3.その目に映るもの

職業紹介所について、私は一通りの説明を受け、今募集のある案件を順に見せてもらっていた。

「ルイーズは希望の職とかあるのか?」

手元の書類を捲りながら、ジェイクが私に訊いてくる。

そんなジェイクの言葉に、私はジェイクの手元にチラリと視線を向けてから「うーん…」と小首を傾げた。


「そもそもに、どんな職があるのかの方が問題なのよね。って、こちらのことはあまり良く知らないから…」

私の答えを聞くと、今度はジェイクが私の方へと視線を向けてくる。

そして「ああ、そうだな…」と納得したように頷いて、すぐに視線を書類へと戻した。


「だとしたら、のある職を探す方がいいんじゃないか?」

例えばこういう職はなかったか?と丁度ジェイクが見ていた書類を私へと見せてくる。

給仕。なるほどウェイトレスね。

「それなら確かに私にでもできそうね」


職業紹介所に設けられた閲覧用のテーブルで、そんな風にジェイクと案件を眺めていると、案内のカウンターの方で僅かざわついた気配がする。

「──信頼できる人材が欲しい。ついては──」

振り返れば、こちらに来てから初めて目にするような、随分立派な服装の男性がカウンターで案内者と何やら語っている様子だった。


「随分立派な服装ね。あんな人もここを利用するの?」

私と同じように振り返っていたジェイクに訊ねると、ジェイクは「いや」と首を横に振る。

「普通、貴族がこんなところを利用したりはしない」

少し目を丸くするように、その男性を見つめジェイクが答えてくれる。


貴族…ってことは、この世界では随分と身分の良い人よね。

ジェイクの言葉に、私も思わずまじまじと男性を見つめてしまう。


すると、今度はその背後から、これまた立派な身なりの女性が男性に近づいていく。

「お兄様─」

声をかけようとした瞬間、横から歩いてきた男にぶつかられ、きゃっと声をあげ、女性は勢いよくよろけた。

あっと思う間もなく、今度は女性の後ろから紹介所へ入ってきた男性がよろける彼女を支え立たせる。

「大丈夫ですか?」

紳士然と訊ねる男性に、ありがとうございますと返す女性。

ぶつかってきた男はチッと舌打ちを鳴らし「貴族様がこんなところに来てんじゃねぇよ」と捨て台詞を吐いて、出入り口へと向かっていった。


…何の寸劇よ…。


はぁ~。と思わずため息を吐いてしまう。


見なきゃ良かった…。


「どうかしたか?」

盛大なため息を吐いた私を振り返りジェイクが問いかけてくる。

「…いえ、別に…」

私がジェイクの問いに曖昧に答えると、ジェイクは再度貴族の女性たちの方を振り返る。

先ほど彼女を支えた男性と、貴族の女性、その兄と思しき人物は和やかな表情で語らっている。


さて、どうしたものかしら。


思案して、私は一度視線を俯ける。

下手に関わって良いものか…。

でも放っておくのもなぁ…。

まぁ、兄の方は大丈夫そうな気もするけど。


考え込んでしまった私に、ジェイクが「どうした?」と再度問いかけてくる。

声をかけられて、私は顔をあげ、小さく首を振った。


私は手元へと視線を落とすと、書類をまとめ、ジェイクに声をかけた。

「ジェイク、付き合ってくれてありがとう。職探しはまた改めてにするわ」

まとめた書類をカウンターへ返却し、私たちは足早に紹介所の出入り口へと向かう─。


その途中…。


先ほどの貴族たちの横を通りかかった。

女性の方はまだ助けてくれた男性と話している。それを少し離れた位置で貴族兄が見つめていた。

すれ違いざま、私はその貴族兄に小声で声をかけた。

「────────────」



職業紹介所を出てから、軽く昼食をとりつつ、私たちは必要な買い物を済ませて家路へとついた。

家を出たのは割と朝早いうちだったのに、色々回っていたら、すっかり陽が暮れかかる時刻になっていた。

付き合ってもらったお礼にジェイクを夕食に誘ったけれど、「お礼をしてもらうようなことはしていない」と断られてしまった。

そうして、私の"新たな人生"1日目は早々と終了した―。







職探しが途中になってしまったけれど、日を空けてからまた行くことにして、この3日は職業紹介所には行かず、ジェイクに教えてもらって国営図書館にきていた。

ジェイクは相変わらず、私の外出に付き合ってくれている。

お節介と言うのか、人が良いと言うのか…。

ジェイクは本当に裏表がなく、優しい、面倒見の良い人物だなと感心する。


図書館は、国営の図書館だけあって、本当に色々な本が取り揃えてある。

学校へ通うことも考えていたけれど、図書館でこれだけの本が揃っていれば、貸し出しはしてもらえなくても、ある程度のことは図書館に通えば事足りそうだった。


午前中は図書館で過ごし、午後からはジェイクにこの国のことを教えてもらいながら、買い物や散策をする。

職探しは進んでいないけれど、かなり有意義な時間を過ごせている。


「ジェイクは明日から宿舎へ移るのよね?」

街を散策しながら、隣を歩くジェイクへ問いかける。

「ああ。まぁ、休みには帰ってくるつもりだけどな」

言いながら、並んで歩く私の顔を覗き込み「じゃないと、お前が寂しがるだろう?」と悪戯な笑みを浮かべてみせる。

その顔を見返したが、私は思わずフイッと顔を背けてしまった。

「…全然寂しくなんかないわ」


私の言葉に、ジェイクは「そこは寂しいって言うところだろ!」と声をあげたが、そのままブツブツ言いながら、前へと向き直った。

流石に悪かったかなと思って「冗談よ」と返したが、正直なところ微妙ではある。

ジェイクのことは憎からず想っている。

この世界で初めて…いや、もしかしたら前の人生も含めて初めて、信頼できると思えた人物だ。

たった3ヶ月の間に、随分と彼に気持ちを許してしまっている気もする。認めたくないけど。

寂しい…。正直なところを言えば、彼がこうやってすぐ傍にいてくれなくなることは寂しいだろうと思う。

けれど、もうこれ以上…あまり気持ちを入れてしまうことはしたくない。

これ以上立ち入ってはいけない気もしている。


期待するのは怖い─。


仲良くなりたいと望んで、応えてもらえない。そんな思いはもうしたくない。






ずーっと人の顔色を窺って生きてきた。

家族を亡くしてからずーっと。


どうすれば好いてもらえるだろう。

どうすれば家族と認めてもらえるだろう。

どうすれば怒らせないだろう。

どうすれば関心を持ってもらえるだろう。

どうすれば…

どうすれば…

どうすれば…


ずーっと、考えて、顔色を窺ってきた。


でも応えてもらえなかった─。


そしてある時ふと気が付いた。


人の顔を見れば、おおよその考えていそうなことが判る─。

特に、疾しいことを考えている時は、幾ら取り繕っていても判る。



ジェイクに出逢った時に吹っ掛けてきた店主ダネルも、先日職業紹介所で見かけたも、きっとパッと見には判らない。けれど、私の目には、彼らの顔つきはとても厭らしいものに見えた。

こんなことは日常茶飯事だ。

皆、心からの本音だけで生きていける訳がない。

大なり小なり、何かしら取り繕って生きている。


でも─。


ジェイクは違った。

初めて出逢った時から、今まで一度も取り繕った表情を見たことがない。

優しい言葉をかけてくれるときも、いさめてくれる時も、彼のそんな表情は見たことがない。


だから─。


だからこそ、ジェイクとは適切な距離を保っていたい。

この人ならもしかしたら…そう思って、期待して、応えてもらえない…

そんな思いはしたくない。もう二度と──。

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