妖精酒

 グラスの中に一匹の妖精が浮かんでいたのでついそのまま飲み干した。妖精酒(ようせいしゅ)というらしい。一字違いの有名な薬酒とは違って特段健康は得られないが、不思議なものが見えたり体験できたりという効果がある。

「今日は外れか」

 妖精酒には当たりもあれば外れもある。彼女らは気まぐれで悪戯好きなのだ。残念ながら今飲み干したのは外れ、浮かんでいた妖精は本物ではなく、あくまでその影だったらしい。私はああとため息を吐きながら、グラスをテーブルに置いて窓の外に目を遣る。空気のキンと澄んだ冬の深夜。何だか急に感傷的になって「前のはよかったんだがな」と独り言ちた。

 いつだか、一度だけその本物を口にしたことがあったのだ。その時は飲み干した瞬間急に目が回って、気づけば豪奢な城の中にいた。それもまるで流行の小説の中にでも連れて行かれたかのような、いわゆる西洋風の城。しかもその大広間と分かる煌びやかな照明の釣り下がる、赤いビロード敷きの舞踏会。中世的な衣装の中で私は明らかに場違いな部屋着であるはずであるのに、周囲によく来たよく来たと歓迎され、うまい飯を食って酒を飲んで、ぐるぐる踊ってそのまま眠ってしまった。無論夢、目が覚めればもとの安いワンルームではあったのだが、世界的に有名な絵画の中にあの時の自分がしっかり描かれていたのに驚いた。そしてその絵画はまるで以前からそうであったように世間に認知されており、不思議な都市伝説まで生まれていた。

「あれは良い夢だった」

 確かあの後はネットで調べた作法に則り、コレクションしていた古い金貨を一枚窓辺に置いて礼をした。しかし本物の妖精酒を飲んだのはそれだけで、あれからとんと現れない。素晴らしい夢と不思議な都市伝説。その現実に何だか自尊心まで煽られて、酔いの中で見た幻を夢見ながら今もたくさんの酒を試している。

「もしかして」

 外れの妖精酒のグラスを片付けながら、もう朝に近いワンルームを振り返る。あちらこちらに転がる様々な銘柄の酒瓶。バカなことをと思いながらもふらふらとベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見上げる。

 もしかしてやっぱりあの素晴らしかった妖精酒も外れだったのではないだろうか。あるいは副作用か、未だ酔いが醒めていないか。だってこれほどあの夢にこだわるようになるなんてまさに悪戯好きの妖精のやりそうなことじゃないか。

 そんなことを夢うつつに考えながら今日もまた眠りにつく。空はそろそろ白み始めていた。

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