第10話 特別な存在2

「そっか、絵の件ダメだったんだ」

 かなたの返事を伝えると、理輝くんはあっさりとうなずいた。

 放課後の児童会室。

 私は理輝くんと2人でそこにいた。

「あの……、ごめんね?」

「ううん、明日果ちゃんのせいじゃないから気にしないで」

 本来ならこの部屋は児童会のメンバーしか入れない場所だ。

 今日は使う予定がないからって、理輝くんがこっそり入れてくれた。

 だれにも話を聞かれない、いい場所があるって。

(なんか悪いことしてるみたい)

 落ち着かなくて、ソワソワしてしまう。

(先生が来たらどうしよう、怒られないかな)

「大丈夫だよ」

「え?」

「注意されたら、僕の仕事を手伝ってもらってたって言うから」

「理輝くん……」

 なんで考えてることわかっちゃうんだろう?

「長居はできないけどね。ここ使えるのは30分くらいかな」

「うん、わかった」

 私たちはさっそくひみつのノートを取り出す。

 コンテスト用ゲームのアイデアを書くノートだ。

「あの、理輝くん」

「ん? なに?」

「かなたのこと、本当によかったの?」

「よかった、って?」

「かなたに絵を描いてもらわなきゃ、ゲーム、困るんじゃない?」

「乗り気じゃない人を無理にまきこむわけにはいかないよ」

「そう、なんだ」

(なんか、ホッとしたかも)

 理輝くんがかなたに絵をお願いしたいと言った時、実は少しショックだった。

 シナリオ担当にスカウトされた私は、理輝くんの特別な存在になれたって思ってたから。

 他の女子が知らない理輝くんのひみつの、協力者に選ばれたんだって。

 でも、理輝くんはかなたもメンバーに入れたいと望んだ。

 その時、特技があれば私じゃなくてもよかったのかな、ってちょっぴりモヤッとしたんだ。

(でも……)

 私は理輝くんから手紙をもらって、直接お願いされた。

 かなたには私からの伝言だけ。

(理輝くん、私をさそう時の方が熱心だった、って思っていい?)

「たしかにさ」

 理輝くんの声に顔を上げる。

「きれいな立ち絵やスチルがあると、ゲームがぐっともり上がるのはまちがいないけど」

 たちえ? すちる?

「あぁ、ごめん」

 理輝くんはノートに、横長の四角を書いた。

「これがゲーム画面としたら、ここにセリフが出るよね?」

 四角の中の下の方に、長細い四角を書き加える。

「で、ここにセリフを言う人物が表示される、と」

 画面の右三分の一くらいのところに、棒人間のようなものが書き足された。

「これが立ち絵。見たことある?」

「うん、わかる。じゃあ、スチルは?」

「スチルはここぞ!って時に画面いっぱいに表示されるイラスト」

 あー!

 見たことある!

 ゲームでこれが出ると、特別なシーンだなって伝わってくる!

「じゃあ、やっぱりかなたが描かなきゃ、理輝くん困るんじゃ……」

「大丈夫だよ」

 理輝くんがほほえみを浮かべる。

「動かすキャラクターはジェネレーターで作ればいいし、絵はなくてもなんとかなる」

「じぇねれーたー……」

「あー、えっと。フリーソフトであるんだよ、パーツを組み合わせて……」

 言いかけて、理輝くんは天井を見上げる。

「言葉で説明するより、見てもらった方が早いね。今度家に来た時に見せてあげる」

「う、うん」

 次かぁ。

 また、理輝くんの部屋におじゃまできるんだ。

 そう思うと、心の奥がふわっとあったかくなる。

 理輝くんにあこがれる他の女子たちが、望んでもかんたんには入れない場所。

「楽しみにしてるね」

 私が言うと、理輝くんは優しく目を細めた。

「ところで明日果ちゃん、物語は思いついた?」

 ぐっ!

「それが……、思ったよりむつかしくて」

「むつかしい?」

「まず、書き方がよく分からないの。シナリオと小説はちがうよね?」

「あー……」

 理輝くんが再びノートにシャープペンを走らせる。

 そこにはこう書かれていた。


  A.「それ、本当?」

    花子は目を丸くした。


  B.「それ、本当?」

    ☆花子、おどろく


「明日果ちゃん、これのどちらが小説でどちらがシナリオか分かる?」

「えーっと、Aが小説で、Bがシナリオ、かな?」

「正解」

 理輝くんが小さくはくしゅをする。

「つまり、シナリオの時はセリフをメインに書いてほしい。それから……」

 きれいな指が、トントンと「☆花子、おどろく」と書いた部分をたたく。

「この部分はト書きって言って、入力担当の僕の仕事になるんだ。明日果ちゃんは、キャラクターをどんなふうに画面で動かしてほしいか、ここで指示を出してほしい」

「わ、わかった」

 物語を書くだけって言っても、ゲームのシナリオはいつもと少しちがうんだな。

「他にわからないことはある?」

「RPGだと思うと、いつもの小説のようにいかない感じで……」

「うーん……」

 理輝くんは腕を組んで首をひねる。

「前に見せてもらった小説みたいな感じでいいんだよ?」

「理輝くん、RPGは主人公になりきることって言ったよね?」

「うん」

「プレイする人はどんな主人公になれたら楽しいかな、って考えちゃって」

「他の人のことなんて考えなくていいよ。明日果ちゃんが今、何になりたいかをすなおに書けば」

「私の今なりたいもの……」

 理輝くんのカノジョ?

(いやいや! いやいやいや!)

「明日果ちゃん?」

「あ、あはは! なんでもない!」

 両手でほおをつつむ。

 ほおの熱さが、手のひらに伝わってきた。

(いちおう、家に帰って色々考えたんだよね)

 でも、どの物語も恋愛ものになってしまう。

 ファンタジーにしても、学園ものにしても、SFにしても。

 主人公のとなりには理輝くんをモデルにしたキャラが出てきてしまう。

(読んだらきっと理輝くん気付いちゃうよ)

 私の気持ちに……。

「あのさ、明日果ちゃん。もしも新しく作るのが無理なら、あの小説ノートの中の一つでもいいよ?」

「それはだめ!」

「どうして?」

「理輝くんのゲームのために書きたいの」

「……」

 理輝くんはしばらく私をじっと見ていた。

 やがて春風のようなほほえみを浮かべる。

「わかった、楽しみにしてる」

(わ……)

「まだ、時間はあるしね。明日果ちゃんが納得なっとくするものを書いて」

「う、うん、がんばる」

「それにしても、ふふっ……」

 理輝くんがふわりと笑う。

「何?」

「なんだか、あて書きみたいだな、って」

「あて書き、って?」

「ドラマなんかでさ、出演する役者さんを先に決めて、そのイメージを元にシナリオを書くことがあるんだよ」

「へー」

「明日果ちゃんが、僕のために書いてくれるシナリオ、か」

「っ!」

 理輝くんの瞳にやわらかな光がともる。

「どんなのが出来上がるんだろう。ドキドキしてきた」

「理輝くん……」

 私の方が、今、ドキドキしてるよ。


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