36.悩ましい朝
コンコン──。
軽いノックの音に薄っすらと意識が覚醒する。
「ルイーズ様、おはようございます」
いつも通りのエマの声が聞こえ、私は一度寝返りをうってから薄っすらと目を開ける。
扉がゆっくりと開かれ、エマが入ってくるのがぼんやりと見える。
「ジェイク様、おはようございます」
エマの言葉に、はて?と言葉の意味を考える。
なぜ、私の部屋へ入ってきたエマがジェイクにおはようと言うのか…。
そして、私はガバッと勢いよくベッドの上で身を起こした。
しっかりと掛けられていた毛布がハラリと脚の上に落ちる。
扉の方を見やれば、そこには扉の横で姿勢良く立っているジェイクの姿があった。
「…ジェ、ジェイク…」
「おはようルイーズ」
慌てる私と対照的に、彼は全く動じた様子もなく挨拶をしてくれる。
私は思わず両手で顔を覆い俯いて、早口で彼へ語り掛けた。
「お、おはようジェイク。ごめんなさい。あの支度をするから少し外へ出てもらっても?」
寝起きの姿を見られるのが、とてつもなく恥ずかしくて、一刻も早く支度を整えたかった。
私の言葉を受けて、ジェイクは「分かった」と言うと、すぐ部屋を出てくれた。
「…私…いつの間に寝ちゃったの…」
独り言のように呟いた言葉に、エマがなぜか答えをくれる。
「遅くまで本を読んでいらっしゃったみたいですが、そのままソファで眠られて、ジェイク様がベッドへ運んでくださいました」
…なぜ、それを貴方が知っているの?!
私の内なる声が聞こえたのか、エマはくすりと笑って言葉を続ける。
「ジェイク様より、夜中に何度か部屋を確かめに来てほしいと頼まれていました。自制心を保つために、と」
「じせいしん…?」
エマの言葉に、意味をうまく呑み込めず、問うように零れた呟きは完全に彼女に無視された。
「さ。さっさとお仕度なさってください」
仕度を終えると、いつも通りジェイクと食事をするため、彼と一緒に食堂へ向かった。
そこで、食事をしながら彼が今日の予定を話してくれる。
「今日はモーティマー邸へ行く前に、ルイーズも一緒に宿舎に寄って欲しいと言われてる。昨日の件で話がしたいそうだ」
私は彼の言葉に、うんうんと頷きながら考える。
昨日の件で話がしたいということは、昨日やはり何かしらあって、それを解決した後にここへユージン隊長かケネス隊長がみえたということかしら?
なんだか、自分一人だけ寝こけてしまって…恥ずかしい。
しかも、座ってって言ったのに、起きたらジェイクってばしっかり立ったままだし。
あれってやっぱり夜通し立ってたのよね?
「あの…。ジェイクは今日はどうするの?」
考えれば考える程に、彼の身体が心配になって思わず訊ねてしまう。
「俺は、ルイーズを送った後は休みがもらえるから。心配しなくていい」
問いかけた私の心配を察して、彼は先回りして答えてくれる。
その答えを聞いて私はほっと胸をなでおろした。
「良かった。じゃあゆっくり休んでね。昨夜はずっとついていてくれてありがとう」
私がそう言うと、彼は「いや…」とだけ言って視線を逸らしてしまった。
どうにも昨日から調子が狂う。
…私、何かしたかしら?
食事を終えた私たちは、エマと別れて騎士宿舎へと向かった。
宿舎に着くといつもの応接間へと通される。
中には既にカルヴィン騎士団長と、ユージン隊長、ケネス隊長が控えていた。
「おはようございますルイーズ嬢」
カルヴィン騎士団長が低く威厳のある声で挨拶してくださる。
「おはようございますカルヴィン騎士団長」
一礼しながら彼に挨拶を返し、続いてユージン隊長とケネス隊長にも挨拶をする。
そうしている間に背後でノックの音が聞こえ、リアム様が騎士に付き従われて部屋へと入ってこられた。
「おはようございますリアム様」
その場にいた全員が彼に挨拶を述べ、彼も挨拶を返しながら軽く手を挙げ、すぐに皆にソファに座るよう促される。
「昨夜は皆さんご苦労様でした。早速ですが、取りまとめた話を聴かせてもらえますか?」
このところお忙しいと仰っていたリアム様。時間が惜しいのか、早々に話を進められる。
それに応えてケネス隊長が「では」と早速に話は進められた。
「昨日、ルイーズ嬢の部屋へ何者かが侵入し書類を盗み見た形跡があったことの報告を受け、夜の内に動きがあるだろうと踏んで当たりをつけて行動を探ることにしました。また、それとは別に怪しげな動きがあったので、そちらも探らせることにしました」
ケネス隊長が話される内容に、途中までを知っている私たちは勿論、リアム様も黙って聴き入っている。
「結果として、私とユージンが農工具用の物置小屋でイアンとディックの会話を確認しました。そしてニックとロイドが貯蔵庫での他の使用人たちの会話を確認しています。その会話の内容ですが────」
淡々と語られていく内容に衝撃を隠せない。
けれど、それはどうも私だけで、リアム様も騎士団長や隊長方も大方の見当はついていたらしい。
ジェイクは私のように衝撃を受けているという感じではないけれど、何か考え込んでいるように見える。
「──それで、この後の対応をどうするか。リアム様と殿下のお考えをお聞きしたいのです」
ケネス隊長が話を締めくくると、リアム様は「分かりました」と言って、一度部屋にいる一同を見回す。
「今日明日にでも殿下に会って確認してきましょう。恐らく、殿下も私と同じ答えを出されると思いますが、その時はまた皆に迷惑をかけることになると思います」
リアム様は少し申し訳なさそうに私へと視線を向けられた。
私は思わず視線を逸らす。
それは…その視線は、私に王太子殿下にまで関われと?
一体どこまで話が大きくなれば気が済むのか。
私は隣に座るジェイクの服の袖をぎゅっと握りしめた。
話が終わり、リアム様は馬車で屋敷へ戻られ、私はジェイクに送ってもらってモーティマー邸へと向かった。
ケネス隊長とユージン隊長は、私たちとも別でモーティマー邸へ向かわれるとのことだった。
宿舎を出てからすぐジェイクは手をつないでくれた。
きっと私がさっき彼の服の袖口を掴んで放さなかったから。
隣を歩きながら見上げる彼は、口を一文字に引き、少し難しい顔をしている。
先ほどの話のことを考えているのだろう。
そう思うと、私も自然と考え込んでしまう。
この先どうなるのだろう…。
ここへ来た当初に私が考えた生活からどんどんとかけ離れていく。
ただ、
暴力を振るわれることもなく、暴言を吐かれることもなく、執拗にいじめられることもなく、陥れようとされることもなく、ただ平凡に暮らしたかった。
叶うなら、愛してくれる人と出逢って、結婚して、子どもを産んで、
もう一度そっと、隣を歩くジェイクを見上げる。
そしてすぐに俯いて、彼からもらったアメジストのペンダントを握りしめた。
「ルイーズ」
呼びかけられ、はっとして顔を上げると、ジェイクが立ち止まって覗き込むように私を見ていた。
考え事をしながら歩いている内にモーティマー邸まで辿り着いていたようで、玄関まではもう20メートル程度のところまできていた。
「あ、ごめんなさい。送ってくれてありがとう」
慌ててそう言って、彼の手を放そうとするけれど、逆にぎゅっと手を握りこまれた。
「あの…どうしたのジェイク?」
疑問に思って問いかけると、今度は一旦手を放し、指同士を絡めるように手を取られる。
驚いて手に視線を向ける私に、もう一度注意を引くように呼び掛けられる。
「ルイーズ」
「え…はい」
いつにない真剣な声にまっすぐに彼を見つめると、意を決したように彼が口を開き──。
それを上塗るように「何してるんだ?」と声をかけられ、私とジェイクは声の方を振り向いた。
「ケネス隊長、ユージン隊長…」
声の主の名前を呼ぶと同時に絡めとられていた手が放される。
声をかけてきたケネス隊長の後ろで、ユージン隊長が額に手を当てながら小さなため息を吐き、私へと声をかけてきた。
「ルイーズ嬢。部屋まで送っていこう」
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