第9話 特別な存在1
「むり」
月曜日、かなたに理輝くんの話を伝えたところ、返ってきたのはこの言葉だった。
「カナ、CGなんてやったことないもん」
「だよね」
「それより、明日果ぁ」
かなたが上目づかいでにらんでる。
「カナが絵を描いてること言っちゃったの?」
「それはごめん! 本当にごめん!!」
私は頭の上で両手を合わせてかなたにあやまる。
「ぼーっとしてて、ぽろっと口から出ちゃったの! ごめんなさいっ! すみませんでした!」
「んー、でもまぁ……」
まだ少し口をとがらせたままのかなたが、ほおづえをつく。
「見られたのが新川くんでよかったかも」
「え、それって……」
(かなたも理輝くんのことが好きってこと?)
理輝くんが女子人気ナンバー1なのは知ってるから、恋敵が多くても今さらおどろかないけど。
(親友のかなたとはライバルになりたくないなぁ……)
わきあがったモヤモヤを、かなたはあっさりとふき飛ばす。
「新川くんは、言いふらしたりしないでしょ。郷田くんみたいに」
「あっ、うん! それは絶対!」
ホッと胸をなでおろす。
「理輝くんは、人の嫌がることはしない人だから!」
惺也に小説をからかわれた時のことを思い出す。
惺也は、理輝くんほどじゃなくても、スポーツ男子のリーダーみたいな存在だ。
惺也のすることは、他の子もよくマネしてる。
だからあの時、他の子が悪ノリで惺也と同じようなことし始めるんじゃないかって不安だった。
たとえば私が席をはなれたすきにこっそりノートを取って、黒板にはりつけるとか。
惺也みたいに大声で読み上げるとか。
――そういういたずら、僕はあまり好きじゃないな――
あの日、理輝くんがはっきりそう言ってくれたおかげか、誰も何もしてこない。
(みんな理輝くんに嫌われたくないんだ。女子も、男子も)
たった一言で、私への悪質ないじりをふせいでくれた。
(これは理輝くんだから出来たこと、だよね)
あらためて『好き!』って気持ちと同じくらい『尊敬!』って感情がわきあがる。
「それにしても新川くん、意外だったな」
「ん? 理輝くんの何が?」
「ゲーム作ってたなんて」
「! しーっ!」
私はひとさし指をくちびるに当て、かなたに顔を寄せる。
「だめだよ、それ大きな声で言っちゃ」
私たちは周りにすばやく目を走らせる。
(うわ!?)
惺也と目が合った。
(すっごくにらんでる!)
惺也に聞かれちゃったかな?
(でも、惺也は理輝くんがゲーム作ってること知ってるからセーフだよね)
クラスの他のみんなはさっきと変わらず、思い思いのことをしている。
私は惺也から目をそらしてかなたに向き直った。
「ごめんね、そんなに声大きかった?」
「ううん、だいじょぶっぽい」
2人でホッと胸をなでおろす。
「理輝くんが言ってたんだ。ゲーム作りのことは誰にもひみつだって」
「カナに話しても良かったの?」
「絵のことを説明するために、かなたにだけは教えてもいいって」
「ふぅん」
かなたが口元に手を当てクスッと笑う。
「じゃあ、新川くんがカナのイラストのことをだまってる限り、私も新川くんのひみつを守るね」
(はは……)
妖精みたいに可愛いかなたの、ちょっと腹黒い一面に、私は苦笑いする。
「でも、どうして新川くんはゲーム作ってること、ひみつにしてるのかな?」
かなたが小首をかしげる。
「勉強ができて運動ができて、見た目もかっこいい。リーダーシップもある。その上ゲームプログラミングもできるなんて、すごいことなのに」
「そうだね」
オタク、って思われたくないのかな?
「おい、光野」
昼休みが終わって。
そうじの場所に向かおうとしていた私を、低い声で引きとめたのは惺也だった。
「……なに?」
「しゃべってねぇだろうな」
「は?」
「だから!」
惺也は私の腕をつかむと、グイッと引っぱる。
「榎原によけいなこと言ってないかどうか聞いてんだよ」
(あー……)
やっぱり惺也は、かなたとの会話を聞いてたんだ。
それでゲームの話題が出てたから、気になって仕方ないんだ。
(惺也がお芝居してたこと、私がバラしてないかどうか)
「よけいなことって、なに?」
いじわるな気持ちになって、にやにやしてしまう。
「何のことか、私にはぜぇんぜんわからな……」
「そーゆーのは、いいんだよ」
惺也がさらにこわい顔してせまってくる。
「あのこと、バラしてないかどうかだけ答えろ」
うわ、うーわ! こっわ!
惺也、完全に悪役の顔じゃん!
でも、私だって負けないんだから。
「質問に答えてほしいなら、もっとていねいに言えば?」
「なっ!?」
惺也のひみつをにぎってると思うと、ちょっと気分がいい。
「光野さん教えてください、って」
「お前……」
惺也がまた一歩、私に近づいてくる。
それをさけようとあとずさりした私の背中に、冷たい壁が当たった。
「あ……!」
「おい、光野」
ぎゃー、やっぱり惺也の目つきこわい!!
「あんまナメたこと言ってっと……」
その時だった。
「おい、見ろよ! 惺也が壁ドンしてるぞ! 壁ドン!!」
ろうかの向こうから、男子たちのはやし立てる声が聞こえてきた。
「えっ、うわ、本当だ!」
「相手、だれ? おっ、光野じゃん!」
「ちょ、すげぇ! 惺也が光野に壁ドンしてる!」
さわぎを聞きつけた子たちが、次々と教室の窓や戸を開けてろうかに顔を突き出す。
そして、私たちの姿を目にすると「おぉー!」と声を上げた。
「ち、ちげぇ!!」
惺也の顔が真っ赤に染まった。
あわてて私からはなれる。
「ふざけんなよ、お前ら!」
学校一速い足が、はやし立てた男子たちに向かって一直線に駆けてゆく。
「うわ、惺也が来た!」
「やべっ、逃げろ!」
「ちょっと男子! ろうか走っちゃダメなんだよ!!」
悲鳴と笑い声の中、惺也の背中が見る間に遠ざかる。
(今のうち)
みんなの目が惺也にひきつけられているすきに、その場をはなれた。
「壁ドン! 壁ドン!」
「ちがうつってんだろ!」
声がどんどん遠くなる。
最後に先生の「郷田! ろうか走るな!」のどなり声が聞こえてきた。
(ふふっ)
足取り軽く、そうじの場所に向かう。
みんなの前で小説ノートを読まれた時の、しかえしができた気がした。
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