34.悩ましい夜

「どうしてもすぐにお伝えしたいことがあったので、申し訳ありません」

そう前置いて、私は伝えるべき内容を口にする。


「先ほど、私が屋敷を案内してもらっている間に、部屋へ侵入し、面談者についての書類を盗み見た者がいたようです」

私がそう口にした途端、ユージン隊長から柔らかな雰囲気が消える。

「分かりました。すぐに騎士団長とケネスに伝え、動く手筈を整えます。他にお聴きしておくことは?」


流石若くして騎士隊長にまでなっただけはある。

理解が早くて助かる。


「使用人の方から、最近夕刻に貯蔵庫の方へ向かう人影を見かけるとの話を聞きました。決まった人ではなく、男性も女性も見かけたそうです」

「…分かりました」


私の言葉に一瞬の間をおいて返事を返すと、彼は更に考え込むようにして、顎に手をあて視線を俯かせる。


「…今夜の内に動くことになります。恐らく大丈夫だとは思いますが、念のため今夜はジェイクを傍近くにおいていただく方が良いかと」

「…え?」

真剣な表情で告げられる言葉を、意味を理解しようと頭の中で反芻する。


…傍近くにおく…?


「隣室ではなくて…?」

「ええ。できればすぐ手の届く範囲に」

「………………」

つまり、同じ部屋で過ごせと…?

彼の言葉に、私が反応を返せず固まっていると、ノックの音が響き、次いで「失礼します」と声がかけられ彼の後ろで扉が開いた。


「…ジェイク」

扉を開けて現れた人を確認して思わず声が漏れる。

そんな私にジェイクはちらりと視線を向けたけれど、扉のすぐ前に立つ人へ先に挨拶をする。

「ユージン隊長お疲れ様です。何かありましたでしょうか?」

「ああ。お疲れ様。ちょっと屋敷の方で動きがあってな」


ユージン隊長はジェイクの方へ振り替えると挨拶を返し、今しがた交わされていた会話を順に説明していく。

「今彼女から話を聴いていたところだ。すぐに騎士団長とケネスに伝えて、今夜の内に動くことになると思うのだが、念のため今夜お前は隣室ではなく、彼女の傍近くに控えていて欲しい」

「…同室で…ということですか?」

ユージン隊長の説明に、ジェイクが眉間に皺を寄せならが問い返す。

そんな彼の反応を見ながら、ユージン隊長は少し困ったように言葉を続けた。


「彼女に手を出す心配がないように、俺かケネスでも構わないが」

「て、手を出すっ…て?!」

「………………」

ユージン隊長の言葉に、思わず声をあげてしまった私とは対照的に、ジェイクは眉間の皺を深くして黙り込んだ。

きっと疑われたような言葉が心外だったのだろう。

そう思って、私は慌てて会話に割って入った。

「だっ、大丈夫です!ジェイクがそんなことする訳ありませんからっ!」


そう。ジェイクがそんなことをする訳がない。


私が肘を曲げた状態で手をぐっと握りしめ、力説するようにそう言うと、なぜかジェイクの口から盛大なため息が漏れた。


…あれ?もしかして物凄く嫌がられてる?

ユージン隊長か、ケネス隊長にお願いした方が良かった?


そんな思いが胸に沸き、チクリと胸が痛む。


「大丈夫です。俺が傍にいます」

そう言ってはくれるものの、ジェイクの考え込むような表情に眉尻が下がる。

「…あの。ごめんなさい。迷惑だったら、誰か他の方に…」

若干泣きたい気分になりながら、私が小さく声を絞り出すと、今度はユージン隊長のため息とジェイクの言葉が重なった。

「いや、迷惑なんかじゃなくて!その…大丈夫だから」


慌てて言い募るジェイクに、ユージン隊長が額に指をあてながら問いかける。

「ケネスに頼もうか?」

「いえ!その…大丈夫です。…勘弁してください」

ユージン隊長の言葉に、ジェイクは慌てて声をあげるけれど、最後は消え入るような小さな声で、私には聞き取ることができなかった。


「じゃあ、頼んだぞ」

ユージン隊長はそう言うとジェイクの肩をポンっと叩き、私に「では」とだけ言って部屋を出て行った。

扉が閉まる音を背中で聞きながら、一瞬だけ黙り込んだジェイクが「帰ろうか」と声をかけてきた。


私は小さく頷くと、ジェイクに続いて部屋を出た。






宿に戻り、食事もお風呂も手早く済ませる。

夜着の中でも比較的見られても大丈夫そうなものを選んで着替えショールを羽織り、私はソファに腰かけた。

暫くして、ノックの音が響き遠慮がちに声がかけられた。

「ルイーズ、入っても大丈夫か?」


私が「どうぞ」と声をかけると、騎士の隊服を着たジェイクが部屋へ入ってきた。

いつも帰りに迎えに来てくれる時は私服だし、宿舎へ行った時には演習用のものを着ていたから、隊服を着ているジェイクを見るのは初めてかもしれない。


黒色の上下に青色のマント。

腰には剣を携えている。


私服でも十分にかっこいいけれど、黒で統一された上下が全体を引きしめ、けれど男性らしい逞しさを際立たせていて、思わず見惚れてしまう。


「…ルイーズ」

私が黙り込んだまま、ジェイクに見惚れていると、困ったような声音で呼びかけられる。


「あ…。ごめんなさい。隊服姿がすごくかっこよくて…」

声をかけられて初めて惚けてしまっていたことに気付いて、慌てて視線を逸らす。

そんな私の言葉に、彼は口元を手で覆い顔を背け、小さくため息を吐く。


扉からこちらへ歩み寄る様子もなく、彼は顔を背けたまま私へと語りかけてきた。

「ルイーズ。頼む。…お願いだから、あまり隙を見せないでくれ」

「…隙?」


いつもと違う様子の彼に戸惑いながら、彼の言葉に問い返す。


隙を見せるなと言われても、よく分からない。

常に鍛えている彼や、隊長方のような騎士たちから見れば、私など隙だらけだろう。

隙を見せるなと言われても無理な話だと思う。


問い返したまま沈黙した私へ、そろりと視線を向け彼は私の考えていることが分かったと言わんばかりに、今度は額へ手を当てる。

「その…。今夜だけは、あまり無防備に見つめないでくれ。…手を出さない自信がなくなる」

見つめないでくれ、そう言われた後に続けられた言葉は呟くように続けられ、聞き取ることができず、思わず「え?」と声を漏らすが、それに対して彼の返事はなかった。


そして、彼はそのまま扉の脇に立ち、手を背で組んで、ぐっと姿勢を伸ばす。

警護をしている時の騎士たちと同じ姿勢になって立つ姿を見て、私は焦った。


「え…。そこでずっと立っているつもりなの?」

「ああ。今夜はの警護だからな」


躊躇いもない彼の言葉に、私は焦りが募る。

「そんな。朝までずっと立ったままなんて」

けれど、彼は気にしたふうもなく返してくる。

「それが普通だ。ルイーズは気にせず寛いでくれていいし、ゆっくり休んでくれればいい」

「そんなこと言われても、気になるし。私だけ寛ぐなんてできなわ。せめてソファに」

「いや、ソファに腰かけていては何かあった時すぐに立ち上がれない」

「じゃぁ、せめてこの椅子に」


押し問答の末に私は鏡台の前から引きずって、彼の前に椅子を置く。

私が近づくとビクッと身を引く彼に、私も思わず足を止めた。


「分かった。座らせてもらう」

そう言うと彼は目の前に置かれた椅子を引き、壁につけて置く。

けれど一向に座る気配がない。

彼が座るのを待って、私がその場に立ち尽くしていると、彼は困ったように口を開いた。


「ルイーズ。ソファかベッドへ戻ってくれないか」

そう言われて私はようやく、警護対象が立っていては座れないのだと気づいて「あ、ごめんなさい」と言って、ソファへと戻った。

私がソファに腰かけたのを確認すると、彼も椅子に浅く腰掛ける。

そんな様子を眺めながら、私はどうしたものかと考える。


どうも今夜のジェイクはいつもと様子が違って、こちらへ近づくことも、それどころか話しかけることさえあまりしてこない。

これはやはりの警護だからなのだろうけれど、この空気に耐えられそうにない。


困ったな…。


私は仕方なく、先日買ったばかりの本を手に取り、改めてソファにかけると、静かに本を開いた。

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