神の気まぐれ

 神は地上の春が気に入ったのでそのまま琥珀に閉じ込めると化石にしてしまった。地上には春が訪れなくなった。次いで秋を気に入ったのでそれもまた閉じ込めてしまい、地上は暑いか寒いかの季節をただ繰り返すようになった。そうなると今度は元気な夏が気に入って、とうとう地上は氷ばかりの冬の世界になってしまった。

「冬は閉じ込めないのですか」

 ある日どうしても気になったので神に問うてみたヒトがいた。ヒトに聞かれたのが意外だったのかあるいは居場所を特定されたのが意外だったのか、神は初めポカンとしていたがやがてわははと豪快に笑い「冬はいらないよお」と鷹揚に答えた。

「雪景色もきれいですよ」

「ああ、美しいね」

 生き残りの一人であるこのヒトはただこれだけを聞きにここまで来たと見え、声には随分と嫌みがこもっていた。神はただ苦笑にすら近い表情で微笑んでいるばかり。

 ヒトは微動だにしない。その視線に負けたのか、やがてぽつりと神は言った。

「しかし、そうすると再生しないからね」

「再生?」

「冬は再生の季節だからねえ」

 謎かけを残し、神はそれきり姿を消してしまった。ヒトは絶望しうなだれ、故郷に帰ることはなかった。


 一方、冬の時代に取り残された人々は方々から技術をかき集めて発展させ、冬だけの世で生き延びる術を編みだした。また数百年かけ、人工的ではあれど四季の再現を成り立たせた。

 ヒトの絶望を見事に裏切り、四季は見事に再生したと言えよう。

「ご満足いただけましたか」

 数百年経ち疾うに天上に昇っていたヒトは地上の様子を見せながら神に問うた。あの時「冬はいらないのか」と問うて笑われたことへの意趣返しでもあったが、大らかな神は気にした様子もなくそれどころか大変喜んで「これが見たかったんだよ!」と手を叩きすらした。そしてにっこり笑うと続けた。

「ヒトの再生能力はやはり素晴らしい。あの雪ばかりの世界からここまで発展できるとは」

「そうでしょう」

 再生。それはかつてヒトが神に問いかけをしたときに、返ってきた言葉であった。あの時は謎かけの答えを得られぬまま生涯を終えたヒトであったが、彼は数百年の天上暮らしで神の叡知をうっすらと理解していた。

 きっとこれは神がヒトに与えたもうた試練なのだ。成長をもたらす間引きのような。あるいは世界の技術が進みすぎた時、均衡をもたらすような――。

「じゃあ次は偽物の四季を壊そう」

「え」

「どう再生するか楽しみだ!」

 無邪気な笑顔で言い切った神の横顔には、ただの純粋な喜色しか浮かんでいなかった。いやはっきりと「趣味」と書いてすらあるようにさえ見えた。少なくとも、先までの高尚な推測をすべて無に帰すような無垢の笑顔があった。

(愚かだった)

 最早天上の存在となったヒトは再び絶望した。所詮ヒトごときが神の意向を推し量ろうなど。数百年かけたとて理解できるものでもないのに、同じことを繰り返してしまった。

 彼は地上を見下ろすと、大きなため息をついた。

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