趙武記外伝集
刃口呑龍(はぐちどんりゅう)
師越という男
「何で雨は止まぬのか?」
「はあ?
「そうだな」
それでも、俺の心には、雨が降っていた。故郷を遠く離れ、呼び名も変わったと言うのに。
「シェスター。今日の戦いも見事であった。いつ見ても惚れ惚れするの〜。特に最初相手に攻撃させるだけさせて、その後に絶望的な力の差を見せる。クックックッ。思い出しただけで、笑いが止まらむわ。流石、わしの、闘士だ」
「はっ」
「相変わらず、無口だの。まあ、良い。次も頑張ってくれ」
「はっ」
俺の名はシェスター。
俺の故郷と言ったが、故郷は、ここロマリアじゃない、ここからは、海を渡った先にあった。フェルキオと言う国だった。フェルキオは、ロマリアに滅ぼされ、子供だった俺も連れて来られ、主に売られた。主は、体も年齢としては大きく、力も強かった俺を、剣闘士として育て上げた。
どうも俺のような男は、
飯は三食、良い物が食える、金も使い切れないほど貰っている。月一回程の、闘技場で戦う以外、自由だ。まあ、毎日、訓練はしているが。このまま、主の下で、戦い続けるのも良いかもしれない。俺は、満足している。飯に、酒に、そして、女も。
「ねえ。シエツさん。今日も一緒に寝るだけで良いの?」
「ああ、お前といると、落ち着くんだ」
「嬉しい〜。じゃあ、サービスしちゃおうかな」
「よせ、触るな」
「シエツさんの、いけず」
俺は、週一度程、
女は、俺が寝ている間、ただ俺の全身に刻まれた傷を撫でている。何が良いんだか?
「ねえ、シエツさん。毎日来てよ。そしたら、わたし、他の男と寝なくて済むし」
「毎日は、無理だな。だが……」
「だが、何よ?」
「いや、何でもない」
「も〜」
女が、俺の胸を叩く。裸の俺の肌が、パチンと音をたてた。金が貯まったら、この女を
「1・2・3……」
俺は、興奮で高ぶる心を抑えるように、ゆっくり数字を数える。俺の目の前には、浅黒い肌をした長身の男。鎧で覆われていない両腕、そして両足の鍛え上げられた筋肉、浮き上がった血管。かなり訓練しているのだろう。
「4・5……」
相手の武器は、
「10・11・12……」
めちゃくちゃに、上下左右、斜め、かなりのスピードで、斬り込んでくる。それを、間一髪で、避ける。多少、
「55・56・57……」
もう疲れてきたのか、相手のスピードが鈍ってきた。だが、まだまだ時間はあった。
「76・77・78……」
相手の動きは鈍っていたが、こちらから相手の元に飛び込み、俺が、操る両手に持った刃渡り2ペデース(約60cm)程のグラディウスを、相手の長剣にぶつけ、派手な戦いに見せていた。
相手の顔は、恐怖にひきつり、戦意は
「98・99・100!」
俺は、全身に力を込めると、素早く相手の懐に飛び込んで、両手のグラディウスを振るう。
「ヒュヒュヒュヒュ」
右の肩口、左の内股、そして、両膝に薄く剣を刺し入れるように、斬る。
すると、相手は、剣を落とし、
「まいった」
すると、主が、
「それまで! 勝者、シェスター! いや、良い戦いであった」
そう言うと、闘技場にわれんばかりの歓声がこだまする。歓声は、岩に跳ね返り、耳が痛い程だ。だが、俺は、ゆっくりと主の下に歩み寄り、
すると、歓声は、さらに大きくなり、俺と主を
高揚感は、まだ心を支配し、次の戦いを欲していたが、今日の出番はこれまで。俺は、心を静めに闘技場の外へと向かった。
だが、満たされた生活は、突然終わりを告げる。主が死んだのだ。殺されたわけではない。日頃の暴飲暴食がたたっての、病死だそうだ。そして、跡目は、長男が継いだのだが。
「わたしは父と違い、剣闘というものが、好きではありません。申し訳ないのですが、あなた達は、不用です」
こう言われた。だが、不用です。出て行けと言われた訳では無く。きっちりと、数年分もの生活費を貰い、さらにロマリア市民権をくれると言う。他の皆は、とても喜んでいた。だが、俺は……。
主の葬儀の手伝いや、後始末で2ヶ月程、自由な時間はとれず。ようやく、落ち着きを取り戻した主の邸宅から、2ヶ月ぶりに外に出た。
さて、どうするか? だが、考えるよりも先に、俺の足は自然と売春宿に、向いていた。
「おや、あんたかい。久しぶりだね。あの娘かい? う〜ん。あの娘も会いたがっていたし、良いか。こっちだよ!」
売春やの女将は、俺の顔を見るなり、そう言って、俺を案内し始めた。だが、いつもの場所ではなく、奥へと、向かった。そして、一つの扉の前で立ち止まる。
「ここだよ」
そう言って、女将は、扉を開ける。そこには、ベッドに寝かされた、見る影もなく、痩せ細った女がいた。
俺は、ベッドに近づくと、声をかけた。
「病か?」
女は、びっくりした顔をして、手で顔を隠し答える。
「シエツさん、見ないでよ。こんな無様なわたしを」
「無様ではない」
すると、女は、顔を隠していた、手をどける。そして、
「優しいね。シエツさんは。わたし、病気貰っちゃった」
「そうか、残念だ」
「何が、残念なの?」
「いや、主が死んだんだ。だから、お前と暮らそうかと」
「そうなんだ。ちょっと遅かったね。でも、嬉しい」
女は、泣き始めた。そして、しばらくすると、泣き止み。
「でも、シエツさん、わたしみたいな汚れきった女じゃなくて、清純な女性を奥さんにしなよ」
「そうか」
「うんうん。あっ、でも。シエツさんが、そう言ってくれるなら、一つお願いしようかな?」
「何だ?」
「うん。わたし、もうじき死ぬの。そしたら、病気だから燃やされるんだって。それで、わたしの灰を少しで良いから、故郷にまいて欲しいんだ」
「分かった。故郷は何処だ?」
「フェルキオ。ロマリアに滅ぼされちゃったけどね」
「俺の故郷もフェルキオだ」
「え〜! そんな事、一言も言ってなかったじゃない」
「そうか?」
「無口過ぎだよ。シエツさん。知っていたら、いろいろ故郷の事、話したかったのに。もう!」
そう言って、女は笑った。
女は、一週間後に死んだ。俺は、女将から女の灰を分けて貰い、壺に納めた。
「シュエリーちゃんをよろしくね」
そうか、あの女は、シュエリーという名だったのか。俺は、女の名を心に刻むと、フェルキオに向かって、旅立った。
フェルキオには、直接、船は出ておらず、近くの港湾都市に船で行き、そこから歩いた。2週間程で、フェルキオに到着した。
昔は、大都市だったそうだが、ロマリアによって徹底的に破壊され、城壁や、建物に使われていた岩は、ロマリアに運ばれ。地面には、塩がまかれ、耕作ができないようにされたと、聞かされていたのだが。
僅かな民だったが、耕作がなされ、港には複数の漁船が停泊し、確かな営みがなされていた。フェルキオは、生きているぞ。俺は、シュエリーに心の中で、そう言った。
俺は、壺に入っていた、シュエリーの灰を地面にまくと、フェルキオを後にした。さあ、どうするか?
俺は、東へ、東へと旅をした。そして、ついに大陸の東端まで来た。そこで、奇妙な男と出会う。小太りの小男だったが、ロマリアの言葉で話しかけてきた。
「わたしは、耀勝と申します。失礼ですが、お名前は?」
「シェス……。いや、シエツだ」
「師越さんですか。とてもお強そうだ。いかがでしょう、わたしの下で、武人として戦ってみませんか?」
戦いは、好きだった。この男が、新しい主となった。新しい主も、俺にいろんな物を、与えてくれた。そして、妻を娶り、子もなした。だが、俺の心は、なんとなく晴れなかった。あの女が、死んでから、俺の心に雨が降る。
「雨は止まぬのか?」
だが、俺の心が一時的とはいえ、晴れる時があった。
無数の兵士が、こちらへとせまってきていた。だが、俺の背後にも、無数の兵士がいた。俺は、馬上で腰の双剣を抜く、グラディウスではないが、主が用意してくれた
俺は、双剣を掲げると、背後の兵士に号令する。
「行くぞ!」
「お〜!」
俺の心は、高揚感に包まれた。
趙武記外伝集 刃口呑龍(はぐちどんりゅう) @guti3
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