7-2.守りたいもの ※ジェイク視点
ジェイク視点のお話です
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今日から俺は騎士として勤めることになる。
ずっと憧れていた職業で、試験を受けて受かった時には本当に嬉しかった。
残りの学校生活が退屈に感じてしまう程、早く騎士として勤めたいと思っていた。
──なのに。
気がかりなものができてしまった。
たった3ヶ月の間に。払っても、払っても消えない、気がかりな存在が…。
「ジェイク・クロフォード」
名前を呼ばれ「はい」と即座に返事を返し、名前を呼んだ人の前に行く。
綺麗に折りたたまれたそれを受け取り、次に指示された場所へ向かう。
騎士の宿舎に着き、自分の部屋へ荷物を置き、今は支給品を順番に受け取りに来ていた。
渡されたのは騎士団の隊服だ。
黒色の上下に青色のマント。それにブーツ。
外での任務以外ではマントはしないらしいが、とりあえず隊服に着替え、その後は各施設の説明、備品等の説明など各種説明を受け、まずは自分たちが使う施設、備品等の手入れが今日の仕事だと聞いている。
俺は指示された通り、着替えを済ませ、配属された隊の持ち場へ向かう。
持ち場には隊長、副隊長が並んで、隊士が揃うのを待っている。
副隊長が人数を確認し隊長に声をかけ、隊士たちに「注目!」と掛け声をかける。
その声に、隊士たちは一斉に姿勢を正し、視線を隊長へと向ける。
「1番隊隊長のユージン・ザーカリー・ベックフォードだ。まずは自分たちが使う施設や備品の配置や役割などを覚えてもらうために、今日は一日手入れに当たってもらうが、気も手も抜くなよ。これからのお前たちの命を守るための鍛錬の場になるんだからな」
ユージン・ザーカリー・ベックフォード。
ベックフォード伯爵家の嫡男で、マイクロフト伯爵家次男である3番隊のケネス隊長とは幼馴染らしい。
19歳という若さで、ケネス隊長と同時期に隊長に昇進した、武勇に優れた人だ。
ケネス隊長とは対照的な印象の人だが、部下からの信頼も厚く、1番隊に配属されることを羨まれるくらいに人気のある人らしい。
隊士たちはユージン隊長の言葉に「はい!」と威勢の良い返事を返し、副隊長からの指示に従って、作業に取り掛かった。
大通りに面しているのは騎士宿舎になっているが、宿舎の裏手に回れば小道を挟んで演習場や訓練施設も併設されていて、かなり広大なものになっている。
昼を挟んで、場所を変え順に手入れしているが、これは1日では終わりそうもない。
普段から手入れは行き届いているから、一ヶ所一ヶ所にはそんなに時間は掛からないが、とにかく広い。
隊ごとにかたまって作業しているが、これも仕事の内であり、無駄口をたたく者は1人もいない。
俺も作業に集中していたが、ふと誰かの駆けてくる足音が聞こえ、顔を上げる。
今日の門番の当番だった騎士が1人、ユージン隊長に何か話しかけている姿が目に入った。
話はすぐ終わったようで、門番の騎士はすぐまた引き返して行った。
話が終わった瞬間、ユージン隊長が大きな声で呼びかける。
「ジェイク・クロフォード!」
呼ばれて俺は慌てて返事を返し、ユージン隊長に駆け寄った。
「ルイーズ嬢が門前で待っているらしい」
ユージン隊長の言葉に心臓が跳ねる。
昨日、何かあった時のためにと宿舎の場所を教えはしたが、ルイーズの昨日の様子なら、ここへ訪ねてくるつもりなど微塵もないように感じられた。
それなのに昨日の今日でルイーズが訪ねてくるということは、余程の事があったんじゃないか?
俺は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「30分休憩をやる。行ってやれ」
ユージン隊長は俺の様子を窺うと、肩を叩いて送り出してくれる。
俺は「ありがとうございます!」と勢い良く頭を下げ、宿舎の門へと急いだ。
全速力で走りながら、頭の中を色々な考えがぐるぐると巡る。
ルイーズに何かあったとして、俺はもう常にあいつの傍にいてやることはできない。
だけど、できることならあいつの助けになってやりたい。
考えても答えはでない。
けれど、とにかくルイーズの元へと息が切れるのも構わず走り続け、ようやく宿舎の門まで辿り着いた。
俺は走ってきた勢いのまま、ルイーズの肩を勢い良く掴んだ。
「どうしたルイーズ!?何かあったのか!?」
俺の勢いに気圧されながら、ルイーズが申し訳なさそうに返してくる。
「…あ…ごめんなさい。まだお仕事の時間よね?」
たぶん、今更にその事実に気付いて申し訳なく感じているのだろう。
「休憩をもらってきた。30分くらいなら平気だ。それよりどうした?顔色が悪いぞ」
俺は、あらかじめ休憩をくれたユージン隊長に感謝する。
あの人が人気がある所以は、きっと、こういう気遣いができるところにもあるんだろうな。
申し訳なさそうに俯いてしまったルイーズの顔を覗き込みながら声をかけると、俯いたままルイーズがカタカタと小刻みに震えだす。
腕を交差させて身体を抱きしめているが、明らかに自分では抑えられないように震えているのが見てとれる。
何がルイーズをこんな風にさせているのか…。
俺はふと気付いてルイーズの後方へ目をやると、明らかに貴族のものと分かる馬車が停まっている。
その傍らには侍従らしき人物も見える。
あの家紋は…モーティマー公爵家の…。
何があったのか分からないが、この場を離れた方がいい気がして、俺は掴んでいたルイーズの肩から手を放すと、肩を抱くようにそっと手をかけ「少し歩こう」と静かに声をかけた。
宿舎からほんの少し先には小川があり、そこに架けられた橋を渡れば貴族屋敷の立ち並ぶ地区へと入る。
その小川の側の小道まで行けば道沿いに木立があり、少し入れば馬車から死角になる。
「ここなら、他からあまり見えないだろう。大丈夫かルイーズ?何があったんだ?」
木陰に入り、ルイーズの肩を抱いていた手をそっと放すと、今度はルイーズの方から俺の胸に飛び込んできた。
「…ジェイク!…ジェイクっ!ジェイクっ!」
隊服を掴み、ただ繰り返し俺の名前を呼び続ける。
只々俺の名を呼び、胸に縋りつき、涙まで流し始めたルイーズの背にそっと手を添え、俺はルイーズを抱きしめた。
ルイーズが落ち着くのを待って、ただ黙って抱きしめた背を擦る。
どれくらいそうしていただろう。
随分と震えも治まったルイーズが、そっと俺の胸を押し、少し距離を取ると、手の甲で涙を拭って顔を上げた。
「…ごめんなさい。もう大丈夫。忙しい時間に押しかけてきてしまって本当にごめんなさい。…おかげで少し落ち着いたわ。ありがとうジェイク」
落ち着いた、もう大丈夫と言うけれど、明らかに強がっているのが分かる。
ルイーズは更に俺から距離を取ろうとするが、俺はそれより先にもう一度ルイーズを強く抱きしめた。
「どこが大丈夫なんだ。酷い顔色をしてるぞ」
抱きしめた片方の手で、ルイーズの髪を撫でながら、俺はどうするべきか考えていた。
こんな状態のルイーズをまた1人にさせる訳にはいかない。
けれど、俺はまだ勤務時間中だ。
事情を話して抜けさせてもらうことが可能なのか…?
勤務初日でそんなことを言って、最悪入隊を取り消されることにならないか?
……だが──。
俺は一度空を仰ぐように顔を上げると、俯き、ルイーズの顔を窺うようにして声をかけた。
「少し、門前で待っていられるか?許可を貰って、家まで送ってやるよ」
ルイーズの瞳が小さく揺れる。
けれど、ルイーズは頷くことなく、小さくフルフルと首を横に振った。
そしてもう一度俺の胸を押し、距離をとりながら「大丈夫」と口にする。
ルイーズの考えそうなことぐらい分かる。
距離を取ろうとしたせいで肩から両腕にずれた手を、それでも放さずにいると、ルイーズは先程より力を込めて俺の胸を押し、顔を上げるとハッキリと告げる。
「ここで少しだけ休んだら、馬車で送ってもらうから。ジェイクはもう戻って」
その言葉にも俺が納得がいかない様子を見せれば、もう随分と見なかった
「心配してくれてありがとう。こんなすぐに貴方に頼ることになると思ってなかったけれど、この世界で最初に、優しい貴方に出逢えて良かったわ。ありがとうジェイク」
…ああ。ダメだ。
きっと馬車に乗りたくないんだ。
何があるのか分からないが、馬車が通れない小道を通って逃げ帰ればいいとでも考えてるんだろう。
…俺にこれ以上迷惑をかけたくないから。
俺はこいつの力になってやれないのか?
騎士になって、王族を、国を、民を守るために働くのに、今一番守りたい人間を守ってやれないのか…?
…今、話をつけて送っていくからと、もう一度、門前で待っていろと言っても聞かないんだろうな。
またそうやって、誰にも頼らず、誰も信用せず、誰も傍に置かず生きていくつもりなのか?
そんなことは俺が許さない──。
「分かった。俺は戻るから、ルイーズも気をつけて帰るんだぞ」
俺はそう言って、ルイーズの頭をポンっと撫でるように叩くと、ルイーズに背中を向け、振り返らずに持ち場へと戻った。
宿舎に入ってからは、来た時と同じように全速力で駆けて──。
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