12.約束の日

話も纏まった所で、あとは大人しく過ごすことにして、纏まった話を手紙に書いてセレスに騎士宿舎に届けてもらった。

ジェイクもとても心配してくれていたし、これ以上迷惑をかけないためにも、呼び出しではなく手紙をことづける形で知らせておこうと考えたからだ。






公爵邸に連れて行かれてから2日後─。

約束の日に、約束通り私は国立図書館近くのカフェに来ていた。セレスと一緒に。


開店と同時に店に入り、一番人目に付きにくく、離れた席に腰掛ける。

流石に開店直後では、人はまばらだった。


私たちが席に着いて、何分もしない内に、約束通りジーンが現れた。

…リアム様に付き従って──。


思わず、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。

「…どうしてリアム様まで─」

呟いた言葉が聞こえたのか、または想定通りの反応だったからか、リアム様はジーンが引いた椅子に腰掛けながら私に声をかける。


「先日、どうも逃げ帰られてしまったようなのでね。また返事を聞けぬまま逃げられては困るので、私自ら出てくることにしたのです。」

言いながら、リアム様は私に腰掛けるよう手で指し示す。

注文を聞きに来たウェイトレスにそれぞれ注文を済ませ、改めて挨拶を交わす。

そこまでセレスは全く動じることなく、リアム様とジーンを観察していた。


「…先日は申し訳ありませんでした。どうしても、行き先を知られず立ち寄りたい場所がありましたので…」

信じてもらえるかどうかはともかく、適当な理由をつけて謝罪の言葉を述べる。

それに対しリアム様は怒る様子もなく、軽く手を挙げ制した。


「いや、こちらも辞退されたのにもかかわらず、無理を通し過ぎました。今日、こうして約束通り来ていただけたので謝罪は結構です」

そう言うと「それより」といった風に視線を私からセレスへと移す。

その視線を受け、私が口を開くより先にセレスが名乗る。

「セレス・チェスタートンだ」

「私の友人で、信頼のおける人物です。同席の許可をお願いします」

本当に名乗るだけのセレスに、私が説明を加え、許可を求める。

私の説明に、リアム様が頷き「分かりました」と返事を返してくれるのと、注文した品が運ばれてくるのは同時だった。


注文した品も運ばれて、人に聞かれる心配もなくなったところで、いよいよリアム様が「それで、返事は?」と視線を向けてくる。

私は、その視線を受けてコクリと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。


「正直なところ、今回のお話はお断りしたいと言うのが、私の率直な気持ちです」

私の言葉に、リアム様の片方の眉が微かに上がる。

しかし、怯むことなく私は言葉を続けた。

「ですが、それとは別にリアム様にお伝えしたいことがあります。確実に、人に聞かれる心配のない場所で、信頼できる者のみで」


私の言葉の意味を測ろうと、リアム様は黙って私の表情を窺う。

私は視線を逸らすことなく、昨日セレスと相談したように、リアム様に提案した。


「私側は、私とセレス。リアム様には侍従等は付けず、リアム様の信頼のおける騎士の方にどなたか同席いただいて、お人払いをしていただいた上での会談を希望致します。これはリアム様からの依頼に則した内容に当たるものです」


何がとはっきりとは告げず、けれど意図は伝わるように言葉を選らび伝えると、リアム様は顎に手を添え少し考えるように視線を俯けさせる。

しかし、数秒後には視線を上げると、真っ直ぐに私を見つめはっきりと言葉を紡ぐ。


「分かりました。確実に信用できる者が何名か騎士団にいるので、彼らに打診してみましょう。申し訳ありませんが、これ以上あまり時間をかけたくはありません。この後、騎士団演習場まで直接行こうと思うのですが、付き合っていただけますか」


条件を呑んでもらえたことに安堵しながら、私は一つ大きく頷き「分かりました」と答えた。

それを確認すると、リアム様は名前だけを呼びジーンにこの後のことを指示する。

ジーンは、即座に主の意図を判断し、会計へと向かった。

それを横目にリアム様は「では、早速で申し訳ありませんがお願いします」と席を立った。

セレスはちゃっかり紅茶を飲み干し、ケーキまで食べ尽くしていたが、私は一口口をつけただけの紅茶を残し、リアム様の後に続いた。

支払いを済ませたジーンが、馬車の扉を開け、エスコートしてくれ、私たちは馬車に乗り込み、騎士宿舎へと向かった。






先日騎士宿舎を回り込み小道を走った時に、随分と広大な土地だとは思ったけれど、どうやら宿舎だけでなく、小道を挟み演習場や訓練施設も併設されているらしい。

大通りに面しているのは、宿舎の門になるので、馬車を宿舎の門前に停め、私たちは馬車から降り、ジーンが門番に声をかけ、中へ案内されることになった。


リアム様が仰るには、リアム様はジーンを伴い演習場へ直接打診に向かわれるそうで、その間私たちは宿舎の応接間で待機して欲しいとのこと。

話が纏まれば、応接間でそのまま、もしくは日を改めてモーティマー邸で騎士を伴い会談をすることになるだろうとのことだった。


私とセレスは案内されるまま、応接間に入り、ソファに腰を降ろした。

部屋の前には案内してくれた騎士が一人控えている。

ここで話ができるなら、話も早いし、何よりどこよりも安全なのではないかと感じる。

せっかくここまで来たら、ジェイクにも加わって欲しいところだけれど、そうもいかないだろう。

彼も今頃は演習場で頑張っているのだろうか…。


セレスは、気を張っているのか、カフェに着いてから以降、殆ど黙ったままだ。

傍にいてくれるだけで安心感はあるが、リアム様たちが来るまでの間、沈黙に緊張は増すばかりだった。



――どれくらい待っただろう。

ようやくノックの音が聞こえ、私は慌ててソファから立ち上がった。

扉の前に控えていた騎士がゆっくりと扉を開き、その向こうからリアム様、ジーン、そして騎士が2人姿を現した。


リアム様たちに続いて部屋へ入ってきた騎士を見て、セレスが私にだけ聞こえる声で「大丈夫そうか?」と訊ねる。

それに対し私は小さく頷き返した。


――期待通りの人物だ。


リアム様は真っ直ぐと私の前まで歩み寄ると「了承してもらえた。今、ここでお願いしたい」と告げ、私に腰掛けるように示し、リアム様も私の正面に腰掛けられた。

その様子を確認し、ジーンが一礼すると扉へと向かう。

そして、2人の騎士はリアム様の背後に立ち一礼すると、順に口を開いた。


「3番隊隊長、ケネス・ウェスリー・マイクロフトです。会談の立ち合いをさせていただきます」

「1番隊隊長、ユージン・ザーカリー・ベックフォードです。人払いの為、扉前に控えさせていただきます」


そう言いうと、ユージン隊長は踵を返し、言葉通り扉を閉め部屋を出て行った。

人払いをしても、この部屋に人が近づくことがないよう、見張ってくれるらしい。

隊長方も私も面識があることには触れず、言葉を交わすこともなかった。

恐らく仕事という認識だからだろう、ケネス隊長からは先日のような、刺すような視線も感じられない。

リアム様たちが入ってきたと同時に、セレスもケネス隊長と同じように、私の背後に立ち控えてくれている。


扉が閉まるのを確認したリアム様は「では、話を伺わせていただこう」と告げ、静かに聴く体制へと入った――。

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