マーガレット
中年の浮浪者が道を歩く。人々は迷惑そうな顔をして彼を避け、彼は意に介さぬように目的地へ向かう。
元は生成り色であったらしい作業着は油だか埃だか分からない汚れにまみれている。
その中でひときわ目を引くのは、手に携えられたマーガレットである。まだ瑞々しく切り取られたばかりらしい白の花弁は、汚れ切った彼の黒い肌と対象的であった。
「あ」
ふと目が合う。淀んだ表情のまま彼は真っすぐこちらに歩いてくる。不思議なことに覚悟していたような異臭はせず、さらに不思議なことには意志の強い目から逸らすことができなかった。
ここに居たのか。彼の言葉を不思議に思う。面識などはなかったはずだ。ぽかんと見上げる私に彼はさらに言い募る。
これを返そう。俺には過ぎた慰めだった。ぎこちなく笑う彼の差し出すマーガレットをほとんど反射的に私は受け取った。理解できぬまま顔を上げると、彼は煙のように消えていた。
花の瑞々しい香りだけが残っている。
ようやく彼が、幼い頃の思い付きで花壇の花をやった浮浪者であることを思い出した。
受け取ったマーガレットは、皺くちゃに萎れていた。
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