(54)家長としての恭一

 恭一の結婚生活で、驚いたのは、知佳子が専業主婦だということ。親の世代ならいざ知らず、もう21世紀ですよ。

 三十そこそこの若い女性が、日がな一日、家にいる。ばりばり仕事をこなす友人、子育てに忙しい友人、の間で孤独だったのでは。

 恭一は、知佳作子を大切にしたい、と言いました。

 離婚を知った瑠璃子も、「奥さんの事、大事にしてたのにね」。

 恭一にとって、妻を大切にするとは、どういうことだったのか。


 妻が働かなくて済むよう、たくさん稼ぎ、いい暮らしをさせる。

 しかし、男と女として、向き合うことはしない。結婚したのだから、そういうのはもう、卒業。

 妻は、あくまで妻。お飾りのような存在で、セックスも家庭には持ち込まない。

 性欲処理は、外でやるから心配するな。

 結果、知佳子も不倫、恭一の浮気調査を依頼。慰謝料が欲しかったのです。

「恭ちゃんがお金持ってきて、私が使う、それだけの関係」

 と言い放つまでに、心は離れていました。


 仕方なく離婚した恭一。すったもんだの末、今ヶ瀬との同棲が始まります。

 はじめて結ばれた翌朝。

 恭一はもう、夫気どりというか、やはり家長としての言動を。

「アパート、引き払わないの」

「はあ」

「家賃、もったいないだろ」

「うん」

 今ヶ瀬は、恋人、疑似家族だから、自分と同居すべき、荷物をまとめて、ここに越してこい、と。

 家長である恭一は、今ヶ瀬をも型にはめようとします。

 しかし、今ヶ瀬は、家制度の反逆者。これ以上、完全同居を迫られるのはうざいので、話題を変え、誕生日を持ち出します。


 誕生日を祝ってやる。

 これも、家長の大事な役目。

「何か欲しいものあるの、言ってごらん」

 このセリフ、パトロンみたい、と前に書きましたが、家長のそれ、だったかも。

 北京ダックに加え、生まれ年のワインを贈り、今ヶ瀬をビビらせます。

 このままでは、恭一に、家制度に取り込まれてしまう。

 俺は一匹オオカミとして生きたいのに。

 型にはめられるのはゴメンだ、と、なっていった?


 そして、たまきの登場。

 北京ダックを食べに行く途中で、あろうことか、恭一は、たまきを仕事の件で呼び出す。

 憮然となる今ヶ瀬。その前のシーン、たまきからスマホに連絡があった時から不穏な空気。

 ファンデーション事件を経て、恭一は今ヶ瀬と別れてしまいます。

 常務から、娘を託された感のある恭一。

 たまきに対しても、きっちり型にはめます、婚約指輪を贈るのです。

 日陰の身であった母は、特に大喜び。新しい家長の登場は、大歓迎されました。


 けれども、恭一の真のパートナーは、たまきではなかった。

 路上で待ち伏せ、「そばにおいてください」と殊勝に懇願する今ヶ瀬を、いったんは拒みながら、心の奥の本心に、したがってしまいました。

 あとは、ご存知の通り。


「恋愛でじたばたもがくより、人生には、もっと大事なことが、いくらでもある」

 これは、やはり家長のお説教かな。

「一緒に暮らそう」

 出た、完全同居、強制。

 もうやってられんわ、と、今ヶ瀬は灰皿を捨て、逃亡。

 今までのように、気ままな付き合いの方が、今ヶ瀬には心地よかったのです、たぶん。


 本作について、監督は、

「一人の男が、一人の男を受け入れるまでの話」

 と言っていますが、恭一を家長と捉えると、全く違う話に思えてきました。

 なんと奥深い映画でしょう、どんな解釈も成り立つのです。

 あるゲイ男性は、あさはかなゲイビデオ、と切り捨てました。

 私みたいに、人生を変えた映画、と捉える向きもあるでしょうし。

 どんな解釈も受け入れる、自由な映画だと感服しております。

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