第3話

 それと同時に届いたメールのようなものをタップして開く。


『今から1時間後、このマンションの1505号室に高野杏子という名前の女性が現れます。この端末を持ったままその部屋に移動してください』


 と表示され、それ以外の動作が出来なくなった。どうしようもないので指示通りに向かうことにした。今いる部屋が2階だったので思ったよりも時間がかかった。


 そしてその部屋の扉に手をかけると、持っていた端末が反応し、鍵が開いた。


 俺の部屋と同じかと思っていたが、中身は結構違っていた。置いてある家具の種類はおそらく変わらないのだろうが、家具の色が違ったり、小物が女性用に変わったりと、完全に女性用の部屋という様相を呈していた。


 そして、俺の部屋と違う最大の特徴と言えるものが一つ。


 夥しい量の本棚だ。俺の部屋にはそんなものは無かった。その代わりに筋トレ用の機材が配置されていた。


 何はともあれ、この本棚の存在と、先ほど表示されていた名前。この二つがこれから現れる女性を暗に示している。


 恐らく俺が病院に入院してから1年後くらいに隣の部屋に入ってきた女性だろう。


 歳は20歳くらい離れていたので、友達というよりは親子とか親戚のような関係ではあるが、非常に仲良くさせてもらっていた。


 彼女は心臓病だった。細かいことを聞いてはいなかったが、重いものだったのだろう。


 そんな感傷に浸っていると、端末が喋りだした。


『あなたの行う仕事は、今からくる高野杏子さんにここが地獄であることを説明すること。そして、机の上に置いてある端末を使用してこの世界について学ぶように指示することです』


『そして、禁則事項について。嘘を決して教えないこと。傷つけないことの二つです。あなたが高野杏子さんの知り合いであることを公表するかどうかは自由です』


 なるほど。俺が想像していた通りの人だったようだ。


 だが、それよりも重要なことがある。最後の一言だ。


 もしかすると死者の関係者がこの案内役として抜擢されているのではないか?


 ということはあの男性は俺の昔の知り合いなのか?


 俺の名字は工藤で、母の旧姓は暁。親戚であるわけがない。


 ならば誰だ?


 そんなことを考えている中、光と共に女性が現れた。こうやって現れるんだな。


「やあ。お久しぶり。高野さん」


「あの、どちら様でしょうか?それと、ここはどこですか」


 どちら様?どういうことだろう。記憶が飛んでいるわけでもなかろうに。


「私は工藤遥だよ。隣の病室にいた」


「そう言われてみると似ているような……」


 もしかして。


「私は今いくつ位に見える?」


「20歳くらいでしょうか」


 完全に気付かなかった。病気から解放されたから体がよく動くのだと思っていた。ここまで動いていたのは人生で一番肉体が丈夫な20歳の頃に若返っていたからなのか。


「なるほど、ありがとう。鏡を見ていなかったから気付かなかったけど、私は正真正銘工藤遥だよ。ただし、20歳の肉体ではあるけどね」


「よく分かりませんが、恐らくそうなのでしょう。工藤さん」


「じゃあ早速説明を始めようか」


 俺は最初に地獄に来た時にされたものと全く同じ説明をした。


「なるほど。大体分かりました。ここは第二の人生といった所ですか」


「そういうことだね。それに、肉体も20歳前後の健康体に調整されているようだし、今までの人生と比べても楽に暮らせそうだよ」


「この肉体の年齢だと私は病気がちですものね。そういった懸念が無いのは一安心です」


 肉体に着いて一切憂いの無い状況をわざわざ作っている神様の意図は分からないが。


 もしかすると俺たちの精神から自動的に生成されるのかもな。服も死んだときに来ていた服とは違うものだったしな。


「ただ、一つ疑問がありまして。この状態から更に死んだ場合ってどうなるのですか?」


 一切考えていなかった。形あるものは必ず消えてなくなる時が来る。これは地獄であっても変わらないはずなのに。死と真正面から向き合っていたはずなのに。


「分からない。俺もこの世界に来てから時間は左程経ってなくてね。もしかしたらこの端末で勉強を進めていくうちに何かわかるかもしれないね」


「そうですか。まあそれでも猶予は沢山あるのでしょうしゆっくり調べていきましょう」


「そうだね。じゃあ私は部屋に戻るかな。私の部屋番号はここだよ」


「はい。何かあったら————」


 彼女がそう言いきろうとしたとき、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

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