第07話 少年探偵団

「生3つね!」

「いや、オレはウーロン茶で」

30分後、蒼は浅野剣司に誘われるままに新宿三丁目の個室居酒屋にいた。もちろん、二階堂幸介も一緒である。

「ん? もう高3なんだから酒の練習ぐらいしてるだろ?」

「社会のルールなんで。……てか、アンタ元警察官だろ」

蒼はぶっきらぼうに言った。

「なんだよ、案外真面目だな」

一息つくと、まず蒼は自分の能力について二階堂の推察が的中していることを認めた。二階堂の勝ち誇ったような顔に蒼はなんだか悔しい気持ちになったが浅野が登場しては否定しても無意味だと思われた。

「あっさり認めてやんの」

浅野がつまらなそうに呟いたので、蒼は不満げな声を漏らした。

「そもそも、浅野さんだって二階堂さんにバラそうとしてたんでしょ?」

「そんなことするかよ。言っただろ、探偵は秘密を守るって。オレは幸介なら蒼の力になれるはずだから一応紹介しておこうと思っただけだよ。蒼が考えて頼るならよし、必要なければ秘密にしておけばよし。そんな感じ」

浅野の真意は分からなかったが、理由はもっともらしかった。

「そもそも、二人はどういう間柄なんですか?」

「オレと幸介は同じ新宿の小学校に通っていた幼なじみだよ。中学校からは別々になったけどな」

「なにせ頭の出来が違うからな」

二階堂は淡々と言った。

「うっせー。……まあ、確かに幸介の方がほんの少しだけ頭は良かったけど、なんとなくウマが合うからこうやってたまに会ってんだよ」

無表情な二階堂と、すべてが顔に表れそうな浅野は対照的に見えた。

「確かに、浅野さんと二階堂さんは全然タイプが違って見えますね」

「そのってやめとけ。剣司でいい」

「では、私も幸介で」

「じゃあ、えーと剣司と幸介は全然タイプが……」

は付けろよ!」

二人が同じ言葉で怒鳴ったので、相当にウマが合うのだと実証できた。


次に、蒼は先ほどの事故現場でのことをかいつまんで話した。

自分が他人の能力をコピー……いや、デュプリケイトできること。

そのデュプリケイトの際、ごくまれにその人が見た光景が流れ込んでくることがあること。今回は丸山教授が心臓手術をしているところや、ドクターバッグを用意している場面が見えたこと。そして、なぜ尾行の技術を得るために探偵塾に行ったのかを含め、全ての経緯を二人にさらけ出した。


「なるほど。その風花ちゃんが昏睡状態になっている秘密を探ろうってことか」

剣司はビールが待ちきれない様子で、個室の外の様子を伺いながら言った。

「オレ、一度風花ちゃんに触ったんです。でも、なんにも感じなくて。意識がない人にアクセスすることは出来ないのかなって思ってたんですけど……」

この言葉に幸介はすぐさま反応した。

「さっきの事故の一件だな。確かに、丸山教授は意識を失っていた。ただ、風花さんは脳の別の部分が損傷しているのかも知れないし、一概には言えない話だな」

なるほどと思いつつ、次は尾行のことについて話した。

「住み込み看護師の加納瑞枝っていう人なんですが、実は父親の関連会社の社員っぽいんですよ」

「それ、お前が調べたのか? あっ、そうか。オレの能力をデュプリケイト?……したんだから、それぐらいのことできるわな」

剣司の言葉に蒼はうなずきつつ、さらに続けた。

「尾行した先のビルに沢井製薬の関連会社が入っていて、代表電話にかけてみたら、秘書課の加納ですか?って感じで」

「職業は看護師と偽ってるのに名前は本名かよ。抜けてんなぁ」

「そこまで調べられるとは思ってなかったんじゃないか?」

呆れ顔の剣司に、幸介は冷静に解釈を述べた。


そこに、同じジョッキに入れられたビールとウーロン茶が運ばれて来た。ジョッキを合わせて乾杯すると、待ち切れなかった剣司は一気に飲み干して、すぐにお代わりを注文した。ジョッキが空になって手持ち無沙汰となり、お通しの枝豆を一粒口の中に含んでから言った。

「しかし、蒼みたいな能力者って本当にいるのな。正直、まだ信じられないんだが。幸介、こんなヤツ他にもいるのか?」

剣司の疑問には直接答えず、幸介は蒼に質問を投げかけた。

「君は能力を獲得する前に何か大きな怪我や病気をしたことがあるか?」

蒼は少し戸惑ったが、幸介の質問に明らかな意図を感じ取ったので素直に答えた。

「……幼稚園の時、遠足で山に行ったんですけど、そこで突然天候が崩れて落雷に遭いました」

「お前に雷が直撃したのか!?」

剣司が驚きの声を上げた。

「オレも小さかったのでどうだったのかは分かりませんが、感電したのは確かなようです。親からは病院で3日間くらい眠り続けたと聞かされています」

蒼の顔を真っ直ぐに見ながら話を聞いていた幸介がおもむろに口を開いた。

「雷による怪我は雷撃症らいげきしょうと呼ばれる。一瞬のうちに数億ボルト・数十万アンペアという強烈な電気が体内に流れ、被害者の約10%が呼吸停止や心停止により死亡すると言われている。直撃や一度木などに落ちてからの側撃など、雷がどのように人体に到達したか、どう流れたかで怪我の程度も様々に異なるんだ」

「10人に1人は死ぬんですね。運が良かったな、オレ……」

幸介は軽くうなずいて話を続けた。

「1994年、アメリカ在住の整形外科医アンソニー・チコリアは電話をかけようと公衆電話に近付いた。そこに落雷があり、受話器から彼の顔に側撃雷が襲った。彼は一命を取り留めたが、数ヶ月の間後遺症に苦しむことになる。事故前のように仕事に集中できなかったり、記憶も途切れ途切れだったが、何より彼を驚かせたのが自分に湧き起こる抑えきれない作曲の衝動だったという。幼い頃にピアノを習わされそうになるも1週間で挫折していた彼だったが、突然ピアノを弾きたくなり毎日何時間も練習して作曲の仕方も覚え、今ではピアニストとしても活動しているそうだ」

「おいおい、そんなことあるのかよ。ビックリだな!」

剣司は子供のように驚いている。

「雷事故の際、チコリアは公衆電話の脇に横たわる自分と取り巻く人々を上空から見たとも話したと言うが、いわゆる臨死体験としてはよくある話だ。そして、臨死体験の有無に関わらず、病気や怪我で脳に大きなダメージを負った後に才能を開花させたとする事例は数多く存在する。生まれつき特別な才能を持ち合わせる人々をサヴァン症候群と言うが、チコリアの場合は雷で側頭葉にダメージを受けたことによる後天的サヴァン症候群だと脳神経学者は位置づけたようだ」

「オレもそういう人たちの仲間ってこと……ですかね?」

「君の能力は前例がないがね」

「まあ、幸介が協力して少しずつ蒼の能力について解き明かしていったらいいんじゃないの?」

幸介はビールのお代わりが来ないことにイライラしているのか、なんか少し投げやりに言った。

「簡単に言わないで下さいよ……。でも、自分の力の秘密が分かってくればもう少し調査の役に立つのかな」

蒼の苦悩を感じ取り、剣司は探りを入れるように聞いた。

「オレが少し調べてやろうか?」

蒼はその申し出を一瞬真剣に考えてみた。だが、すぐに思い直して答えた。

「いや、オレが頼まれたことですし、やれるだけやってみます。……とか言いながら、すでに剣司さんの能力を借りてますけど」

「それは、まあオレの弟子だからいいわ」

「弟子じゃねーし」


そこに2杯目のビールが到着したので、剣司は笑顔で半分くらいあおってからトンとジョッキを置いた。

「まあ、危険なことだけはするな。オレも幸介もできるだけのことはするから」

「ああ、いつでもさっき渡した名刺の研究室に来るといい。早速今夜から色々なデータをまとめておくから」

幸介も真剣な表情で応じた。

「ありがとうございます」

なんとなく話がまとまったことに気分を良くしたのか、剣司は二人の肩をバシバシ叩きながら大きな笑い声を上げた。

「なんか、楽しくなって来たな。少年探偵団の結成だ!」

幸介は明らかにこのノリに慣れている様子で少しヤレヤレという雰囲気を漂わせていたが、まんざらでもないような表情も浮かべていた。

「いや、オレはともかく、あんたたちもう少年じゃないでしょ……」

こうして、なんとも不思議な集団が形成され、夏の夜は更けていったのだった。


[次話へと続く]

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