(94)  愛と欲望と執着、恭一の場合

 恭一にとって、今ヶ瀬はどんな存在だったか。

 再会は悪夢、脅迫ですから。でも要求を受け入れるしかなかった。

 夏生の前では「おまえを選ぶわけにはいかない」と言ったものの、体は正直、心の奥底では恭一は今ヶ瀬を選んでいた、だからホテルでは行為に及ぶことはできなかった。

 帰宅後、今ヶ瀬の「俺と寝てください」には、迷いつつも応えた、

 あの穏やかな翌朝、恭一の心に芽生えたのは愛だったと思います。

 今ヶ瀬に対しては恋という感情はなかった気がします。親しみを覚え、瑠璃子の時は本当のことを言ったら今ヶ瀬が嫌な思いをするだろうとウソをついて、あいつを悲しませたくないと夏生に告げて。

 今ヶ瀬を、恋という激情から欲望と執着に突き進んだ、と捉えているので、恭一の思いはそれとは違う、と感じるのです。


 キスさえ無理だった恭一は、下半身へのキスに感じてしまい男同士でも欲望を満たすことはできると知ってしまう。

 今ヶ瀬が新居に来てキッチンでのあの展開、何度も書いたことですが、本当に嫌なら蹴とばしてでも拒絶できたはず。

 でも拒否できなかった、気持ちよくなれることが判っているから。


 後半のベッドシーンは、わざわぜ追加で撮影、同棲である恭一が今ヶ瀬相手に欲望を満たしている場面をしっかり見せるためだった。たまき相手じゃ満たされない快楽を恭一は知った、婚約者は、恭一にとって全くつまらない存在になってしまった。


 今ヶ瀬のような激しい感情、それを私は恋と捉えているのですが、恭一にはそれがないと感じます。初体験の話をされて嫉妬はしたけど、「今ヶ瀬は自分のもの」、過去の相手にさえ嫉妬したのです、あの時の恭一の顔は秀逸でしたね、自分の嫉妬に気づいていないのに、こちらには手に取るようにわかる。でもあれは、嫉妬であって恋ではない。なぜかそう感じてしまいます。


 今ヶ瀬のために恭一は、たまきと結婚することにした。今ヶ瀬と別れる前提の上で、今ヶ瀬の意向を汲む意味もあったのでは。

 夜道で遭遇、結局、よりを戻してしまったのは、恭一自身も今ヶ瀬への執着があった、それは愛と欲望込みのもので、別れを決めたはずの海岸で、自分が今ヶ瀬にとって、例外中の例外であると知り、しかし別れを決めたばかりです、やっぱりこのままでいこう、とは言えなかった。徐々に、そのことに気づいてl後悔が大きくなっていったのかもしれませんが。


「一緒に暮らそう」が今ヶ瀬の意に添わなかった、今ヶ瀬が出て行ってしまったのだから、たまきに別れを切り出した時、恭一はもう同居にはこだわらなかったかも。

 気が向いた時に部屋に来てくれればいい、灰皿を捨てて「これでおしまい」の意思提示は、恭一にはきつかったでしょう。


 欲望も執着も、もちろん恭一にもあったけど、今ヶ瀬のそれとは違う。

 互いに離れがたい存在であるけれど、今ヶ瀬が恭一に、恭一が今ヶ瀬に抱く思いは別別なんだと、今更ながらに思います。

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