(70)そんなだからつけこまれるんですよ

「そんな」とは、なにを指していたのでしょうか。

 今ヶ瀬の、

「俺と寝てください。

 これを拒まれたら、もう二度とさわらない」

 への答えは、恭一の沈黙。態度をはっきりさせない、煮え切らなさ、曖昧さ。を指すのでしょうか。


 たとえば瑠璃子に交際を望まれて。

 結婚しててもいいと言われ、「断る理由がみつからなくてさ」。前にも書きましたが、いまどき既婚者に手を出したら、妻から慰謝料を請求されることも。そう言って拒絶するくらいのことができなかったのか。やはり流されてしまう、据え膳食わぬは男じゃないよ、的発想なんでしょうか。


 夏生に、どちらか選べと迫られた時も。

「女と、男だよ」

 女を選んで当然、普通の男ならそうする、と夏生は追い詰める。恭一は、確かに自分は普通の男だ、今ヶ瀬を選ぶわけにはいかない、となります。

 対決の場で、今ヶ瀬は自分が有利だと感じていた(カールスバーグの件で)かもしれませんが、普通の男でいなければならない、という恭一の思い込みには勝てなかった。

 瑠璃子といい、夏生といい、恭一の弱点を突いて、つけこんで、自分に有利に進めている感じです。


「いやだって言えば済む話なのに」

 今ヶ瀬は、長い沈黙にあきらめかけたでしょうか。

 でも、いやだ、と言えないのが恭一、なんですね。

「あいつを悲しませたくないと思ってて」

 と夏生に告白した恭一。

 今ヶ瀬の望むことをしてやりたい、けど、さすがに、同性と寝る、という決断は、なかなかできない。

 それでも結局、恭一は今ヶ瀬の手首を握り、イエスの意思を示します。拒否したら、今ヶ瀬は出ていってしまう。それだけは避けたい。

 はじめて自分から今ヶ瀬を抱きしめる。

 大きな手が、今ヶ瀬の背に回される。


 後の路上での再会シーン。

「お前はもう要らない」

 と拒絶しながら、結局は追いすがって抱きしめた、未公開シーンを思い出してしまいます。

 きつく、きつく抱きしめていましたね。

 恭一の、あの切実な表情。監督も、「こんな顔するんだ」と驚いてました。

 今ヶ瀬は既にぐすぐ泣いていて、そんな彼をなだめるように背中をさすってやる、復縁間違いなしのシーンです。

 その後、ふたりとも泣いていたそうで、一体どんな言葉がやりとりされたのか、想像するしかないのが残念です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る