消えた時代の科学者の手記

 残暑の終わりに梅雨が来て、桜もくるい咲いたと思ったら、どうも今度は冬らしい。人が無茶苦茶する中でそれでも季節を望むので、神様の方も無理をしたんじゃないかと噂が出てからようやっと、人類がだんだん若返っていることに世界中が気づき始めた。生も自然も、ただただ遡っているらしいのだ。

「神の怒りに触れたのではないか」

 普段は科学的な言論にうつつを抜かしていたはずの一家言持ち達は普段の言説もどこへやらあるいは神をあるいは悪魔を、果てはこの世の向こうの観測者の存在をととかく大いなるものを夢想し始めた。思考まで前時代的になったのだ。科学の世界で大ナタを振るっていた人間ほどそう慌て、それは当然、数年ほど前までは様々なメディアに登場し、一丁前に言節をぶっていたこの私もそうだった。これほど奇妙で未曾有の事態にあってはもはや、こうして現実を書き留めることで精一杯なのだ。

 幸いだったのは私が科学的者共の最先端にいて、少々の長寿を得ていたことだろうか。人の遡り速度はどんどん進み、自然が巻き戻り始めてから十五年。当時の中学生はもはや無に帰り、私も三十才ほど若返った。一年のうちに二歳ほど。四季の方は年に二度、逆さの順で巡ってくる。

「あと百年か」

 世界がゼロになるのが先か、私がゼロになるのが先かの戦いだ。百年先にこの手記が私以外に読まれているのなら、きっと科学は敗北したのだろう。

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