2-2.あの日見つけた深紅の花 ※ジェイク視点

      ジェイク視点のお話です

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1年程前、面白い奴を見かけてから、学校帰りにここに立ち寄るのは既に俺の日課になりつつある。


目の前で、ダネルのおやじがまた、新手の客を相手に随分と吹っ掛けている。

街の外から来た奴や、"転写者"と呼ばれる連中は、どうも一番初めにこの店が目に付くことが多いらしく、適正価格が分かっていないのか、言われるままに高値で買っていく奴が多い。


以前の俺は、そんなこと気にも留めてなかったから、そこに足を止めることもなく、その光景を横目にただ通り過ぎていた。

…が、ちょうど1年程前、珍しくダネルのおやじに値切り倒している女を見かけた。

金色の長髪を頭のてっぺんで結わえ、遠目から見える顔立ちは整っていて、随分と美人に見えるのに、値切り倒しているその言葉遣いや態度は、見た目に全く釣り合っていなかった。


あまりの面白さに、その女に加勢して、ダネルのおやじに正規価格で商品を売らせたのだ。

それから、その女、セレスになぜか懐かれ、市場へ俺を探しに来ては、一緒にダネルのおやじの餌食になりかけている奴を助ける羽目になった。


その内、セレスは俺の家にまで押しかけ、俺の家族たちとも仲良くなり、周りの人間を巻き込みつつ、色々なことに首を突っ込んだりと騒動を起こした挙句、ある日突然「旅に出る」と言って、姿を消した。


あいつがいなくなってからも、俺は何となく、おやじの店に足を運び続けていた。

今日も、おやじの店は相変わらず賑わっている。

店の前に辿り着いた俺は、ふと他の連中と様子の違う客がいることに気づく。

俺と同じように、他の連中が買い物を済ませていくのを眺め、立ち尽くしている。


深紅のウェーブのかかった長い髪を垂らした、俺と同じくらいの年頃の女だ。

顎に手を当て、思案顔でおやじと客の様子を見ている。

あまりの高値に、買うか思案しているのかと、女の背後に寄って「言い値で買うのはやめた方がいいよ」と声をかけてみると、彼女はビクッと肩を揺らし俺の方を振り返った。

すみれ色の大きな瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。

目鼻立ちも整っていて、スタイルも良い。随分と美人だ。

こういう見目の整った奴らは"転写者"が多い。

セレスもそうだった。言動と中身が残念な奴だったが、かなりの美人だった。


俺は、まっすぐに俺を見上げる彼女に「かなり吹っ掛けてるから」と言葉を続け、注意を促す。

…が、それに対して返ってきた言葉に驚き目を丸くした。

「え、ええ。…それは判っているのだけれど…」

こんな反応をされたのは初めてだった。

皆適正価格でないことに気づいていなくて、指摘すれば、大体は怒る、戸惑う、感謝するといったパターンだ。

逆切れで判っていると言われた以外で、本当に判っているという反応を返されたのは初めてだ。

思わず「…気づいていたのか…」という言葉が漏れてしまう。

それに対し、彼女は先程より冷えた口調で「……嘘をついているかどうかなんて、気をつけて見ていれば判るわ」と言ってのけた。


そんな彼女に興味を惹かれ、俺は彼女に問いかけてみる。

「では、先程から立ち尽くして何をしているんだ?」

俺の問いに、彼女は数度瞬きすると、店の方へ向き直り商品を見つめながら答えた。

「買いたいものがあるのだけれど、適正価格が分からなくて。ただ、吹っ掛けられているのを判っていて高値で買うのも馬鹿らしいし、どうしようか悩んでいたの」

そう言って、彼女は果物を一つ手に取る。

ダネルのおやじがそれに気づいて「はい毎度!それは一つ銀貨1枚だよ」と声をかける。

俺は眉間に皺を寄せ「おいっ!」と声をあげる。

その声に反応して、ようやく俺を見たおやじは「げっ、ジェイク。またお前か」と嫌な顔をする。


俺はそんなおやじの反応を無視して、彼女に、彼女の求める答えを伝えた。

「そいつは一つ、銅貨2枚で十分だ」

俺の言葉を聞くと、彼女は素直に銅貨2枚を出して、おやじに手渡した。

「ありがとう。いただくわね」とおやじにニッコリと笑顔を向けて。


彼女は金を払うと、改めて俺を振り返った。

「ありがとう。助かったわ」

まっすぐに俺を見つめて礼を告げた彼女は、そのまま俺を見つめて少し不思議そうに数度目を瞬いた。

「いや、俺は何も…」

俺が口ごもるようにそう返事をすると、彼女はもう一度ニッコリと笑みを浮かべ「じゃあ、私はこれで」と、ペコリと頭を下げ去っていった。

俺は、その後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。


笑っているのに、笑っていない、その笑顔が気になって──。






次の日も俺はダネルの親父の店へ向かった。

けれど、そこに深紅の長い髪の後ろ姿は見当たらない。

まあ、そう毎日都合良く同じ時間帯に、同じ場所にいたりはしないだろう。


その次の日も、市場で彼女を見かけることはなかった。

探してどうするつもりなのか…。

なぜ探してしまうのか、それすらも分からないまま、無意識に深紅の髪色の人物を探す。


次の日。

市場で深紅の髪が見えた気がして、俺は慌ててその人物に駆け寄ろうとした。

声をかけようと近寄り、口を開きかけて、その隣に紫みを含んだ暗い青色の長い髪の男が並び歩いていることに気づいて口を噤む。

その場に立ち尽くし、2人をただ眺める。

お互いに笑顔を浮かべ、楽しそうにしているように見えるのに、やはり彼女は笑顔なのに笑っているように見えなかった…。


──ふと、彼女と目が合ったような気がした。

けれど、彼女は俺に気付いた様子もなく、男とそのまま市場の中へ消えていった。


あれから何日経っただろう、ふと、またダネルのおやじの店で立ち止まる深紅の髪の彼女を見かけ、俺は彼女に声をかけた。

「もう、適正価格は分かるようになったのか?」

背後から声をかけた俺を、いつかのように振り返り、見上げる。

「……貴方は……」

一瞬少し驚いたような表所を見せたが、すぐにまたあの時と同じ笑顔を浮かべ俺を見つめる。

「あの時はありがとうございました。あの後、ちゃんと適正価格を教えてもらって、もうちゃんと1人で買い物ができるようになりましたよ」

「…そうか。それは良かった」

彼女の言葉に、反射で言葉を返し、俺はそのまま彼女を見つめ言葉を続けた。


「俺は、ジェイク。ジェイク・クロフォード。あんたの名前も訊いていいか?」

俺の言葉に、彼女はパチパチと数度目を瞬き、視線を揺らし迷うそぶりを見せたが、もう一度俺に視線を合わせるとゆっくりと口を開いた。

「…ルイーズ。ルイーズ・クリスティよ」

拒絶されなかったことにホッとしながら、俺は何とかルイーズにまた会える方法はないだろうかと考え、思いついたことを口にしてみる。

「ルイーズ。あんた"転写者"だろ?よければ、この世界のこともっと色々俺が教えてやろうか?」


自分で口にして、自分の言葉に少し呆れる。

下手なナンパか、勘違い俺様野郎か俺は…。


ルイーズは、黙ってじーっと俺のことを見つめている。

何だか気恥ずかしくなって、何か言い訳をしようかと視線を彷徨わせていると、ルイーズは一度顔を俯け、すぐにもう一度俺を見上げて口を開いた。


「ありがとう。是非お願いするわ」


そう言った彼女の顔は、笑顔だった。






「なあ、ずっと訊きたかったんだけど、お前、何で最初のころあんな変な笑顔だったんだ?」

ルイーズと喋るようになって暫く経って、俺はふと思い出してあの頃の疑問をルイーズに訊いてみた。

俺の突然の問いかけに、ルイーズは「え?変な笑顔?」と、疑問に疑問で返してきた。

もしかして、本人も気付いてなかったのか?

そう思いながら、俺はルイーズに説明する。

「出逢った頃のお前、笑顔だけど目が全然笑ってなかった。なんか笑顔の仮面被ってるみたいだったんだよ」

見てて気持ち悪かった。と付け加えると、頬を膨らませて肩を殴られた。

「気持ち悪くて悪かったわね。あれでも精一杯笑ってるつもりだったのよ。…"ここ"に来るまでに色々あったから…」


それからルイーズは、"転写者"について、そして自分の過去、ダネルのおやじの嘘に気付いた理由を俺に話してくれた。


まだ、知り合って幾らも経っていない。

喋るようになってからも、そう時間は経っていないのに。


俺は彼女に信頼してもらえたと思っていいんだろうか……。

……そう思いたい。

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