(73)引き込んではいけなかった

 ゲイのレビューに、「今ヶ瀬は恭一を、こちらの世界に引き込んではいけなかった」とありました。

 うーん、それでは語が始まらない。


 恭一と会えなかった年月、今ヶ瀬はどうするつもりだったのか。あの再会の朝まで、無交渉だった様子。相手には不自由しなかったろうし、同棲もしたけど、恭一を忘れられなかった。職場や自宅くらいは調べていたのかな。


 いきなりモノトーンな姿で出現しますが、あれは、諸悪の根源はこの男、と示しているような。

 探偵である今ヶ瀬が、恭一の浮気調査を担当。あまりに出来すぎな設定ですが、だからこそ運命的ともいえる。

 千載一遇のチャンス、と思ったでしょうね。恭一のことだから不倫していないはずがない。


 瑠璃子のアパ-トの前で今ヶ瀬が待っている。

「おまえ、まだ俺の事調べてるの?」

 浮気の証拠は挙がらず、と報告したら、調査を続行してくれと言われた、と今ヶ瀬は答えます。

 これ、本当でしょうか。

 今ヶ瀬とホテルに行った翌朝、恭一は知佳子に、週末に出掛けようと誘う。改心したのかと思いきや、これで罪滅ぼしは済んだ、とばかりに瑠璃子の部屋へ。今ヶ瀬にはお見通し。尾行していれば必ずボロが出る。


 キスはしたものの、このままでは進展がない。今ヶ瀬は恭一を落とすつもりなので、「調査続行」を依頼された、という口実は効果的、今ヶ瀬が言っているだけで、恭一も、見ているこっちも真偽を確かめようがないのです。

 二度目のホテルで、今ヶ瀬は恭一の下半身にキス。これは決定的ですね、男の口でイっちゃうなんて、恭一には青天の霹靂。でも、この時の快感が忘れられなくて、引っ越し先で今ヶ瀬に抵抗しきれなかった。本当に嫌なら蹴とばしてでも拒否できたはず、もう利害関係はないのだから。


 こうやって恭一をじわじわ追い詰めた今ヶ瀬ですが、一方では「オルフェ」という犠牲愛を描いた映画を見ては、恭一をこちらに引き込んでいいのかどうか逡巡した、と監督。恭一から離れていけば、その方が平和だろうけど、八年間の思いは? 結局「俺と寝てください」と口にしてしまう。


 監督がゲイとヘテロのカップルのから話を聞いた時。ヘテロ男性は「こいつといると楽」と言ったそうで、そりゃ怖い奥さんにガミガミ叱られるより、同性といた方が楽ちんでしょう。恐妻家の皆さんは、気の合う友人との暮らしを考えては?

 恭一も今ヶ瀬といて「幸せだった」と言ってますよね。離婚した後では「気を使わなくて楽」とも。

「引き込んではいけなかった」発言の方は、恭一はヘテロだから、ちょっかい出すのはダメ、と言いたいのかな。でも、恭一は今ヶ瀬と再会して不幸になったわけじゃない。それに、本当に恭一はヘテロでしょうか。遅れてやってきたバイなのかも。


 思い出すのは1982年のアメリカ映画「メーキングラブ」です。

 医師ザックは結婚八年目。幸せだが、心の中はいつも何か満たされない。そんな中、患者でゲイのバートと出会う。

 妻は「だましてたのね」と詰るが、結婚後に気づいたのだと弁明していた、ような。当然、離婚します。最後は元妻との和解シーン。後味は悪くなかったです。

「窮鼠」と違って、すらすらわかる。冒頭、出勤するザックの車の横にバイクが。後部座席の青年が、前の彼にしがみついていて、ザックはつい、そちらを見てしまう。気になってるのが丸わかり。


 本当の自分に出会う時期は、ひとりひとり違う。それは運命だ、と、聞きます。本物の相手といつ出会うのかも、その時が来なければわからない。運命、なのですね。

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