31.遭遇
ジェフに襲われそうになって以降、あれから特に問題は起きていない。
怪しげな人間は何人かいたけれど、とりあえず泳がせるらしく、私やリアム様に直接手出ししてこない限りは、一旦雇い入れるらしい。
ジェフに関しては、結局イアンとの繋がりは見つからなかったという。
ただ、彼らのような怪しい人たちの間で、私をモーティマー家から引き離せれば、オイシイ仕事に雇ってくれる人と繋がれるという話が出回っているという話だけは聞き出せたそうだ。
あの日以降、リアム様には全く会っていない。
怪しげな人間についての報告は、間にジェイクと隊長方を挟んでのやり取りになった。
私が考えたと同じように、やはり私と隊長方が直接接触するのは、有事の時以外避けた方がいいとの考えらしい。
だからこそ、私がジェフに襲われそうになった時も、ユージン隊長は途中で私たちと別れて屋敷を出て行かれた──。
ふと、ユージン隊長がジェフを蹴りつけていた姿を思い出してぷるっと身震いする。
あんなことはお仕事をされる中でごまんとあるだろうことを思えば、あの態度も当たり前なのだろうけれど、いつも人好きのする笑顔を浮かべ、優しく声をかけてくださるユージン隊長が、無表情にジェフを蹴りつける姿は流石に少し怖かった。
何だかこの短期間で、ケネス隊長とユージン隊長のイメージが入れ替わってしまった感じがする。
とりあえず新しく雇い入れる予定の人たちの面談は終わったので、今日からは既に雇い入れている人たちの面談になる。
ただし、既に私と関わっているジーン、エマ、イアンだけは面談の対象から外れている。
イアンみたいな人間が、もう既に潜入していないことだけ願いたい。
いつも通り、エマに案内され部屋へと向かう。
「おはようございます。ルイーズさん」
廊下を歩く私に、突然声がかけられる。
ここ最近聞いたことのない呼び方に、私は頭に疑問符を浮かべながら声の方を振り向いた。
通りかかった廊下の角からちょうど姿を現したのは、グレイス様だった。
「おはようございますグレイス様」
失礼のないように、きちんと向き直り深く頭を下げる。
そんな私を彼女は頭のてっぺんから爪先まで、値踏みでもするように眺めてから口を開く。
「先日は随分ご気分が優れない様子でしたけれど、もうよろしいんですの?」
普通に聞けば心配していただいているように聞こえる言葉だけれど、目には随分と敵意が篭っている。
…私彼女に何かしたかしら?
「おかげさまで、今はすっかり回復しております。お気遣いありがとうございます」
私が再度深々と頭を下げれば、頭の上から「そう。それは良かったわ」と冷たい声が降ってくる。
とても労っている声ではない。
頭を上げ、次の彼女の反応を待つが、彼女は沈黙したまま私の顔をじっと見つめ続ける。
たまりかねて、私が何か言葉を紡ごうとした瞬間、ようやく彼女が口を開いた。
「…貴方はケネス様のことをどう想っておいでですの?」
「…ケネス隊長…ですか?」
思いもかけない言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。
ケネス隊長をどう思っているかと訊かれても…。
うーん…?
自分の中のケネス隊長の印象を探して小首を傾げる。
「そうですね…。思っていたよりお優しい方…という印象ですね」
答えた私に、あからさまにイラッとした気配がグレイス様から漂ってくる。
「そんなことを訊いているのではなくて!」
「グレイスお嬢様」
廊下に大きな声が響き渡り、エマが
「はしたないぞグレイス」
聞こえてきた声に視線をやると、先頭にリアム様。その両隣を挟むようにケネス隊長とユージン隊長。
背後にイアンの姿が見えた。
私はギクリと一歩足を引き、咄嗟に腕を抱く。
私のその反応に、ユージン隊長が私、グレイス様、そしてケネス隊長へ視線を向け、最後にリアム様に向け口を開いた。
「リアム様。まだルイーズ嬢のお身体も心配ですので、部屋までお送りしてきます」
そう言って、リアム様と、そしてケネス隊長と視線を交わすと、リアム様が「ああ。頼む」と短く返事を返されるのを待って、私へと歩み寄り促すようにそっと腰に手を当てられた。
グレイス様ともお話の途中だし、本来なら逃げるように去るのは失礼だろうとは思うけれど、私は「すみません。失礼します」とお辞儀をして、ユージン隊長の提案に甘え、その場を去ることにした。
部屋の前まで送っていただいたところで、ユージン隊長に向き直り彼を見上げる。
「申し訳ありません。お気遣いいただいてありがとうございました」
お礼を言って頭を下げれば、彼はいつもの笑顔で応えてくれる。
「いいえ。お気になさらず。これも俺の仕事の内ですから」
そう言うと彼は、今度はなぜかエマに視線を向ける。
「エマ殿。少し遠回りになりますが、次からは別の通路から彼女をお部屋へ案内していただけますか」
「かしこまりました」
何故そんなことを言うのか、と疑問に思いそうなものなのに、エマは特に考える様子も理由を問うこともなく、すぐに彼に承知の返事を返した。
今更に気付いたけれど、よく考えてみれば、ジーンが傍付きになってから彼が案内してくれる時はあの通路は通っていない。
…あれ?もしかして…。
私が再度ユージン隊長を見上げると、彼は私が思い至ったことを肯定するように、にっと笑ってみせる。
「では。俺はこれで失礼します」
挨拶をして去ろうとする彼に、私は慌てて「ありがとうございました」と再度お礼を述べた。
軽く手を挙げて去っていく彼の後ろ姿を見つめ、考える。
もしかして、私とイアンの接触を減らすため、リアム様はジーンの代わりにイアンをお傍において、ジーンに私があの部屋の側を通らずに済むように指示してくださっていたのかしら。
それにユージン隊長も、私がすぐにあの場から離れられるように動いてくださった。
ああ…。ちゃんと信じて、護ってくださっているんだ…。
そう思うと、なんだか胸が温かくなって、少し前向きな気持ちが湧き上がってくる。
私は手をぐっと握り、口を引き絞り、気合を入れ部屋へと足を踏み入れた。
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「…お兄様。ケネス様。おはようございます」
ユージンがルイーズを連れて去った後、後ろ姿を睨みつけていたグレイスは、黙って自分を見つめる兄たちへ向き直り、ばつが悪そうに挨拶をする。
そんな彼女に、リアムは「ああ。おはよう」と返し、ケネスは一礼だけで返した。
その後ろからイアンが一歩進み出て「馬車を用意してまいります」とリアムに声をかけ、一礼を残し去っていった。
「…グレイス」
妹を見つめ、考えを巡らせていた様子だったリアムが、躊躇いがちに妹の名を呼ぶ。
呼ばれて「はい」と返事を返し、リアムを見上げたグレイスに、彼は何とも言えない面持ちで言葉を続けた。
「お前にはデューイという婚約者がいるんだ。いい加減自分の身を
リアムの言葉に、グレイスは彼の顔を睨み上げ、リアムの一歩後ろに控えるケネスへ視線をやる。
ケネスは黙ったまま真っ直ぐに前を見つめたままで、決してグレイスの視線を受け止めようとはしない。
それを見てグレイスは今にも泣きだしそうに顔を歪め「お兄様のバカッ!」と声をあげると、踵を返しその場を走り去った。
走り去っていく妹の後ろ姿を見つめ、リアムは小さくため息を吐いた。
「…うまくいかないな」
その後ろで、ケネスは申し訳なさそうに視線を伏せた。
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