13.会談

最高位貴族、公爵…。

王族に次ぐ貴族の爵位。

この方に、騎士を立ち合いにと望めば、駆り出されるのはきっと騎士隊長格以上の人…。

先日、出逢った時の自己紹介で、恐らく貴族出身の騎士なのだろうと思っていた2人は、期待通りこの場に来てくれた。


先日の敵意剥き出しのケネス隊長の視線は怖かったけれど、私にさえあれだけ鋭い視線を向けてくるならば、きっとイアンのこともきちんと精察してくれるはず。


私は太ももに乗せた手を重ね握りしめながら、リアム様にしっかりと視線を合わせ話し始めた。


「リアム様。私は先日、余程上手く隠されていない限りは、その者が害成す者か見極められると答えました。これは信用していただけていますか?」


リアム様が、隊長方にどこまで話しているのか分からないけれど、イアンのことを話すのであれば、リアム様を危険から守っていただくためにも、ケネス隊長にも伝わるように話す必要があると考え、私はリアム様に敢えて確認する。

その私の問いに、リアム様は即座に答えてくださった。


「信用している。だから、貴方の力を借りたいと望んでもいます」

信用しているというその言葉に、私は感謝の意を示し、軽く頭を下げ言葉を続けた。

「ありがとうございます。では、これから私が申し上げることに、早急に対処してください。リアム様、もしくはリアム様の周りにいらっしゃる方の命に係わる問題です」


そこで溜めるように一呼吸おいてから、私はリアム様にはっきりと告げる。

「侍従のイアンについて、早急に調べ直し、何かしらの対処をしてください。彼は危険です」


私の言葉に、リアム様が驚いたように目を見開き、けれど、理解できないというように、呟くように言葉を漏らした。


「イアンが…?危険とはどういうことだ?」


驚いた様子のリアム様とは対照的に、事情を知っているセレスは勿論、ケネス隊長も、私たちのやり取りを黙って見つめている。


「彼は、リアム様に近づくことで、何かを狙っているはずです。…恐らく、誰かの命を…」

「誰かの…命?」

「これ以上のことは私には分かりません。私は彼のことを何も知りませんから。けれど、これだけはお願いします。イアンをリアム様のお傍近くに控えさせるのはお辞めください」


読心術なんて能力がある訳ではない私には、実際のところイアンが何を狙って、何を考えているかなんて、確実なことは何一つ判らない。

けれど、成り行き上一度でも関わり、誰かに危険が及ぶ可能性を知ってしまった以上黙っておくことはしたくなかった。

特に、今回は商品を高値で買わされるなんて可愛いものじゃない。命に係わる可能性があるのだから。


「新しく雇い入れる者のことより、既に傍近くに仕えている者が本当に信頼に足る者なのか今一度ご確認ください」


難しいことだとは思う。

けれど、内部に危険因子があれば、容易に仲間を引き入れられてしまう可能性もある。

基礎を疎かにしては、その上に何を造り上げても簡単に瓦解してしまいかねない。


「………」

「私のお伝えしたかったことは以上です」

ショックを受けているのか、最もなことを言われて言葉が出ないのか、黙ってしまわれたリアム様に、私は話の終わりを告げる。


黙ったまま顔の前で手を組み、考え込むようにしていたリアム様は、何か考え至ったように躊躇いながら顔を上げ、私へと問いかけてきた。


「…もしや、先日馬車を断られたのはイアンのせいだったのですか?」

イアンの話をした以上、もはや隠すことに何の意味もない。

「はい…。あの時は私も傍に信頼できる人間がおりませんでしたので…」

私がそう答えると、リアム様は「…そうか」とだけ返し、また顔を俯けてしまった。


話を終えた私は、最後に先日の依頼に対する答えを再度伝える。

「………私は、この力が私自身に危険を及ぼす力になるのではと危惧しています。ですから、できればこれ限り、今後このような検分するような真似はお断りしたいと考えています。どうかご理解をお願いします」


どうか理解して欲しい──。

私はただ平穏に暮らしていたい。

他の人たちがおくっていたような平穏で平凡な人生。そんな人生が私の望みなのだから。


けれど、リアム様から返されたのは了承の言葉ではなかった。

「それは……」

何か思うところがあるように呟かれたその言葉は続けられることはなかった。

私は敢えてその先を訊ねることもせず、ゆっくりと席を立った。


「お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

そう言って、私はリアム様から背後に控えるケネス隊長へ視線を移す。

「この先はどうか、信頼できる方と共に早急な対処をお願いします」

誰を指しての言葉かは伝わっていると信じたい。


「それでは失礼致します」

私は小さく一礼すると、セレスを振り返り、退室する意を伝えた。

リアム様の横を過ぎ、ケネス隊長の横に差し掛かれば、表情には出さないよう気をつけているのだろうけれど、私を訝しんでいるのが手に取るように判る。


私は足を止め、ケネス隊長に向き直り口を開いた。


「私のことは信用していただかなくて結構です。ですが、リアム様のためどうぞお力添えをお願いします。についてはジェイク・クロフォードに確認していただいて結構です。「全てを話しても構わない」と私が言っていたとお伝えいただければ結構ですので」


ケネス隊長の視線に、声が震えてしまわないよう気を張りながらそれだけ言うと、ケネス隊長の反応は待たず「失礼致します」と一礼して扉へと向かった。


扉の向こうに控えていたユージン隊長が、部屋から出てきた私たちを見て一礼してくれる。

それに対して「お忙しいところ、お時間をいただいて感謝致します」そう言って頭を下げると、ユージン隊長は人好きのする笑顔を浮かべ「いえ」と返してくれた。


この間も思ったけれど、これだけ対照的な2人が連れ立っていると、どうしてもユージン隊長に好印象、ケネス隊長に悪印象を抱いてしまう…。

まあ、たぶんケネス隊長も悪い人ではないと思うのだけれど…。


私たちは更に馬車の傍で待っていたジーンに挨拶をして、騎士宿舎を後にした。



暫く歩いてようやく私は隣を歩くセレスに顔を向け口を開いた。

「セレス。今日は本当にありがとう」

私の言葉に、セレスは片手を挙げ「いや、私は大したことはしてない」と言い「それより」と言葉を続ける。

「貴族様が直接出てきてくれたお陰で話が早くて良かったな」

彼女の言葉に私は大きく頷いた。


本当にセレスの言うとおりだ。

カフェに来たのがジーンだけであれば、今日ここまですんなりと話が進むことはなかっただろう。

騎士宿舎で話ができたのも本当に有難かった。


「ところで、ルイーズは先程の騎士隊長2人は知り合いか?」

頷いた以外の私の反応を待つことなく、セレスはやはり自分の思ったことが優先されるようだ。

帰り際の私の態度でも気になったのかもしれない。


「ジェイクが騎士宿舎の場所を教えてくれた時に、偶然出会ったの」

私は何も話してないけど。と続けて説明すれば「ふーん」と相槌を打ち問いを続ける。

「それで、あの2人は信じて動いてくれそうなのか?」

たぶん、退室する際のケネス隊長とのやり取りを心配しているのだろう。


「…大丈夫なんじゃないかな。ケネス隊長は"転写者"を嫌っている感じがあるけど、"転写者"に限らず、周りに凄く注意を払ってる感じがあるし、ユージン隊長の方はとっつき易い感じはあるけど、たぶんあの人、ケネス隊長よりも周りに気を張ってる気がするから──。とりあえずイアンに会ってもらえれば判るんじゃないかな」

あとはジェイクの人柄に任せるくらいしかないかな。と私は続ける。

ケネス隊長が私を信用できなくても、ジェイクを信用してくれればそれで問題ない。

「もうこれ以上私には何もできないから…」

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