8.追いかける影

初めて通る小道を私は必死に駆けていた。

どこに繋がっているのかも分からない。けれどとりあえず、方角だけを確かめながら、分かれ道の増える所まではと走り続けている。

騎士の宿舎の横から裏手に回り、宿舎の建物を通り過ぎてから、分かれ道を探す。

何度か道を折れて進み、体力の限界を感じて少し足を緩めた。

大通りから見えない陰に入り、空を見上げる。

もう随分と陽が傾いてきたようだ。


大きく息を吐いて、再び歩き出そうとして、足の痛みに気が付いた。

踵の高い靴ではないが、走るには適していない靴で、靴擦れができてしまったようだ。

歩く度にズキンと痛みがはしる。

けれど、悠長にはしていられない。

痛みを我慢しながら、家のあるだろう方角へ歩き続ける。


時折すれ違う人もあるが、陽が落ちない内は大通りの方が人通りが多い。

ひっそりとした中を歩き続けていると、後ろから駆けてくるような足音が聞こえた気がした。

ドキッとして振り返るが、それらしき人影は見えない。

気のせいだったかと思いながらも、少し物陰を選びならが先を急ぐ。

そして、ある程度進んだ所で、大通りの方へ目をやれば、どうも一度大通りを横断しないと帰れない所まで来たようだった。


イアンが探しに来ていないか不安に感じながら、それでもこの道を渡らないと帰れないと、辺りを伺いながら大通りへ近づいていく。


そして、大通りへ顔を覗かせようとしたその瞬間──。


「見つけた!」

背後から肩を掴まれた。


ビクッと肩を跳ね上げ、肩を掴む手から少しでも離れようと体を捻り、後退りながら、恐る恐る背後へと振り返る。

その瞬間、ギュッと勢いよく抱きしめられた。


抱きしめられ、塞がれた視界の中で捉えられる僅かな情報で、自分を抱きしめている相手が誰であるか理解し、その名を呼びながら、私は顔を上げた。

「…ジェイク…?」


「…良かった。見つかって」

逞しい腕で私を抱きしめたまま見下ろす彼は、息を整えながら呟くように声を漏らした。


そんな彼を見上げながら、私の頭の中では色々な考えが一気にグルグルと回りだす。

疑問や、不安や、不満や、申し訳なさ…

いろんな感情が綯い交ぜないまぜになって、言葉が出てこない。


そんな私に対して、ジェイクはただ優しく「帰るぞ」とだけ呟いた。


抱きしめていた腕を放し、手を握る。

そのままゆっくりと歩き出したジェイクに、私は手を引かれるまま歩き出した。

足を痛めていることがバレないように気をつけながら、ジェイクの後を追い、大通りを渡る。


イアンが探していないか、辺りを見回してみたけれど、それらしき馬車も姿も見当たらなかった。

大通りを渡り切って、数歩歩いた所で、ジェイクが足を止め振り返る。

どうしたのかと思って、問いかけようとするが、ジェイクの視線は真っ直ぐに私の痛めた足へ向けられていた。

「足、どうした?」

「え…別にどうもしないけど…」

問いかけられた言葉に、誤魔化そうと言葉を返すが、全く誤魔化されてくれる様子はない。

ジェイクは突然しゃがみ込むと、靴擦れしている足から靴を脱がせてしまう。

突然のことによろけて、しゃがみ込んだジェイクの肩に手をついてしまった。

そんな私にお構いなしに、状態を確認したジェイクは、私の足元に靴を戻すとすっくと立ち上がり「ちょっと待ってろ。手当するものを買ってくる。絶対動くなよ!」と、短く指示だけを残し大通りに戻って行ってしまった。

いつもならこんなぶっきらぼうな言い方はしないのに。


暫くして戻ってきたジェイクは、手早く靴擦れの手当てをしてくれる。

けれど、その間もいつものジェイクからは考えられない程口数が少なく、終わった後も「歩けるか?」と訊くだけで、また私の手を握ってゆっくりと歩き始めた。


…怒ってる…?


よく分からないけれど、私の手を握るジェイクの大きな手は温かく、前を歩く大きな背中が何とも言えない安堵感を与えてくれて、私はただ黙ってジェイクの後を歩き続けた。




家に着いた頃には、すっかり陽も落ち辺りは暗くなっていた。

家に入る私に遠慮なくついて入ってくると、ジェイクは玄関先で足を止め、声をかけてきた。

「ルイーズ、着替えを用意してこい。今夜はうちに来い」

「はっ!?えっ!?」

ジェイクの突然の言葉に、思いっきり振り返った私は目を丸くして、言葉にならない声をあげた。

「な、何言ってるの!?意味が分からない…」

焦りまくる私をよそに、ジェイクは落ち着き払った様子で私を見つめている。


「何があったか知らないが、今のお前を一人にはしておけない。俺のうちなら、両親や弟妹もいる。俺も今夜は外泊の許可を取ってきたから、とりあえず今夜はうちに来い」

話も聞いてやるから。そう付け足して、ジェイクはさっさと荷物を用意しろと、手を払って示す。


家に着くまでの間、黙ってジェイクに手を引かれながら、グルグルといろんなことを考えていた。

ジェイクが来てくれてから、恐怖心は消えてくれたけれど、何一つ解決はしていない。

下手すると2日後にはまたイアンに会う羽目になるかもしれない。

そう思うと、今はジェイクの言葉に甘えて、彼に話を聞いてもらいながら解決策を考える方がいいのかもしれない。

そう考えて、私は「分かった」と短く返事を返し、手早く着替えをまとめて、ジェイクと共に再び家を出た。



ジェイクの家は、私の家から通り二つ程超えた先にあった。

庶民層の家にしては割と大きく、手入れも行き届いた立派な家だった。

「ただいま」「お邪魔します…」

ジェイクと一緒に玄関扉をくぐり、挨拶をすると、奥から「あら?」「兄ちゃん?」「ジェイクお兄ちゃん?」というような声が聞こえ、それと同時にバタバタと足音が響いてきた。

すぐに姿を現したのは、小柄でふんわりとした雰囲気の女性と、10歳くらいの男の子と女の子だった。


「あら、ジェイクお帰りなさい。まだ1日経ってないのに早いわね」

「兄ちゃんお帰り~!」「ジェイクお兄ちゃんお帰りなさ~い!」

随分と賑やかなお迎えの後、3人一斉に私の方へ振り向く。

「で、こちらのお嬢さんは?」

「お姉さん、ジェイクお兄ちゃんの彼女?」

「兄ちゃん彼女連れてきたのか!?」

なかなかに賑やかい。

前の人生でも、まともに家族と過ごした記憶もあまりない上、彼氏彼女なんて関係にも縁のなかった私にはなかなか新鮮な反応だ。

隣で「なっ…違っ!」「前に言っただろ!ルイーズだよ!」等と若干慌て気味のジェイクと、彼の家族たちのやり取りを眺め思わず目を細めてしまう。

照れたように顔を赤くしているジェイク、嬉しそうなお母様、楽しそうな弟妹たち。

…すごく羨ましい光景だ…。


そんな風にぼんやり皆のやり取りを眺めていると、ようやく話しが落ち着いたようで、お母様が私の前までやってきて、手を差し出してきた。

「貴方がルイーズさんね。ジェイクからずっと話に聞いていて、会えるのを楽しみにしていたわ!遠慮せずにゆっくりしていってね」

優しい笑みを浮かべて語る彼女に私もおずおずと手を差し出すと、両手でしっかりと手を握られた。

その彼女の両脇から小さな体が割り込んでくる。

「俺、コリン」「私、トリシャ」

それぞれの名前を告げ、お母様の手から私の手を奪うようにして取り、2人で私の手を握り「よろしく!」と声をそろえて満面の笑顔を見せてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る