2-1.優しい騎士様
扉が閉まるのを見届け、私は踵を返した。
出かける準備をするため、部屋へと戻り、荷物の確認をする。
とりあえず、この3ヶ月で必要最低限の物はそろえたけれど、生活する上であった方が便利な物はまだ幾らでもあるだろう。
食材も買い出しに行かないといけないし…。
そう考えながら、先ほどアルバートから渡された封筒へ視線を向ける。
職業紹介状兼学校への紹介状。
「どうしようかしら…」
生活をしていく上でお金は必要になる。
今はある程度まとまってお金があるけれど、死ぬまでもつ程の金額でもない。
そうなると、働くことは必須。…玉の輿狙ったりするのもありなんだろうけど…面倒くさい。
でも、とりあえず直ぐにお金の心配がある訳じゃないから、学校へ行って何か役立つものを身に着けてから…というのもありではあるなぁ。
「うーん…」
封筒を手に小首を傾げてから、私はとりあえずその封筒も鞄の中へとしまいこんだ。
「ま、とりあえず、どんな職業があるのか見に行ってみましょうか」
私は鞄を手に、玄関扉へと足を向けた。
「とりあえず職業紹介所からかな」
玄関の鍵をかけ、大通りの先に目を向ける。
荷物が増えてからじゃ面倒だしと、始めに職業紹介所に向かうことにして、一歩踏み出そうとしたその瞬間─。
バシッ
背中に結構な勢いの衝撃を受け、前向きにつんのめった。
「きゃっ?!」
何とか足を踏ん張り、転ぶのを堪え、何事!?と振り返るのと、もう随分聞き慣れた声がかけられるのは同時だった。
「おはよう!ルイーズ」
少し低めの耳に心地よく響く声。
「………」
一瞬、チラリと睨んでから小さくため息を吐きながら、私はそこに立つ人物に真っ直ぐと向き直った。
「おはよう、ジェイク…。…ねぇ、ジェイク、できれば背中を張るより先に声をかけて欲しいわ。危うく転ぶところだったじゃない」
私が挨拶に続き文句を言うと、言われた本人は、全く悪びれた様子なく笑いながら軽く頭を掻いた。
「おっ、悪いな。ルイーズなら読心術で避けれるかと思ったんだが…」
無理だったか?と続ける。
ジェイク・クロフォード。
生まれながらの"この世界"の住人。
明るい金色の刈り上げられた短髪に、グレーの瞳。
身長は随分と高く、整った顔立ちをしている。
私と歳も変わらないのに、随分と逞しい体つきをしている。
前の世界で、16歳ってこんなに男らしい子いたかしら?
ジェイクを呆れるように見つめ、「読心術なんて能力ないわよ」と、もう何度目よと思いながら言葉を返す。
心を読んで身を躱すとか、私は一体どんな超能力者なのよ…。
「でもなぁ、だいたい
「はいはい。もういいわよその話」
ジェイクの言葉に、私は片手を挙げながら、その先を遮った。
彼と出逢ったのは、こちらに来て1週間程経った頃。
ある程度の基礎知識を
一番初めに目についた店で食材を買おうとして、途方に暮れてしまっていた。
同じように初めて買い物に来たらしき人たちが店主に声をかけているのを見ながら、品を選んでいたのだけれど、店主の顔付きがどうにも…。
他の人たちは気にも留める様子もなく買い物を終えていくけれど、それを眺めながら、さてどうしたものかと考えていたところへ声をかけてきたのが彼だった。
「言い値で買うのはやめた方がいいよ」
背後から突然に声を掛けられ、思わず肩を揺らし振り返った。
そんな私をじっと見つめながら彼は言葉を続ける。
「かなり吹っ掛けてるから」
「え、ええ。…それは判っているのだけれど…」
彼の言葉に、何と返答していいのか戸惑いながら何とか言葉を返すと、彼は少し驚いたように目を見開いた。
そして小さく「…気づいていたのか…」という言葉が漏れ聞こえた。
彼のその反応に、私は少し冷ややかに言葉を返した。
「……嘘をついているかどうかなんて、
何度か彼に会うようになってから、彼には理由もきちんと説明したのに、あれ以来ずっとジェイクはことあるごとに「ダネルのオヤジに―」「読心術で―」と絡んでくる。
私がジェイクの話を遮ると、彼は仕方ないといった風に話題を変えてきた。
「ところでルイーズ。どこかへ出かけるのか?」
彼の言葉に、私もようやく本来の目的を思い出した。
「あぁ、職業紹介所と、あと買い物に行こうとしてたところだったの」
「そうか。だったら俺も付き合ってやるよ。俺も買い物に行くつもりだったし」
私が目的を告げると、ジェイクが私の背中を一度軽く叩いて、一息に返してきた。
「あら?でもジェイクはもうどこかで働いていたのではなかったの?」
「俺も先日ようやく学校を卒業したばかりだ。騎士の試験に合格したから、次の休み明けからは騎士として勤めることになるけどな」
ジェイクの言葉に、ふとした疑問を投げかければ、意外な言葉が返ってきた。
確かに、ジェイクは逞しい体つきをしているし、正義感も強そうだけど、まさか騎士として働くだなんて…。
こちらに来て初めて知り合った人が、そんな立派な仕事に就く人だなんて考えもしなかった。
「ジェイク凄いのね!でも、それならジェイクは職業紹介所に行く必要はないのでしょ?」
付き合ってもらうなんて悪いわ。と続けると、ジェイクは私の頭にポンッと手を乗せた。
「お前1人で行かせて、変なのに絡まれたら困るだろ」
「大丈夫よ。それに、用事もないのに付き合わせるなんて、ジェイクに悪いわ」
優しく言ってくれるジェイクを見上げ、私は小さく笑みながら彼の申し出を辞退した。
けれど、彼は譲る気はないらしく、私の背を押しながら有無を言わさず歩き出す。
「お前に何かあったら、俺の寝覚めが悪くなる。俺の勝手だ。気にするな。行くぞ」
全く聞き入れてくれる気のないらしい彼に、私は諦めて職業紹介所へ向かうことにした。
一度立ち止まり、彼を見上げお礼を言う。
「ありがとうジェイク。貴方は本当に優しくて素敵な人ね」
私がそう言うと、彼は「いや、そんなことは…」と小さく呟いてそっぽを向いてしまった。
その横顔が僅か赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか?
そんなことを考えながら、歩き出した彼を慌てて追いかけた。
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