十三話:〝中央四将〟
「中央の動きは目立った様子はない。諜報部隊を潜らせてはいるが、やはり首都リゼルトの内側で何かしているようなのは事実のようだ」
背筋をきっちりと伸ばし、鞄から情報が記された紙達を一枚ずつ丁寧に取り出す。見た目や言動からもロヴィエドは真面目だというのが初対面の身でもよく滲み出ていた。
戦や政治の事には疎くまるでついていけないが、これから関わっていく事に無関心でいる訳にはいかない。静かに焦りを露わにしたリシェントが自らの無知を承知の上でロヴィエドに問う。
「あの。戦争をすると聞いたのですが、大規模な戦争にはまず何が必要になる、んですか……」
「大規模な戦と言っても多種多様だ。確定とはいかないが、基本的には兵の数と戦略と連携、その練度、長期に渡るなら食料——兵糧もだろうな」
「そこまで兵の数が必要なの?」
「戦は基本、数が多い方が有利だ。覚えておくといいよ」
ロヴィエドの答えにレフィシアのアシストも入る。数の多さと言っても、万はゆうに越えるのだろうと思うととてもではないが平民にとって非常に想像しにくい。ざっと大広間に入りきらないくらいかと思うのが精一杯だった。
確かに力仕事でもそうだが、一人よりも二人の方が重くはないと思えば個より数なのは当然だ。そこは頷ける。ただでさえ北国と西国が同盟を組んでいるのなら、数は更に跳ね上がるのだろう。
だが、数より個という言葉を叶えてしまう戦力もいる訳で、一番の問題に言葉を詰まらせた。
中央四将の存在だ。
彼らはたった一人で数百、場合によっては数千の兵に匹敵する最高戦力とされている。その強さは中央四将の中でも近接戦闘なら実質最強と謳われたレフィシアを間近で見ていれば、嫌と言うほど実感させられるもの。
リシェントの脳裏に浮かぶもう一つの疑問は、その中央四将をどうやって抑えるかだ。新たに浮かんだ質問をする以前にそれを察してか、ロヴィエドが一息をついてからレフィシアの方に視線を向ける。
「幾ら中央四将でも弱点くらいあるだろう?」
「そうだね……確かに中央四将にも明確な弱点があるよ。でも……あー、これ、自分の弱点も言うものになっちゃうんだけどいい……のかな……?」
「構わない! どうせこの場に君を殺そうとする輩なぞ居ないからな! それから、こちらはキアー・ルファニアの情報は多くあるが、紅とアルフィルネの情報が少ない! 詳細情報の提供をして貰えたら助かる!」
レフィシアが答えを渋っていると、見兼ねたロヴィエドはまた高らかな声となって部屋に木霊した。無自覚だろうがこの癖はどうにかして直らないものか……とリシェントは半ば呆れて口が塞がらない。指摘しようとしたら、その場を濁すように先にレフィシアが促してくれたので助かった。
咳払い代わりにハーブティーを飲もうとリシェントが右手でカップに手をつけようとして既にほぼ飲み終わっていた事に肩を張った。しまった、と思っておかわりをしようと思ったら、待ってましたと言わんばかりにミエルがポッドを構えている。本来であればこれは自身でやるべき事なのだろうが、出来なかった程に緊張していたのだろう。気を遣ってくれたであろうミエルに上目で視線を送ると「気にしないでいいよ〜!」という言葉が容易に浮かぶウインクが飛んできた。
「まず——リシェント。キアー・ルファニアって言う名前に覚えは?」
「ええっと……中央四将、としか」
「まあ、平民からしたらそうだよね。まずはリシェントにも分かるように順番に説明しようか」
キアー・ルファニア。ルファニア公爵に引き取られた義息であり、人間と魔物〝ラビリッツ〟のハーフ。幼きアリュヴェージュが父親と遠征中に偶然出会い、気に入ったアリュヴェージュが拾ってきた。
当時城で留守をしていたレフィシアが門前まで迎えにきたら、アリュヴェージュが「かわいいでしょ!」と満足気な顔を浮かべて笑っていた姿はよく印象に残っているらしい。
ルファニア公爵に引き取られてからはアリュヴェージュの側近、そして今では軍の指揮官。——北国で言う、ロヴィエドのような存在だ。
自身の戦闘能力だけでなく知力、戦略だけならどの中央四将より上であり、政治面においてもアリュヴェージュはキアーに全て一任するくらいには信用している。
「……これだけ聞いてると、戦闘だけ警戒する訳には行かなくなるわね」
「だけど、紅やアルフィルネと比べて魔力量は少ないし、魔法の技術も高くない。本人が言ってたから間違いないよ。だから魔法も詠唱破棄出来ないし、魔法の連発も出来ない」
「誰かが近接戦で抑え込んで、もう一人背後から攻撃するーっていう典型的なパターンが効きそうだね!」
「まあ……それは俺にも当てはまるんだけどね……」
ぽんと左手を平にして右手の拳でそれを軽く叩きながら晴れやかな顔を浮かべるミエルだったが、レフィシアは珍しく声を籠らせ気まずいように眼を泳がした。やはり、自分の弱点になるものは答えにくいらしい。
「続いてアルフィルネだ。彼女はこちらが掴んでいる情報は面倒くさがり、水魔法が得意……としかないが」
「まあ、面倒くさがって中々城から出ないから仕方ないよね。アルフィルネは〝デルフィアン〟っていう、まあ、海豚の魔物だよ」
「デル、フィアン……だと!?」
海豚の魔物〝デルフィアン〟。
主に南国の海に生息する魔物で、知能は個体によりそれぞれだが中には人間以上の知能を持つ個体もいるとされている。魔力も同じように個体によって変わるが、アルフィルネはデルフィアンの中でも規格外の魔力量を誇っているそう。普段は水槽に潜って元の姿で生活しており、必要あらば魔法で人間の姿を形取っているらしい。
彼女は水——池や湖、海がある所または水中戦においてはほぼ無敵に近い強さを誇り、水魔法においては上級魔法も詠唱破棄して正確に魔法を打ち出す。
「弱点は……んー……彼女が武器を持ってるのは見た事ないな。魔法の補佐に羽ペン持ってるくらい 」
「雷魔法は効くのか? 水なら感電するだろう」
「どうだろう……そもそもあまり出張らないし強いからダメージ受けてるの見た事ないや」
「そうか……紅はどうだ?」
「紅も実は人間じゃないんだ。〝ヴァンパイア〟っていう夜行性の人に似た希少個体種だよ」
「……!」
ロヴィエドが身体を前のめりに椅子をがたがたと揺らした。次々に知らぬ名が出てきて話についていけてないリシェントを確認して、更にレフィシアが補足を入れる。
〝ヴァンパイア〟の歴史は古くに渡り、不老不死を追求してきた個体だという説が色濃く伝わっている。弱点こそかなり分かりやすく明確だが、凄まじい運動能力と魔力、固有能力を所有し、更に紅は研究者としても一流。中央四将について更にレフィシアは淡々と語る中、リシェントは突然と鳥肌が立つような寒気と恐怖に襲われた。会った事もない人物なはずなのに無意識に身体が小刻みに揺れているのに気づいたのは、ほんの数秒後である。
——悟られる訳にはいかない。
これは意地だ。 恐れを抱いても誰かに泣きつく事はもうしたくない。甘えや縋りは時に誰かに重荷を背負わせてしまう。
「(……私は、以前、その経験が、ある……?)」
確信は持てない。リシェントの脳の〝扉〟なるものは僅か数ミリ程度開いた状態で動きはしないのだから。
落ち着きを取り戻す為に温かなハーブティーを一口含むと、話題は中央四将同士が戦ったら誰が一番強いかで盛り上がっていた。ここまで規格外が揃っているのだから確かに気にならないと言えば嘘になる。ほんの少しの好奇心でレフィシア以外の全員は姿勢が前のめりとなった。
「紅は引きこもりだし、アルフィルネはそもそも面倒くさがって手合わせして貰った事ないし……キアーとなら魔力魔法無しで模擬戦した事あるけど、確かー…………五百三十四戦、三百二十六勝、百五十敗、五十八引分で俺が勝ち越してる」
「素の運動能力なら人間より上のラビリッツとのハーフの中央四将に魔力魔法なしの条件で勝ってるお前も規格外だな、クソ腹立つ」
「だからノエアは何で俺にだけ対応が辛辣なのかな!?」
ノエアは舌打ちを打って悪態をついたが、実際にレフィシアの戦闘能力は飛び抜けているのは明らかである。
「本当は東国や南国にも同盟——中央討伐軍参加に賛同して頂きたいのだがな。こちらが下手に動けば気づかれる。君達なら問題ないだろうから、頼めるか」
「真っ当な理由だね」
「問題ないだろ」
「助かる。さて。私は手続きも含め、そろそろ城に戻ろう」
「大将。混み合った話があるんだけど、オレも城の方行ってもいいか?」
椅子から立ち上がったロヴィエドに続くようにノエアもがたがたと音を立てた。
ロヴィエドは「いいだろう」と首を縦に頷く。一体何の用があるのだろうかの疑問の答えは、ノエア本人にしか分からない。
「お前らは適当に何か買い物しとけ。オレは魔力探知で移動魔法で戻って来れるしな」
ロヴィエドの後についていくようにノエアは部屋を去ってゆくと、ぽつりと三人だけが残った。
ぼうっとしていた二人を他所に薄緑のツインテールを大きく揺らしながらミエルが立ち上がる。どうやら彼女は一人で買い物がしたいらしく、軽々とステップを踏み出して歩んでゆく。残った二人は気まずそうにしていたが、先に言葉を出したのはレフィシアだった。
「折角だし俺達も出かけよう。あ、でもセアンには詳しくないから街の案内してくれないかな……」
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