33.小さな変化

幸せな休みが終わり、また日常がやってくる。

けれど、雇い入れ済みの人たちの面談が終われば、私の仕事も終わる。

先が見えてきたこともあり、また、面談も新規雇用予定の人たちと違って雑談的に話せる場合もあり、以前と比べると随分と気分が楽になった。


「…そうですか。ではカーラさんはもう随分長くこちらにいらっしゃるんですね」

「ええ。そうですね。まだ幼い頃、ユージン様やケネス様がお屋敷に遊びにいらしていた頃からですから。もう16、7年くらいになるでしょうかね」

「ユージン隊長とケネス隊長がですか?」

「ええ。お2人共リアム様とあまりお年が変わられないので、奥様のお茶会などでいつも一緒に遊んでいらっしゃったのですよ」


思いがけずこんな昔話が聞けたりもして私の知らない、あの方たちのことが知れるのは少し楽しくもあった。

そして、こんなふうに長く仕えている人は、割とよく周りを見ていたりもするから、ぽろっと気になる話をしてくれたりもする。


「そうですか。では、カーラさん、最近になって何か変わったことや、気になることはないですか?」

「そうねぇ…。ああ。そういえば最近たまに薄暗くなってから貯蔵庫の方へ向かう子たちを見かけることがあるのよね。悪さをしていなければ良いのだけど」


彼女の言葉に、ふと先日足を踏み入れた貯蔵庫の様子を思い出す。

日の暮れない内でも薄暗く、場所も少し離れた所にあるため人目にもつきにくい。

悪だくみをするにはもってこいの場所ではある。


「それはどなたか分かりますか?」

「いえ。もう暗くなってからだし、遠目ですからね。でも、同じ子たちじゃなくて、何人か見かけたわね。男性も女性も」

思い出すように頬に手を触れながら考えつつ話してくれる。


「分かりました。ありがとうございます。では、最後にあと一つだけ質問させてください」

十分に有益な情報をもたらしてくれた彼女に礼を述べ、最後に締めくくりの質問をする。


「カーラさんは、王宮でお仕えすることを望まれますか?」

「いいえ。私はずっとモーティマー家へお仕えしたいと思っています。どうぞ候補から外しておいてくださいな」

彼女の躊躇いのない返答を聞いて、なんだか少し嬉しい気持ちになりながら「分かりました」と答え、彼女との面談は終了した。






その日の分の面談を終わらせた私は、カーラから聞いた話を思い出しながら考えを巡らせる。


貯蔵庫か…。

でも、そんなに露骨に動くものなのかな?


貯蔵庫に行ってるように見せかけて他に行ってるとか。

囮で貯蔵庫に集まって見せてるとか…。


他に怪しげな場所ってないのかな?


そんなふうに考えて、先日屋敷を案内してもらおうとして、襲われて途中になってしまっていたことを思い出す。

ジーンが淹れてくれたお茶を飲みながら、傍に控える彼へ目を向ける。


私自身またあんなふうに襲われるのも恐いという気持ちはあるけれど、それでも私がちゃんとということをアピールするためには残りも見て回っておいた方がいいだろう。


「あの…。お屋敷の案内をしていただいていたのが、途中になってしまってるんですが…。やはりもうあまりウロウロしない方がいいですよね…」

ケガはなかったものの、先日は私をかばったジーンが突き飛ばされてしまった。

また何かあったらと思うと申し訳なくて、問いかけるような言葉が口をつく。


しかし私の思いとは別に、ジーンはさして考えるふうもなく「大丈夫ですよ」と言葉を返してくれる。

そして「少し準備してまいりますので、ルイーズ様はこちらでお待ちください」と言い残して部屋を出ていき、数分もしない内に戻ってきて、私がお茶を飲み終えているのを確認すると「ではご案内します」と言って扉を開けた。






まずは屋敷の外へ出て、先日見に行った貯蔵庫の方角とは反対方向に庭園を抜けて歩く。

例のテーブルセットがある少し先には噴水があり、更に奥へと進んで行くと、木々が増えまるで木々のトンネルのように左右から道を囲む。

その先へ抜けると水面がキラキラと光る池が姿を現した。


…すごい。お屋敷の中にこんな大きな池まであるなんて。


思わず目をぱちくりと瞬いてしまう。


池の淵を回り込むと、小さな小屋が見える。

小屋とは言っても、とても綺麗な造りで、位置的に池がよく見えることもあって、たぶん休息所的な建物なのだろうと思う。


「こちらは奥様がお気に入りの場所でして、旦那様とお寛ぎになる時などに使われる休息所です」


私の考えを読んだかのように、ジーンが説明してくれる。

確かに、ゆったりと寛ぐには良い場所だと思う。


更に森のような庭を抜け、屋敷の裏へ回り込むように歩けば、今度は畑や果樹園のようなものが見えてくる。

屋敷の敷地内なので、そんなに大きくはないけれど、きちんと手入れされた畑では季節の野菜が大きく育っているし、今は実は生っていないけれど果樹もしっかりと手入れされている。

そしてそのすぐ近くには農工具を入れておくための小さな物置があった。


最後に、屋敷の裏手を回って、先日行こうとしていた裏庭と厩舎を確認する。


「これでお屋敷はすべて回り終えました」

言ってジーンが屋敷の勝手口の扉を開ける。


幾つか人が隠れて集まりそうな場所があったなと、見て回った場所を思い浮かべる。

けれど、とりあえず私の役目としては私が"見て回った"という事実を作り、使用人たちに意識させること。


探りを入れるのは私の仕事ではないから、考えても仕方ないと、私はジーンに促されるまま部屋へと戻った。


部屋へ戻ると、私は微かな違和感を感じた。


なんだろう…?


私が首を傾げて考えていると、背後からジーンに声をかけられる。

「ルイーズ様。お部屋を出られる前と、書類の置き方が変わっておりませんか?」


言われて、はっと書類へ目をやる。

確かに、きちんと揃えて机の上に伏せて置いていたはずなのに、書類の端が僅かにずれている。


報告事項があっても書類に記載することはないから、見られても問題ないと置いていたものだけれど、これは明らかに誰かが私の不在の内に侵入して、書類を盗み見たということ。


余計なことを書き込まなくて本当に良かった。

この書類に何か書いてあれば、もしかしたら何か行動を起こすつもりだったのかもしれない。


…あれ?もしかしたら──。


私は慌ててジーンを振り返ると「すみません。馬車をお願いできませんか?」と声をかけた。

そして彼の傍に寄ると、耳元で一つお願いごとをする。

彼はそれを聞くと「畏まりました。すぐにご用意いたします」と言って、エマを呼び彼女と入れ替わりに部屋を出ていった。

私もエマに案内され、すぐに部屋を出た。






馬車に乗り目的地に着くと、ジーンに手を取られ馬車を降りる。

彼は門番に声をかけ、私たちはすぐに応接間へと案内された。


「後はジェイクに送ってもらいますね。ありがとうございました」

部屋へ入り私がジーンへと振り返りお礼を言うと、彼は「畏まりました。それではわたくしは失礼いたします」と言って一礼して部屋を出ていった。


それと入れ替わるように扉がノックされ、返事を待たずに開けられる。

「お待たせいたしましたルイーズ嬢」

ユージン隊長が慌てた様子もなく部屋へと入ってきた。


屋敷でジーンが部屋を出る前にしたお願いごと。

ユージン隊長かケネス隊長にすぐに騎士宿舎の応接間へ来て欲しいと伝言を頼んだのだ。

どうも、ユージン隊長の方が先に見つかったらしい。


「呼びつけて申し訳ありません、ユージン隊長」

私は座る間も惜しみ、ユージン隊長へと声をかけた。

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