第21話 みんなのひみつが実る時1

「そろそろいいかな」

 理輝くんの口からテストプレイ終了の合図が出たのは、夕方の5時近く。

 作業が始まって3時間後だった。

「つっかれたぁ~」

 惺也が床にひっくり返る。

 私とかなたもスマホを両手に持ったまま、テーブルにつっぷした。

「だいじょうぶ? みんな」

「だいじょうぶ~」

 私以外、理輝くんの問いにこたえる声はない。

 窓の外からは、さびしげなセミの鳴き声がしていた。

(テストプレイってこんなに大変なんだ……)

 スタートからエンディングまで、ひたすらゲームをする。

(今日は、完成したゲームをプレイするだけなんて楽しそう、とか……)

 あまかった。

 1周目は楽しみながらできたけど。

(バグを探しながら、何度も同じゲームをするの、けっこうキツい!)

 2周目からは物語も頭に入ってしまってるので、ついポチポチと流してしまいそうになった。

「明日果ちゃん、漢字がちがってたり、文字がぬけてたところはなかった?」

「なかった、と思う」

「榎原さん、悲しそうなセリフの時に笑ってる絵が出たりしてない?」

「ない~」

「惺也、表示されてるセリフと、ボイスの音がちがってたなんてことは?」

「ねーよ」

「画面が止まって動かなくなったり、BGM、効果音がおかしくなったことは?」

「ないで~す」

 最後は私、かなた、惺也の声がハモった。

「よし、じゃあ、データをコンテストのサイトに送るね」

 その言葉に、私たちはガバッと体を起こした。

「え? 理輝くん、もう送るの?」

「うん、3日後にはしめきりだしね」

「そんなギリギリだったのかよ」

「しめきりまで3日も残っていれば、優秀な方だよ。多分ね」

 カタカタとキーボードを鳴らしながら、理輝くんはタイトルや代表者の情報を打ちこんでいく。

「あ、そうだ。大事なこと忘れてた」

 理輝くんが顔を上げる。

「僕たちのチーム名、どうする?」

「チーム名?」

「そんなのテキトーでいいじゃん」

 惺也がぐったりしたまま答える。

「『児童会長とゆかいな仲間たち』とか」

「いやだよ」

「なし」

「惺也てきとうすぎ」

「じゃあ何があんだよ、思いつかねーよ」

「そうだね……、明日果ちゃん、何か思いつく?」

「えっ、急に言われても……」

 私はテストプレイでふにゃふにゃになった頭で、何とか考える。

 そして、あることに気づいた。

「私たちって、みんなからひみつにしているよね、このゲームに関係すること」

 理輝くんを見る。

「夢とか」

 かなたを見る。

「才能とか」

 惺也を見る。

「力とか、さ」

 それから、私の理輝くんへの気持ちもね。

「なるほど、そうだね」

 そう言うと理輝くんは、サラサラと紙に文字を書いた」

「じゃ、こういうのはどう?」

 そこに書かれてた文字は『SecretS』。

「シークレッツ、つまり『ひみつ』って意味の英語の複数形なんだけど」

「お。いんじゃね? なんかよくわかんねぇけど」

 わからんのかい!

「明日果ちゃん、榎原さんはどう?」

「うん、いいと思う!」

「カナもさんせい」

「じゃ、このチーム名でエントリーするね」

 しばしカタカタと打ちこむ音が続く。

 やがてマウスのカチという音とともに、理輝くんが顔を上げた。

「エントリー完了! みんな、お疲れさま!」

 全員の口から、大きく息がはき出される。

 そしてだれともなしに、ハイタッチを始めた。

 ひとしきりはしゃいだのちに、理輝くんは口を開く。

「結果発表は1ヶ月後だよ。ひとまず今回のプロジェクトは解散、ってことで」

 解散……。

 その言葉が、ひんやりとした風となって、ヒュッと心に吹き込んだ。

 ゲーム作りのおわった解放感と達成感が胸にあふれていたのに。

 急に、つないでいた手をふりほどかれたようなさびしさ。

「私、解散したくない。これからも理輝くんといっしょの時間を過ごしたい」

 そんな気持ちは、みんなの前では口にできなかった。


 コンテストの結果発表の日が来た。

 9月中旬、土曜日の午後1時55分。

 メールじゃなく、2時から動画サイトで発表されるという形式。

 私たちメンバーは理輝くんの部屋に集合して、かたずを飲んでノートPCを見守っていた。

(うわぁ、きんちょうする……)

「理輝、トイレ借りるぞ」

「いいけど、さっき行ったところだよね?」

「いいだろ、別に」

「あと5分で始まるから、急いで惺也」

「おぅ」

 ふいにぎゅっと腕にしがみつかれる。

 顔色の悪いかなたがくちびるをふるわせながら、私に体をくっつけてきた。

「あ、明日果、どうなるかな……」

「……」

「だめ、心臓が飛び出しそう……」

「ん……」

 私も大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 理輝くんはというと。

(笑ってない……)

 いつも春風のようなほほえみを浮かべてる理輝くんが、かたい表情で画面を見つめている。

(夢がかかってるんだもんね……)

 ひそかに胸の前で両手の指を組み、私はいのった。

(どうか、努力が実りますように……!)

 2時になった。

 ファンファーレの音とともに動画が始まる。

 審査員たちの長いトークの後、ついにジュニア部門の入賞者の発表となった。

 『ユーモア賞』

 『努力賞』

 『テクニック賞』

 チーム名と作品タイトルが読み上げられる。

 私の腕をつかむかなたの指に、キュッと力が入った。

「呼ばれないね……」

「まだ、下のほうの賞だから」

 言いながらも、私の心臓はバクバクしている。

 のどもカラカラだ。

「お、おう、オレらがねらうのは大賞だからな!」

「……」

 惺也の空元気丸出しの声に、理輝くんは答えない。

「な、なんか、さっきから受賞してるの、中学生のチームばっかじゃない……?」

 かなたの不安げな声。

 理輝くんと惺也は、口を真一文字に結んだままだまって画面をにらんだ。

『つづきまして、優秀賞!』

 ダダダダダとドラムの音がする。

 ジャンッという音とともに、画面の中央にぱっとタイトル画面が映し出された。

 翼を持つ少女が、ホタルの光のようなものに手をのばしているイラスト。

「っ!?」

 見覚えのある絵に、かなたが息を飲む。

 私たちもいっせいに腰を浮かせてひざ立ちになった。

『チーム、シークレッツ! 作品名は「タケトリノツバサ」!!』

 ファンファーレが鳴り響く。

『おめでとうございます!!』

 審査員たちがはくしゅをしている。

 私たちは石になったように固まったまま、動画を見つめ続けていた。

 やがて、惺也がしわがれた声でつぶやく。

「あれ、オレらのだよな……」

 私たちは無言のまま、ぎこちなくうなずく。

「お、おい、喜べよ!」

 惺也が立ち上がった。

「優秀賞だぞ!!」

 その瞬間、私たちの石化が解けた。

 私とかなたは悲鳴のような声をあげて、ギュッとだきあう。

 かなたの顔はなみだでぐしゃぐしゃになっていた。

「理輝! 理輝、やったな!」

 惺也が理輝くんの両肩をつかんでゆする。

 理輝くんは目のふちをうっすらと紅色に染めて、くちびるをかみしめていた。

 やがてその口元がゆっくりと開かれる。

「やった……?」

「おぅ! 喜べ!」

「夢じゃ、ない……」

 動画では、大賞の発表が続いている。

「大賞じゃ、なかったけど……」

 いつも大人びて冷静な理輝くんが、声をふるわせていた。

「優秀賞……」

「そうだ、上から2番目だ! しかも小学生で入賞したの、オレらだけだぞ!」

「……っ!」

 理輝くんが腕でゴシゴシと目元をぬぐう。

 そして、目をうるませたままこちらを見た。

「理輝くん、おめでとう!」

 私は心からのお祝いを理輝くんに伝える。

 その時だった。

 しなやかな手がこちらにのびてきたかと思うと、私は理輝くんに強引に引きよせられていた

(えっ?)

「ありがとう、明日果ちゃん……」

「ちょ、理輝くん?」

 耳にとどくのは、かすれて切なげな理輝くんの声。

 感じるのは、せなかに回された理輝くんの腕のぬくもり。

「この賞は、明日果ちゃんと出会えたから取れたんだ……」

「えっ、あの……」

「明日果ちゃんのシナリオが、みんなの気持ちを1つにしてくれたから……」

 理輝くんの肩ごしに、かなたと目が合う。

 かなたと惺也は目を丸くして、私たちを見ていた。

(わ、わぁあああ~っ!!)

 自分が理輝くんに抱きしめられていることに、ようやく気付く。

 顔が一瞬で燃えるように熱くなる。

 心臓は限界の動きではれつしちゃいそう!

「お、おい、何やってんだ、理輝!」

 ようやく正気に戻った惺也が、私から理輝くんを引きはがす。

「お前、女子にそんなことして、セクハラだぞ!?」

「ご、ごめん、うれしすぎて、つい、ははっ……」

 言ったかと思うと、理輝くんは次に惺也にだきつく。

「やったよ、惺也!!」

「お、おいおいおい! ちょっと落ち着けぇええ!!」

 理輝くんにしがみつかれて目を白黒させる惺也を見ながら、私とかなたは笑った。

 まだ胸のドキドキは、おさまっていなかったけれど。


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