十二話:閑寂なる夜と朝の迎え

 北国、首都セアン。


 現時刻、夜である。


 ゆっくりと速度を落としてなおもまだ振り続ける雪と、街並みを淡く照らす薄橙の街灯。その光景は何とも幻想的だ。リシェントは三人の反応が気になって、各々の顔つきやその様子を伺う。


 ノエアの表情は淡々と変わらず、周りを警戒しているかのように眉を潜めて見渡している。治安はそこそこいい方なので警戒する必要はないのではとも思ったが、彼の癖だとも考えられたのであえて言わないでおく。


 ミエルは雪の地面を軽々とスキップして飛ぶように進む。単純に楽しんでいて、薄緑のツインテールが元気よく靡いた。


 レフィシアが物珍しく当たりの建物達を見渡しているのは、セアンとベルスノウルでは建物の造りに違いがあるからだろう。

 北国の中でも一位を争う程の極寒地である首都セアンでは、様々な工夫が施されている。建物に煉瓦が使われている理由は、煉瓦に微弱程度の火の魔法付与が施されているからだ。そんな煉瓦達で造られた建物達は、わざわざ暖房を使わなくても生活に支障がでないほどに建物内の気温が安定している。


 所で、「宿をどうするか」という当たり前の疑問を投げつけてきたノエアに一同は頭を悩ませた。

 リシェントには一軒家の自宅があるが、実質一人暮らしなのには変わりはない。三人暮らしの身なのでそれなりに広く部屋も空いている。彼らには様々な礼がしたいと心の中で首を縦に頷いて、三人を自宅に招く事を提案した——。




 *




「でっきたー! 勝手に食材お借りして作ったよー!」


「すっ、ごい」



 食卓に置かれたのはパン、クリームシチュー、サラダのシンプルな三点だが見た目はとてもよく整っている。リシェントはキッチンでミエルの調理の様子を伺っていたが自分が入る隙もなくテキパキとした様子だった。

 レタスを手でちぎられ、にんじん、きゅうりをスライス、ミニトマトは半分にして混ぜ込んだものに生ハムで作られた薔薇の花を添えている。ドレッシングは柑橘系で、見た目も華やかでまるでブーケのようなサラダ。

 クリームシチューといえば肉は一口大に切られ、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも。ありふれた作り方だが、隠し味(秘密)を使っているのかリシェントの知るクリームシチューの味とはほんのりと違う気がした。まだ暖かいクリームシチューを木のスプーンで味わい、その美味しさに胸を躍らせていると、隣に座るレフィシアも目を丸くしているようだ。




「! おいしいね」


「よかったー! あたしちょっと不安だったんだー!」


「不安?」


「シアって元とはいえ王族でしょ? 口に合うかなーと!」



 確かに王族となれば出される料理の質が違うだろう。食材も品質も良く料理人もさぞ技術が高いのが目に見えるように浮かぶが、レフィシアはクリームシチューを口に含みながら首を横に振った。



「んーと、王族用に出される料理は豪華なものだけど、足りないんだよ」


「へ!? 足りない!? 何が!?」


「愛情、かな?」


「成る程! 納得!」



 二人は平和的会話を繰り広げているが、正直理解には及ばなかった。それはどうやらノエアも同じくして思わず目が合う。ブルーグレーの瞳は何時もより鋭利だが、何故かリシェントはそのブルーグレーに覚えがあるような気がした。どうやらここも思い出せない所の一部らしく、悶々とした思いを秘めながらクリームシチューを食べ続けた。



「所でお前、俺に頼みたい事があるって言ったな」



 半分くらい食べ終わった所で左肘をテーブルについたノエアが面倒くさそうに問う。確かに、そんな約束をしていたのを思い出す。



「前々から私の中に何かが欠落しているような気がしているの。魔法の類かも知れない。ノエアなら分かる?」


「…………さあな」



 隠していても意味はない。包み隠さずにリシェントのワインレッドより明るめの眼は真っ直ぐにノエアのブルーグレーを捉えた。

 リシェントから見てノエアは嘘をついていない。実際、温かなハーブティーを啜りながら眼は泳がす事なく真っ直ぐ。だが、リシェントの直感は目の前に広がる光景を強く否定した。

 テーブルに隠れるように膝の上で強く握り拳を作り、吐きそうになった怒りを精一杯押さえ込む。自身の身に異常があるのを自覚していて、知りたいのに教えてもらないのは時に残酷である。だがノエアの反応からするに、これ以上問いた所で答えてはくれないのは火を見るより明らかだ。堪え続けて無言になっていたのを自覚する前に、レフィシアが木のスプーンを一旦置いてひと呼吸。



「ノエア。君との付き合いはまだ全然浅いけど、君の方針がその答えなのは、分かるよ。でもね、何時かはちゃんと話してほしい。それがきっとリシェントの為になる」


「……悪いが、ちゃんとした約束はできない。だが、それにはオレもリシェントも、死なない事が前提になるぞ」


「大丈夫だよ。手の届く範囲は、全て俺が守る」


「クソ……説得力があるから困る」



 憎まれ口を叩くようにぶつぶつと呟くが、ノエアのこれに怒りはない。



「ノエアとシアって仲いいよね〜!」


「よくねーよ!!」



 他人事のようにミエルが顔を緩ませて見ていると、ノエアの低めの声によるツッコミが部屋中にこだました。




 *




 北国の朝はしんと静けさに包まれている。鳥一匹、虫一匹鳴かず時間の感覚が狂う時もある程だ。そんな状況で誰よりも早く起床し身支度を済ませたリシェントはミエルが起きてくるまで朝飯の簡単な支度まで終わらせていた頃、玄関扉のノック音が二回。こんな早朝に一体誰がという疑問こそ残るが、とりあえずまずは出てみてからだ。


 扉の鍵を開けて、様子を伺うように慎重に開く。



「……はい」



「……失礼。私の名はロヴィエド・シーズィ。北国が誇る我が軍隊の総大将を務めさせて頂いている」



 ショートヘアの黒髪が小さく靡き、ずれかかった黒縁の眼鏡を整えて一礼。北軍の白に近い薄い灰の色をした軍服をキッチリと整えて、複数の勲章が朝日に当てられて光り輝く。歳は若いが彼が北軍の総大将というだけあるのが一目で分かった。

 ロヴィエドはリシェントの姿を見るや、上瞼を引きつらすような目つきで瞬きを数回繰り返す。まるで存在を疑ってかかるような言動だったが、リシェントは昨晩のノエアの事を思い出してひたすら我慢を続けた。気づけばロヴィエドはリシェントの横を通り玄関に侵入。



「我が友! 出てくるのだ!」



 ロヴィエドは爽やかに、そして高らかに声を上げた。まだ人もまちまちと出歩く程度の静けさに包まれる朝にこの声は余計に煩く感じる。リシェントは思わず身体を逸らし一歩引き下がっていたが、近所迷惑になるならばここは下がる訳にはいかなかった。



「あの。近所迷惑になりますので、声は控えめにお願いします……」


「あ、ああ。申し訳ない。どうも私は友と接する時には声が大きくなるらしくてな」



 相手は北軍総大将。身分差を承知の上で恐る恐ると顔色を窺って声をかけたら、すんと元の声量に戻ったようだ。

 ほっと胸を撫で下ろして安心していると、廊下から寝起きのレフィシアがゆったりとした足取りでやってくる。まだ睡魔から脱しきれていないのかとろんと眼が垂れ気味で、声の底にまだ眠気がたゆたっている。



「……ん。ロヴィエド……朝から何やってるの」


「こちらの家に入った情報が来てな!」


「声、声」



 レフィシアを見つけるや再び声のボリュームが大きくなる。リシェントに再度指摘され元に戻した後、ロヴィエドは咳払いで誤魔化してから家に上がり込んだ。

 流石に寝起きの状態で話し込む訳にはいかないので、レフィシアはノエアとミエルを起こしに向かいながら支度。リシェントはハーブティーを用意してロヴィエドを招く。「お口に合うか分かりませんが」というありきたりな台詞を述べてカップを置くと、迷う事なくロヴィエドはカップの取っ手を左手につまんでとった。

 レフィシアの時は別であったが、初見の人物と二人きりはどうも気まずく感じて落ち着かない。ロヴィエドの斜め右に位置する椅子に座り石のように身体を硬直させていると、ようやく三人が身支度を整えやってきた。



「ノエア・アーフェルファルタだ。宜しく頼む」


「ミエリーゼ・ウィデアルインと申します。お見知り置きくださいませ」




 ノエアがごく普通の挨拶と共に一礼する中、ミエルだけは違う。

 背筋はそのままに、片足を斜め後ろの内側に引きながら、もう片方の足の肘を軽く曲げる。ドレスの代わりにスカートの両端を軽く持ち上げて、とても上品である様はリシェントだけではなくノエアですら二度見した。



「お前……その猫被りようはどうした」


「猫被りじゃないもん! 貴族として当然だもん! ねっレフィシア!」


「そうだね。挨拶も礼の仕方も完璧だよ」


「流石ウィデアルイン家だ。私はロヴィエド・シーズィ。こちらこそ、以後お見知り置きを」




 その誠意に応えるようにロヴィエドも右足を引き左腕を腹部に水平に当てると、右腕は後ろに回して軽くお辞儀をした。

 さて、問題の用件であるが、ロヴィエドは再度眼鏡の角度を整えるとその視線はリシェントに向けられる。恐らくは件について無関係の人間に話していいものかどうかを躊躇っているのだろうが、その考えを見通したノエアがフォローに入る。



「あ。そうだ。大将。こいつ……あー、リシェントも討伐軍参加希望だってよ。推薦頼む」


「…………分かった。必要な手続きはこちらでしておこう」

 


 何故か消化しきれないと言わんばかりの表情を作っていたが、頷いたならばこれで関係者となるだろう。全員が席についた所で再度ハーブティーを口に含んで味わってから、ロヴィエドは話をしはじめた。

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