれているおじさんにして優希の父、眼鏡が似合う陽介さんだ。

 

「おはよう、翔君。これは、また僕の娘が朝から失礼。優希、おまえは幸せだぞう。普通健康男子のソレはなかなか触れん」


おじさん陽介さんは言い切ると眼鏡をクイッと持ち上げ、レンズがキランと光った。


「おじさん!」 

「お父さん!」

「ははは」


 開けっぴろげな陽介おじさんに困り、大きく溜息をつく俺は、短い髪を軽く掴んだ。背中ではりつく優希に視線を配りまた、溜息をついた。

 同じく、顔を赤らめる優希だが、腰に回した手はぴったりと離れることはなかった。ふくよかな胸は、俺の服の上からでもはっきりと分かり、柔らかい感触が伝わる。


 背に当たる胸に俺は嬉しがるが、あまりよろしくもなく。

 優希に離れるよう諭した。


「優希、怒るかも知れんが、毎回その~朝から胸を押しつけられると俺の理性がね、収まりが着かないのよね。わざと?」

「あっ、これはわざと」


 優希は柔らかく大きな胸を強く、押し当ててきた。


「♪……止めろ!」

「あれれ? 喜んだよね」

「………」


 俺は耳まで赤くした。気が付いた優希は耳に噛みついた。


「はわっ」

「ふふふ、声を荒げたね。翔。私の勝ち」


 顔をくすぶらせ、拗ねた俺が恥ずかしそうに言葉を言い捨てる。


「………何をご所望ですか。優希様。そして、許して下さい」


 この言葉は、二人の決め事である。


 前々からの二人の遊び、毎朝必ず行われるゲームの取り組み。繰り返している内に数年がすぎ今にいたる。

 どちらかが、アクションを起こし、それに反応したら負けというルールを強いた遊びなのだが、朝必ずなので、寝坊の俺には分が悪い。

 そして、負けた方は「許して下さい」を言わないといけないルール。


「では、接吻を……」


 恥ずかしがることなく、近づけられる優希の可愛い唇に俺は応えた。


「んっ」 


(いつも、こうだ。こんな可愛い、ピンクのサクランボのような……振りほどけるか? いいや、無理だ。それにこいつは面白そうに舌を絡め、甘美に誘惑したあと俺をあざ笑うんだ。いつものように)


「馳走だな」 


 不敵の笑みを浮かべ、優希は離れると甲高く笑っている。 


「もう! 男の俺が、恥ずかしい」


(こいつは小悪魔だ。女神は撤回。もうこいつなんなの。でも優希のコレは家だけだ。内弁慶なので、外では恥じらう。その姿のかわいいこと)


「もう、二人とも~。朝からイチャついてると遅刻するよう」


 下の階から、優希の母にして世話になっているおばさんの初恵さんが叫んだ。優希がそれに応えていた。


「「はーい、ただいま」」


 二人で同時に返す言葉に顔を合わせ、軽く唇を重ねた。

 

 小さいころは小遣いや菓子、おもちゃに、弁当のおかず、それがいつからだろうか。

 互いの躰に触れ、溺れ。自然と楽しむようになったのは……。

 

 二人は瞳を合わすと手を取り、布団に潜り込み寝転がる。


「「クスクスッ」」

「もう少ししたら、翔のお母さんの命日だね。墓参りはいつ行こか」

「うん。そうだね………」

 

 優希の大きな瞳が俺を映し込んでいる。俺は合わさるおでこに、小さな幸せを感じた。


 俺にとって、夏休みは楽しむだけではなく、悲しみを迎える夏でもある。


 俺の両親は、中学生の時に亡くなった。

 普通は親戚や身内に身を寄せるのだが隣の優希の家に、居候させてもらうことになった。

 優希の母と俺の母は同級生の上、親友だった。慣れた土地を離れるよりはということで、俺を引き取り世話をしてくれている。


(俺にとっては有難いことだった。友達とも、第一優希と離れなくて済んだのだから)

 

「もういい加減、起きなさい」


 気持ち良さげに寄り添い、ゴロ寝している俺たちの頭を玉杓子が順番にコツコツ叩く。見上げると優希の母の姿があった。

 あまりの痛さに優希は身体を起こし、母を怒りつつ文句をぶちまけた。


「もうっ、お母さんひどい。賢いオツムが弱くなるでしょ」

「それは、翔君にテストに勝ってから言いなさい。エロ魔神の娘よ。まったく、お嫁前にはしたない」


 鼻の穴を膨らまし、優希に文句を垂れるこの母には、俺たちがをしていたかもお見通しだ。


「翔が貰ってくれるもん。イーだ」

「ええ。そうなの? オカアサン初耳~。頭の中、勉強以外で出来てる子を貰ってくれるなんて。アリガトー、翔君。でも良いのよ! 無理しなくて」


 初恵おばさんの口調は棒読みであった。


「あっ、いいんです。今に始まった事でも無いし。おばさん、優希の頭脳は俺が補います」

「偉い。良く言った。さすが婿」


 優希がなぜか威張り散らす。 


「はぁ、そう言う意味も含みで察知してるなら、言っておく。勉強は頑張ろう! 厳しくいくよ。俺」


 勉強を指摘され、落ち込み、頭を布団で隠すが尻だけだす優希がいる。

 おばさんは玉杓子で優希の尻を二回小突いた後、にやけ笑いをして去っていった。


「早く用意なさい。補習に遅れるわよ」


 初恵おばさんが部屋から去ると、布団から顔を出す優希がいた。

 同時に布団の隙間から、制服を着た体が窺えた。


「お母さんいないよね? もう、気分台無し。モチベーション下がるわ」


 頬を膨らまし、初恵のことをぼやく優希の手を俺は引き寄せ、顎を掴み優しく口付けた。


「クス優希かわいい。押し倒したいけどおばさんもいるし。補習にも行かんとだし」

「───…… おあずけ?」

「うん、って言うか今は学校だろう。俺、着替えるから待ってて」


 今日から楽しい夏休みの初日は優希の成績が悪く、補習から始まる日となった。


 だがそんなことは気にしていない。

 夏休みはまだ始まったばかりだし、補習も一週間で終わる。

 友達とも、優希とも、まだまだ楽しめる夏が来た。


 そう思っていた夏休みは、ある出来事を切っ掛けに思いもしない夏休みに変わった。


 俺の頭の中の『住人』も、関連する事であり、死んだ両親、初恵おばさん陽介おじさんまでもが内緒にしていた事柄だった。


 俺が、変貌をとげる夏が来る。

 高校二年生、夏休みの始まりであった。



 




  

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