第14話 捜索

蒼は結花を見つけたら必ず連絡しますと孔子朗に告げて公園を後にした。公園を出るとすぐにスマホを取り出し、探偵の浅野剣司に電話をかけた。探偵は人捜しのプロだと思ったからだ。幸いなことに剣司はすぐに捕まった。結花の行方が分からなくなっていると話すと、そのままの足で探偵スクールに来るようにと言われたため、向かうことを約束して電話を切った。

続いて、大学准教授の二階堂幸介にも電話をかけることにした。自分の記憶が操作されていると知った結花が、虚偽記憶を操る手塚教授に接触することも考えられたからだ。こちらに関しては、教授の同級生である孔子朗がすでに問い合わせをしている可能性も考えられたが、思い付くところは全て当たるべきだと判断した。幸介に電話をかけると、彼はいつも通り大学にいるようだった。すべての事情を話すと、幸介は手塚教授を探すことを約束してくれて電話を切った。蒼はソード探偵スクールへの道を急いだ。


蒼が探偵スクールまで来ると、入口で剣司が厳しい表情で待ち構えていた。

「よう、来たな。付いて来い」

剣司に促されるまま後に続いて歩いて行くと、廊下の突き当たりにある扉の前で止まった。そこには“STAFF ONLY/備品倉庫”というプレートが貼られていた。なぜこんなところへ連れて来るのかと不思議に思ったのだが、剣司が中に入ったので蒼も続いた。部屋の中は表のプレート通りにペーパータオルやティッシュの箱、文房具などが整然とストックされていて、一角には掃除道具なども置かれていた。蒼はますます訳が分からなかったが、剣司が構わずに部屋の奥へと進むので黙って付いていった。やがて、剣司は“電気設備”というプレートが貼られた鉄扉の前で止まった。電気を各部屋に分配するための機器が収められているスペースだろうかと蒼は思った。隣にいる剣司を見ると、彼はスマートフォンを取り出して何やら操作を始めた。次の瞬間、目の前の鉄扉からかすかに「カチャッ」とロックが外れるような音がして数センチほど開いたのだった。剣司はその隙間に手を滑り込ませて扉を大きく開いた。

「入れ」

見た目、およそ奥に何かありそうにない雰囲気だったため、ここは隠し部屋なんだと蒼は理解した。


隠し部屋の中は上映中の映画館くらいに暗かった。正面の壁面には横4列で縦3段、計12台の曲面モニターがずらりと埋め込まれており、その光だけが部屋の内部を照らし出していた。映し出されているのは、どこかの監視カメラ映像のようだ。映像の中を人が歩くと顔の部分に四角いフレームが現れて自動的に追尾し、映像の外へと消えるとフレームも消える。ただ、それをひたすら繰り返しているようだった。モニターからの光を真正面から受けるように、ひとりのメガネを掛けた小柄な女性がキーボードをカタカタと鳴らしていた。


「なんなんですか、この部屋は……?」

蒼はおずおずと尋ねた。

「ここは、ソフトウェアの開発室だ。こいつはエンジニアの浅野 みやこ

剣司が女性を紹介してくれたが、彼女はこちらを振り返ろうともせずにキーボードを打ち続けていた。その時、蒼はふと気付いた。

「浅野って……もしかして?」

「オレの妹だ。この監視ソフトウェアの開発責任者をしている」

暗い部屋で背中側から見ているためハッキリとは分からなかったが、あまり似ている雰囲気には見えなかった。

「監視ソフト?」

「セキュアリングって大手の警備会社があるだろ? あそこに採用されているソフトだ。こいつが開発したの」

剣司の話に反応して京が初めて口を開いた。

「わたしね。全部で7人」

「あぁ、そうだな。いるんだよ、こいつみたいに能力は高いのに、会社とかに属して仕事したくないってのが。そういう連中を束ねてソフトを開発したんだ」

剣司が慌てて補足した。

「で、どういうソフトなんですか?」

この質問に京が答えた。

「人物検知……悪さをしようとしている人、具合が悪い人なんかが映ったときにアラートを出してくれる。登録されている犯罪常習者の顔認識なんかもできる」

「顔認識……ですか」

今度は剣司が口を開いた。

「セキュアリングが全国に設置している防犯カメラの数は約20万台。こことオンラインで繋がっている。その全てとはいかないが、このシステムを通せば沢渡結花を見つけられるかもしれないって訳だ」

「すごいですね!」

蒼は感嘆の声を上げた。

「まだ、できると決まったわけじゃない」

京が冷静に釘を刺した。

「そうだな。まあ、とりあえず結花の顔写真をくれや」

「はい……あ、持ってないや」

「ソッコー、手に入れろ」

蒼は慌てて美彩に事情を伝えつつのメッセージを送った。すると、すぐに既読になり、あっという間に10枚くらいの写真が送られて来た。それらの写真を京から言われた手順で転送すると、モニターに並べて表示されたのだった。

「かわいい子だなぁ」

剣司がそう言ったので、結花の顔を見るのは初めてだったなと気付いた。

「アニキはそればっか」

京が軽蔑したように呟いた。

「オレは未成年には手ぇ出さねーぞ」

剣司は慌てて反論していたが、京は取り合うこともせず手を動かし続けていた。

「システムには顔写真を登録したけど、検索する場所の範囲を極力絞らないとダメ。対象が全国だといつ終わるか分からない」

京がそう言ったので、蒼は少し考えた。

「自宅が渋谷の松濤で、通っている塾も渋谷駅近くです。あとは東条大学病院に通院しているのでその周辺ですね」

蒼は知りうる結花の行動範囲を思いつく限り言ってみた。

「とりあえず、その辺に絞ってみる」

京は言ったが、もっと範囲を絞りたいんだろうということが伝わってきたので、蒼は美彩にも電話で聞いてみようと思い立った。


「あ、美彩。さっきはありがとうな」

『それはいいんだけどさ、結花、学校サボってどこかに出かけただけでしょ? 騒ぎすぎなんじゃない?』

「結花の親父さんも探しててさ、ちょっと昨夜から様子も変だったんで心配してるんだよ。美彩は結花が行きそうな所に心当たりない?」

『うーん。まあ、友達同士で行くのは原宿・青山辺りが多いかな』

「わかった。サンキュ」

蒼は美彩から聞いたことをそのまま京に伝えた。

「自宅周辺のカメラから範囲を広げて検索してるよ。朝7時半過ぎに渋谷駅に入るまでは追えたけど、その後の行方は掴めない」

「もう少し絞らないとな。なんか、他に情報無いのかよ」

剣司に言われて蒼は考えたが、そもそも結花と話すようになってから1週間余りしか経っていない。改めて、ほとんど結花のことは知らないのだと気付かされた。


その時、蒼のスマホが鳴った。画面から幸介からだと分かった。

『手塚教授は、今会議に入っていて捕まえることができない。そっちの様子はどうだ?』

蒼が状況を説明すると、幸介は質問を投げてきた。

『蒼が結花さんのサブビジョンを見たときに、何か行き場所のヒントになりそうなものはなかったか?』

「サブビジョンは雪山の光景だったので……。でも昨夜、変な夢を見たんです」

蒼は夢の内容を詳しく話して聞かせた。剣司と京もそれを聞いているようだった。

『その夢はヒントになりそうだ。剣司たちになんとか説明するんだ。手塚教授にコンタクトできたらまた連絡する』

幸介は電話を切った。

蒼は考えた。頭の中には明確に夢の映像が残っている。でも、スマホに入っている動画のようにモニターに映し出すことは出来ない。それならば……。

「剣司さん、紙と鉛筆下さい。できれば色鉛筆で」

蒼の要求を聞いて、剣司は全てを察したように「おう!」と言った。

剣司は隠し部屋を出て隣の備品倉庫に行くと、スケッチブックと色鉛筆を抱えて戻って来た。蒼はスケッチブックを受け取ると、表紙をめくって目を瞑った。そして、夢の映像で印象的なシーンを思い浮かべると脳内で一時停止した。そのまま、すっと目を開いてその映像を写し取るように色鉛筆で描き始めた。

その様子を剣司はもちろん、いつの間にか京までも椅子を回して半身となって興味深げに眺めていた。蒼は一心不乱に色鉛筆を走らせ、その数分後に声を上げた。

「描けた!」

冷静にスケッチブックを確認する蒼の顔を、剣司と京が早く見せてと言わんばかりの視線で覗き込む。

「描けた……んですが……」

蒼は自分に向けていたスケッチブックをひっくり返して二人に見せた。

「下手くそかっ!」

剣司は大声で叫び、京は頭を抱えた。

スケッチブックには辛うじて人間だと判別できるような何かと、背後に何やらまがまがしい物体が描かれてた。

「ったく……巨匠みたいな雰囲気出しながら描きやがって。これは一体、何を描いたんだよ!?」

「えっと、どこか海に近い公園みたいな場所で、手を繋いでいる母娘3人をビデオで撮っている父親です」

「マジか……。お前の画力だと絶望的に参考にならないな」

嘆きの声を上げる剣司の脇から、スッと京が蒼の前に歩み出て黙って両手を出した。

「えっ、なんですか!?」

京の顔を初めて真正面から見た蒼だったが、メガネ越しでもかなり整った顔立ちであることが分かった。美人に突然両手を差し出されて、蒼はどうしたらいいか分からずオロオロしていた。

「ああ、そうか! 京は一時美大を目指していたくらいで絵は上手なんだ。勝手に判断して悪かったが、お前の能力についてはすでに説明済みだ」

剣司の説明で蒼は全てを理解した。そして、決意して京に言った。

「能力ありがたくお借りします」

手を握られると一瞬痺れが走り、京は身体をこわばらせた。蒼は京の能力をしっかりと受け取ると、スケッチブックを再び持って色鉛筆で描き始めた。

「なるべく、風景中心に写実的に細かく描けよ。何かヒントになるかも知れない」

「はい!」

剣司の求めを意識して、蒼は頭の中の映像を寸分違わずにスケッチブックに写し取ろうと心がけた。絵が完成したのは、それから十数分後だった。スケッチブックを3人で覗き込むと、そこにはまるで写真のような絵が描き上がっていた。これには京も満足げだった。

「ここ、どこなんでしょうか……?」

「さあ……」

蒼と京は呟いた。剣司は絵に見入ったまま記憶をたどるように何かを考えていたが、気になることを尋ねた。

「この対岸に見えているのって船だよな。船首に数字が書かれているようだが……」

蒼はもう一度脳内で映像を再生して、船首に描かれている数字を読み上げた。

「えっと、“110”かな……」

「これは軍艦に見える……。110……DD-110 護衛艦たかなみだ。後ろに見えている建物にも見覚えがあるぞ。これは、海上自衛隊横須賀地方総監部だ。ということは、この絵の場所はヴェルニー公園に違いない!」

剣司の言葉に弾かれるように京は自分の席へと戻り、防犯カメラの映像解析範囲を横須賀周辺へと絞り込んだ。

「あとは、ひたすら待つだけ」

京が冷静に呟いた。

「ひたすらって、どれぐらいだよ?」

剣司が聞く。

「さあ? 1分かも知れないし1日かかるかも」

京をデュプリケイトした直後だったので、蒼はこの監視ソフトウェアの能力をおおよそ把握できていた。画像解析にスーパーコンピュータなどを使えばもっと速度アップが図れるだろう事も分かっていた。焦る気持ちを抑えつつ蒼は言った。

「でも、剣司さんって軍艦とかにも詳しいんですね」

「アニキは乗り物なんでもマニア。変態レベル」

「サラッと悪口挟むなよ、お前」

口では悪く言っているが、京が剣司に信頼を抱いていることは強く感じていた。これもデュプリケイトの副産物かも知れないと蒼は思った。

「でも、剣司さんをデュプリケイトしているわけだから、オレも軍艦に気付いて良さそうなもんだけど……もう、能力が薄れてきているのかな。こんなに次々と別の人をデュプリケイトするのも初めてだし、もしかしたらそのせいで早めに能力を失ったのかも」

「それは幸介の研究材料だな」

剣司が呟いたその時、モニター画面にアラートが表示された。

「ヒットしたよ。横須賀駅の駐輪場の防犯カメラ映像に映ってた」

表示されている映像には、9時42分というタイムコードが確認出来た。

「よし、横須賀行くぞ、蒼!」

「ちょっと、これ朝の映像だよ。まだいるか分かんないし、足取りをたどらないと。監視カメラが少ない場所だからピンポイントでヒットはしたけど、そこから先をたどるのは大変そうだよ!」

京が慌てて制止したが、剣司は全く聞こうとはしなかった。

「ジッとしてるのはオレの性分に合わないんだよ。監視カメラに映らないもんだってあるんだ! お前は引き続き、ここで結花の足取り追ってくれ。付いて来い蒼!」

言うが早いが剣司は部屋を飛び出して行ってしまった。蒼は急いでヤレヤレ顔の京にお辞儀をして、剣司の後に続いた。


剣司に促されてエレベーターに乗ると、着いたところはビルの地下駐車場だった。剣司は駐車してある車の中で、一番ド派手なスポーツカーに近寄ってロックを開けた。どう見たって、ノーマルな車ではない。ここに来て京が言った“変態レベルの乗り物マニア”という言葉が不安をかき立てた。促されて助手席に座ると蒼は一応言ってみた。

「安全運転でお願いします」

「大丈夫だ。オレは国際モータースポーツライセンスを持ってる。それに元警察官には法定速度プラス時速50kmが認められているんだ」

「そんなの絶対にウソだー!」

蒼の絶叫も剣司が発進させた車の爆音にすっかりかき消されたのだった。


[次話へと続く]

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