第25話 勇者不信!!・・・ねぶかい
翌朝、朝食を終えて人がはけたタイミングを見て、宿の女将に声をかけて話し合う時間を取った。
直接関係者に話すのは迂闊過ぎかとは思うが、現状は手詰まりっちゃー手詰まりだ。まあこの辺鄙な場所なら逃げも隠れも楽に出来そうだからってのもある。街が小さすぎて衛兵が歩いてねぇし、ほとんどが王城勤務でそっちが優先されてるみたいだしな。
こっちの事情としては、昨日の洞窟で起きた事件を元に勇者はエルザなんじゃねぇかっていう疑問と、そもそもこの世界の勇者と魔王の位置づけってどうなってんだ?とか、わからねぇことだらけの現状を解決してぇってだけなんだがな。
んでエルザには、手間をかけるが席には座らずに後方待機してもらっている。いわゆる従者の立ち位置って奴だな。
ヤバい雰囲気になったら、躊躇せずに相手に攻撃を加えろって指示をしてある。声を出せなくする事と追跡不能にだけしろって言ってある。
「ここが宿屋協会に加盟してるって前提で話をするんだが、勇者ってのは今どうなってんだ?」
女将はやや驚いた顔をしつつも、どこか納得した顔で語りだした。
「・・・やはり、お二方がそうだったのですね」
おっ口調が丁寧になったな、ちょっと気風のいい女将って感じだったのが、かしこまりだ。
んでエルザの情報通り、俺らが勇者って目されてたってわけだ。
そのうえ、こんな話切り出されたらな、ってかうっすら気づいてたんだろうな。
こりゃ逃げ出すことも頭に入れるか。そりゃ早計すぎか、話し合う内容次第だな。
「ああ、そう呼ばれはしたが、どうなんだろうな。街の偉いさんから指示うけて魔物を狩るだけの戦闘奴隷を勇者って言うならそうなんだろうな」
「それは・・・」
女将は俺の返事に渋い顔をしつつ、給仕をしている女性にお茶の手配を頼んだ。そして勇者を取り巻く現状について話しはじめた。
「まず初めに、勇者様と従者様に関してはローランド王国にて不正が発見されまして、各国が状況確認と対応を協議しています。勇者様方の支援と取り扱いに関しましては当分保留になる。との通達が宿屋協会より出ています」
ローなんちゃら王国で不正?そんで保留ね。あちこちの国から遺憾の意でも出てんのかね、めんどくせぇことになってんなぁ。
「なるほどな、取り扱いね。例に漏れず奴隷か物扱いってわけだな、マジでクソな世界だな。まあ保留になってる支援なんてのは受けた事も期待もしてねぇからいいんだけどよ。現状の俺たちの身分ってーか身柄ってのはどうなってる?俺たちは逃亡って形で犯罪者にでもなってるもんだと思ったんだが」
「逃亡という形では聞いておりません。ローランド王国にて起きた不正によって行方不明となっています」
「ってことは、どこからも追われてるわけじゃねぇって理解していいか?」
「ええ、そうなりますね。そもそも・・・」
それから、かしこまりモードの女将は、長ったらしい冗長な喋くりで勇者、魔王について、神託と各国の支援についてと色々な話をしだした。なんでも本来は、はじめについた街でされる説明がされなかったということらしい。そんで話された内容は大半がどうでもいい事だが、知らねぇ情報もいくつかあった。
「勇者様は神様が遣わした方です」
「神託にて勇者様の出現が預言されておりました」
「ローランド王国は勇者の名声を不正に利用したらしい」
「各国はローランド王国への対応を協議中」
「サンブルク王国が魔物に襲われて崩壊した後に魔王が出て来た」
「サンブルク王国の姫が勇者で現在は行方不明」
「我が国の勇者は今試練の洞窟に挑んでる」
「試練の洞窟で勇者としての力を授けられる」
「我が国の勇者と力を合わせてください」
「年々魔物が増え続けている」
「私どもに支援をさせてください」
「宿は勇者様であれば宿代は安くなります」
「近隣のモンスター駆除のお願い」
まとめると、こんな感じだ。
・・・まあ変わらず勇者として世界の奴隷として死ぬ思いしてくださいよって話だ。
長々とした話を聞いてる間に、朝だったはずの時間が夕刻だ。どんだけ話下手で話好きなんだよ、場末のキャバクラだって、もうちっとマシに話をするってーの。
要点を頭で整理してから話しゃいいのって思いつつも、真面目な顔を作って茶を啜りながら聞いている。現段階でここから逃亡の意志を見せると手を回されそうだからな。
ってーか、冗長トークの要点を組み替えて整理してるってのが正解か。
ちなみに、エルザは隣に座ってもらっている。このかしこみかしこみ申すな様子じゃ、武力行使はいらねぇし、相手側もしねぇだろうって判断だ。たちっぱはしんどいからな。
にしてもあれだ、大事な事ってのは本質だけ言えばいいと思うわ「拝啓、陽春の候 ○○様におかれましては、益々ご健勝の事とお慶び申し上げます。」なんてーのは「やっほーげんきー?」でいいってことだ。高度な文化ってのは衣食住揃ったやつらの暇つぶしだって話なんだよ。
そんな苦痛じみた長ったらしい話も、結果的には有用な時間だったといえるだろう。
途中で神託とやらの文言を見せてもらったのがでかい。文章全体がふわっとしてて俺とエルザを固定できるような情報は書かれちゃいなかった。占いだ神託だってのは外れてもいいように明確に言わないってお約束が出来ていて何よりだ。重要な点である勇者が誰かを決める言葉としては「海沿いの街に勇者と従者が現れる」ってしか書いてねぇ。ここをゴリ押ししときゃ良いっぽいってのが見えた。
魔王は居るってーのと、勇者はやっぱり3人体制くさい。緑のアレはゴーグル付きで見たから、後は赤の犬か呪われたんだっけか?悲惨だわな。それはなんとかしてやってもいいかもしれん。バレないって前提ならな。
だが、基本方針はエルザと俺の安全が先だ。
ちなみに、そのお願い勇者様!ってな具合の他力本願に生クリームをべっとり塗りつけた長ったらしい話しん中で、宿に初めて泊った日から、俺たちが勇者だろうと思っていたとも言われた。
だが事前の通達で聞いていた外見と大分違うのと、一般の旅人と変わらねぇ旅装だったのでイマイチ確証が持てずにいたとも言っていた。
要するに「勇者なんだと思うけど確証がない」って事だ。
この会合で勇者であることがバレたわけだが、協会側は足取りと外見くらいしか勇者を判別する術は無いってことだ。おそらく最初の街の姿、黒髪の男性とドレスを来た女性が勇者と従者って情報になってんだな、髪染めと服装を一般化ってーか世界にあわせたのは正解というわけだ。
んで、今回ので髪を金髪ってーか茶色に染めてるのがバレたと。まあ仕方ねぇな情報の対価だわ。
陽も大分落ちて宿としては夕飯の用意だの夜の酒場対応だのがはじまる時間になった所で今回の長々とした話も終わりとした。
「ん、わかった。長い事すまなかったな。そんであんたは宿屋協会とやらに通報するか?」
「ええ、連絡させていただこうと思います・・・」
まあ、そうだろうな。ほんじゃここも撤収だな。それに連絡じゃなくて通報だろうよ、通報して報奨金もらってウハウハした暮らしでもしててくださいよっと。
まあこれで現状が見えて来たし、とりあえずは良しとするか。
さっさとここもズラかりますかね。
「そしたら通報の中に、俺からの伝言も混ぜてもらっていいか?ってか手紙でも書きゃいいか」
「はい、是非お願いします」
「手紙のが都合いいだろうしな。あー文字かぁ。女将ちょっと紙と書くものを貸してくれるか」
女将がいそいそと便箋と手紙を取りに行ったので、エルザに向き直って小声で指示をだす。
「エルザ、どうやら差し当たって追手とかはねぇようだ」
「そうみたいですわね、そもそもマスターは悪い事をしていませんわ」
「こっちが悪く無くても、相手が悪い事があるってぇことだ」
「はぁ、阿漕が浦に引く網ですわね。愚かですわ」
津市限定のことわざかよ、っつーか女将のなげぇ話をこちらの立場で纏めるとそうだわな。こいつ序盤のポンコツお嬢様はどこいったんだよ。
やがて女将が筆記用具と紙を持って戻って来た。その中から手紙用の紙を一枚使って、その場で書いた文字を見せてみると、漢字は読めずにカタカナとひらがなだけは読むことが出来た。漢字がなきゃ成立しない言葉もあんのになぁ、このゲームライクな世界は原作準拠で8bitゲーム機の性能以上を許さないってやつかねぇ。
まあ現状に加えて文字の確認も出来たので、これから部屋に戻って手紙を書いて明日の朝に渡すのでそれまで通報は待って欲しいと伝えて話し会いを終えた。
どうせ通報するなら、情報まとめたほうがいいだろうってな具合に丸め込んでおいた。これで明日の朝までは時間が稼げるだろう。
夕陽が差し込む部屋で、荷造りをしてるエルザを背に手紙を書き始める。
まあ大した事を書くつもりはない、書くべきことは俺は勇者じゃないって事とおっかけてくんなよって事だけだな。勇者はエルザだからな、嘘は書いてない。
「おれはゆうしゃとよばれていたものだ、なまえはない。
あらましだけをつたえると、たびのついでに、ぐうぜんたちよったまちでゆうしゃとまちがえられた。そのままおうさまにあったり、まものをとうばつをしたりしたが、サマルカンドにあるどうくつで、ゆうしゃじゃないことがはんめいした。
これからは、いぜんとかわらぬようにたびびととして、せかいをあるくとおもうが、かかわらないでほしい。
さいごに、おうこくよりしえんされた50Gとひのきのぼうについては、てがみといっしょにかえす。こんかいのごかいはおたがいふこうなじこだったとしてわすれてほしい」
こんな感じか。この手紙と100Gを女将に渡して、魔物退治にいくふりしてそのまま街を出るとしよう。通報されて人が来たら面倒だからな。
「エルザ、荷造りありがとうな」
俺たちは基本的に荷物が多くはないが、着替えと武器が結構嵩張るので、今すぐに必要じゃない替えの服だのを折り畳んでコンパクトに袋に入れるだけでも大分違うからな。
「かまいませんわ、それで明日には街を出るんですわよね?」
「ああ、そのつもりだ。あの長ったらしい話を聞いてだろ?このままここに居りゃ、しらねぇ誰かの為の命をかけた血なまぐさい日々ってやつだ」
「そうなりますわね、物語の勇者ですものね」
「もうちょっとさ、俺とエルザだけの食い扶持が稼げればいい程度の場所に移動ってこった。もうちっと二人で慎ましやかに生きてく場所があればいいなって寸法だわ。まあエルザの希望があるってーのならもちろん聞くがな」
「わたくしはマスターと供にあればいいのですわ。ただマスターとする魔物退治は楽しいので時々させて貰えれば問題ありませんわ」
「わかった。魔物は増えてるって話だから、そこは困んねぇだろう。どっかで狩人みたいな暮らしをしていくか。時々街に降りて普段は山小屋に住むとかもいいかもしれねぇな」
「素敵ですわね、スローライフですわ。大きな犬も飼いましょう」
「ははは、なんだかアメリカンな希望だな。まあそういうのもいいかもな」
荷造りも手紙書きも終えたところで、夕飯の用意が出来たと宿の店員が来たので話を切り上げた。夕食の最中にエルザが生活の希望ってか夢みたいなものを話し出したので、ここで話すと女将にバレるから部屋でなと諫めながら夕食を取った。
エルザ的には嬉しい事なんだろうなって思うと、何とも言えない親心のような親愛の情みたいなものが沸いた。
そのまま食事を終えて、部屋に戻る時に清拭用の桶と布を貰い、2人で身を清めてベッドに入った。
俺に抱き着くようにしたまま、今日のダウンロードは【マスター】だとウキウキ顔で話してエルザは眠りについた。このスキルってーのか?機能ってのかわからんが、便利システムは無限にダウンロードできんのかねぇ。いつかデータ容量が一杯になるんだろうかとか、通信容量をギガっていうやつはギガギガ団の一員に違いねぇとか、くだらなくて訳わからん事を考えるようにしながら眠りについた。
頭と胸にこびりついた「いったいどこに行きゃいい」「俺たちはいつ落ち着ける」「エルザを守り切れるのか」「このふざけた世界が信じられねぇ」「高次元なんちゃらが憎ったらしい」湧き上がる不安と憎悪に近い気持ちを塗りつぶすように。
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