(55)今ヶ瀬は恭一を変えたのか

 前の記事では、恭一イコール家長、みたいな書き方をしましたが、家長として彼をとらえたら、こういう解釈になる、ということです。

「一緒に暮らそう」は、今ヶ瀬にとって、受け止めきれない幸せ、それで怖くなって逃げた、と書いておきながら、今回は、同居の強制、と。恭一は家長、と捉えていったら、ぽろっと出てしまったのです。


 恭一は、名前に「一」がつくことからしても、長男でしょう、一人っ子かもしれないけど。テニスサークルではリーダー、会社でも出世が速そう。マッチョ社会の典型的なタイプに見えます。自分でも言っているように「普通」の男なのです。しかし、同性である今ヶ瀬に魅入られてしまった。


 インフルエンサーが大流行で、実際、彼らに影響される向きも多いようですが、全くピンとこない人もいるはず。この違いは、受け手に、影響されるための「因子」があるかないか、だと思います。

 ちょっと見てくれがいい程度で、男が男になびくことは、通常、ない。しかし、恭一は、婚約者を捨て、今ヶ瀬を選びました。「因子」があったのではないでしょうか。


 行定監督は、「今ヶ瀬を選んだ恭一は、リベラルな人」と発言しています。普通を自認する恭一ですが、自分の未知の部分を、今ヶ瀬に引き出されていった、のかも。

 脅迫に似た出会い、保身のため、同性とのキスに応える。最初は体が拒否しましたが、次第に慣れていく。

 調査が終わり、電話の向こうで今ヶ瀬が「お元気で」と、別れの言葉を言います。

 直後、恭一の脳裏に浮かぶのは、今ヶ瀬とのキス。

 そして新歓での、出会い。今ヶ瀬が恭一に一目ぼれしたシーン、に続いて、恭一を遠くの席から見つめる今ヶ瀬。戸惑う、恭一。これは、恭一の心象風景でしょう。

 あの頃から、今ヶ瀬は俺を好きだったのか。キスなんかしちゃって、でも、これでもう、おしまいだ。

 その時、一抹の寂しさを、恭一は感じたのかもしれません。


 別れの言葉を発した今ヶ瀬は、次の場面では、恭一の新居に、引っ越し祝いを持って現れ、恭一は、あっさり受け入れるのです。

 そんなことしたら、この先、どうなるか。

 恭一には、わかっていなかったのかな、流されるの、得意ですから。

 後に、夏生が指摘します、

「流されてるんじゃない、恭一。

 このまままだと、大変なことになっちゃうよ」


 大変なのかどうか、この夜のうちに、恭一は、今ヶ瀬を受け入れてしまいます。

「おまえを選ぶわけにはいかないよ。

 普通の男には無理だって」

 三人での対決では、そう発言していたのに。


 あの状況で(今ヶ瀬を)選べるわけないだろ、と、特典映像で、恭一は夏生に言います。ホテルに向かう道すがら。

「じゃあ、どんな状況なら選べるの」

 との夏生の問いには、

「わかんない」

 例によって、自分の心が、わからない人なのです。


 今ヶ瀬は、確かに恭一を変えた、と思います。でもそれは、恭一に、受け入れる「因子」があったから。その眠っていた「因子」を呼び覚ましたのが、今ヶ瀬だった、と思ったりします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る