11.作戦会議

呆然とソファに腰を落としたジェイクの横顔が徐々に赤く染まっていく。

私も目の前での突然の告白に、つられて頬が熱をもち始めるのを感じる。

ただ一人、爆弾を投下したセレスは何事もないように、平然とまた突然話を変えてくる。


「それはそうと、私はこちらの家を処分して旅に出てしまったのだが、ルイーズは近くに家があるのか?」


彼女は自分の中で疑問に感じた事や、確かめたいと思ったことはすぐに口にしないと気が済まない性分なのかもしれない。

本当に周りの反応などお構いなしだ。

戸惑いながらも、セレスの問いに答えなくては…と、気を取り直すように、頬に添えていた手で軽く頬を叩くと小さく咳払いをして彼女の問いに答えた。


「ええ。通り二つ程向こうに小さいですが家を所有しています。よろしければ、セレスも落ち着き先が決まるまで一緒に住まれますか?」

戸惑いながらも答えたせいで、いやに丁寧な言葉遣いになるが、セレスは気にした風もなく「それは助かる!是非よろしく頼む」と即答してきた。

「分かりました。今日はクロフォード家に泊めていただく予定でしたし、明日にでも寝具や必要な物を買い出しに行きましょう。それに…」


懸命に頭を働かせようとしたおかげか、ようやく一番考えなければならない内容を思い出す。

「今後のことで相談にも乗って下さい―」






完全に石化してしまったジェイクをセレスがバシバシと叩き、話は終わったとばかりに、セレスに追い立てられて客間を出た。

1人増えてしまった宿泊客に、寝床をどうするかとお母様がジェイクに相談しているが、まだ完全に回復していないらしいジェイクは反応が薄い。

何となく察したのか、お母様もジェイクをバシバシと叩きながら、私とセレスにお風呂を勧めてくれた。


私たちがお風呂からあがる頃には話が纏まったようで、コリンとトリシャがジェイクの部屋で一緒に寝て、2人の部屋で私とセレスが寝ることになった。






翌朝、ジェイクは宿舎に戻るために少し早めに家を出た。

私とセレスは朝食をご馳走になってから、一旦私の家へ戻り、荷物を置くと、2人で買い出しに出ることにした。


とりあえず、床に布団…という訳にもいかないので、ベッドを購入し、家へ運んでもらう手配をする。

それからその他の寝具や、1人増えた分の食料品の追加…その他諸々の買い出しを終え、昼食になりそうなものを購入して、私たちは家へと戻った。


昨日は遅い時間になってしまったし、お互いに疲れていたため、客間で話した以上の話はできていない。


私たちは向かい合って座り、昼食をとりながら、ようやく考えるべき問題に向き合うことにした。


「で、ルイーズ。訊きたかったのだが、昨日言っていた、イアンという者は、何が怖かったのだ?」

相変わらずな直球な問に、私はイアンの姿を思い出し、ブルッと身震いをしてしまう。

「…何が…と言われても、私にも"これ"という確かな感覚はないのだけど…」

どう表現したら良いのか考え込みながら、必死で言葉を探す。


「何だろう…気配を消すというか…何て言ったらいいのかな…えーっと…暗殺者?的な感じ?そんな人会ったこともないけど…」

「…ふむ…。大人しい、普通の人間を装っているが、とてつもない力を隠している…とか、そんなところか?」

「あ、うん。そう…何ていうか、普通に接してた隣人が猟奇殺人犯だった…みたいな」

「ああ、そちらの方が当てはまる感じか…なるほど」

セレスと2人で色々言い合っている内に、何となく当てはまりそうな表現が出てくる。

そう…普通のお隣さん、優しいお兄さんとかが、実は猟奇的な連続殺人犯で、知らずに助けを求めたら、逆に殺されるとか、そんなホラー映画みたいな…。

とにかく迂闊に近寄っちゃいけない感じがする。


私の説明に何となく分かったという感じのセレスは、サンドイッチを頬張り、紅茶を飲むと、私が食べているマフィンを眺めながら、話を続ける。

「で。どうするつもりなんだ?公爵様からの頼み事は」

セレスの問に、私は袋から新しいマフィンを取り出し、セレスに手渡しながら答える。

「できるなら断りたいのだけど、でも、とりあえず、あのイアンのことだけは伝えた方がいいんじゃないかな…て」


昨日は呆気にとられたり、衝撃告白があったり、色々あったけれど、今日は朝から一緒に買い物をしながら、色々話をして、セレスともだいぶ打ち解けて話せるようになっていた。

本当はジェイクにも相談に乗って欲しかったけれど…。

昨日も初日で仕事らしい仕事ではなかったらしいけど、かなり無理して抜けてきてくれたみたいだし、これ以上、本当にこれ以上迷惑はかけられない。

セレスに護衛を頼んでくれただけでも本当に有り難い。


「そうだな…。とりあえず、明日にはもう1人の方の侍従が来るのだろう?そっちは信用できるのか?」

もう1人の方というのは、ジーンのことだろう。

「うん。ジーンさんは大丈夫。あの人は本当に心からリアム様に忠誠を誓ってる感じだから。ただ、イアンとの関係がどうかは分からないから、迂闊なことは言えないけど」

「だとすれば、やはりリアム様とやらに直接会うしかないだろうな。イアンがいない所で」

セレスの言う通りだ。

何とかして、イアンがいない状態でリアム様に直接お会いして伝えるしかない。


でも、どうやって…


こちら側の希望としては、絶対条件として、イアンがいない状況。

そしてリアム様に直接伝えられる状況。

可能ならば、相手はリアム様一人が望ましい。

けれど、こちらはセレスに傍にいて欲しい…。

どう考えても、最高位貴族であるリアム様の安全を優先して考えれば、2対1の成り立たない図式だ。

だとすれば、最低でもリアム様の安全を確実に守れる人間を1人、あちら側に付けていただいて、2対2での対面。

…力が有り、信頼できる立場の人…


そこまで考えて、私の頭の中にある人物の姿が浮かぶ。


「セレス。リアム様に、どなたか信頼のおける騎士を連れて、私とセレス、そしてリアム様と騎士の方の4人で、人払いをしてもらって会いたいと提案してみるのはどうかしら?」

リアム様が提案を受けて下さったとして、信頼できる騎士が来てくれるとは限らないけれど、最高位の貴族であるリアム様ならきっと――。

私の意見にセレスも「良いな!」と同意してくれる。

「得体の知れない者より、身分のはっきりした者の方が迂闊な行動もとりにくい。あちらも実力のある騎士が傍にいれば安心できるだろうしな」

そう言うとセレスは私が渡したマフィンを頬張り「お。美味いな」と言い、残っていた紅茶を飲み干し、ティーポットへと手を伸ばした。


やはり、1人で考えるより、誰かと語りながら考えられる方が、考えが纏まってくれる。


私は空になったティーポットを手に取り、セレスに「紅茶淹れてくるわね」と言って、台所へと向かった。


セレスに出逢えて良かった――。

心からそう思いながら。

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