第4話 理輝くんの告白2
「前置きが長すぎたね。じゃあ……、思い切って言うよ」
待って待って待って、心の準備が!
いや、返事は「はい」以外ないけど!
「光野さん」
はいっ!
「いきなりこんなこと言ったら、びっくりすると思うけど……」
ああっ、ついに……!
「僕の作るゲームのシナリオライターになってほしいんだ!」
「ぱ……へぁっ?」
かんだ。
いや、そうじゃなくて。
「……」
「……」
え?
なんて……?
「し、シナ……?」
「シナリオライター」
「……」
何を聞かされたか理解できず、私はぽかんと口を開けたまま理輝くんを見つめる。
理輝くんもだまったまま、私の返事をしんぼう強く待っていてくれたけど。
「……やっぱり、だめ、かな?」
しばらくして、残念そうに笑った。
「だよね。いきなりすぎて、わけわかんないよね」
「……」
「ごめんね、光野さん。やっぱり今のナシ!」
(あ……)
もうすでに気持ちを切りかえた感じの理輝くんの声。
私は我に返る。
「こんなおそくまで待たせておいて、変な話しちゃった」
「あ、あの……っ」
「このことは忘れて。じゃあ、また明日」
「ま……、待って新川君!」
去ろうとした理輝くんの背中に、私はあわてて声をぶつける。
「新川君、ゲーム作ってるの?」
「……」
理輝くんが足を止め、こちらをふり返る。
「そうだよ」
「小学生で、ゲームを?」
「……」
理輝くんが私に向き直り、てれくさそうに笑った。
「うん」
「すごい……」
理輝くんは目を細める。
「最近はいいフリーウェアがあるからね」
フリーウェア?
「ツールソフトに関する本も出てるし、ネットで調べればやり方がわかる」
ツールソフト?
「僕ね、ゲームクリエイターになるのが夢なんだ。今は世界的ヒットを飛ばすゲームを、たった1人で作ってる人だっているんだよ」
理輝くん、太陽みたいに顔を輝かせていきいきとしゃべってる。
(こんな理輝くん見るの、はじめて……)
「もしかして、ゲーム制作に興味わいた?」
「えっと……、よくわからない」
「……そっか」
「でも」
「ん?」
私の目をのぞき込む、理輝くんの瞳。
夢を見つめるまっすぐな目が、キラキラと輝いている。
すごく、かっこいい……。
「ど、どうして私をさそうの? 新川くん、自分でゲーム作れるんでしょ?」
「ゲームには、面白いストーリーが必要だから」
(ストーリー……)
「システムは勉強で身につくけど、面白いストーリーはセンスや想像力がなくちゃ書けないって思うんだ」
「センスや想像力……」
「光野さんの書く小説には、それがある」
「……!」
息が止まりそうになる。
こんな風にほめられたのは、かなた以外で初めてだ。
パーフェクト王子の理輝くんが、私の書く小説をそんな風に思ってくれていたなんて。
(あ、でも……)
たしかに私は小説を書いてる。
でも、かなた以外に見せたことはない。
「どうして新川くんが、私の小説を知ってるの?」
「小説の内容は知らないよ。でも、光野さんの書く文章は前から気になってた」
「どこで見たの?」
「ほら、去年の夏休みの日記」
「日記?」
「5枚提出のうち、先生が1枚選んでろうかにはり出したの覚えてる?」
「うん、覚えてるけど……」
「あれの、光野さんの日記が最高に面白かったんだ」
「ええええ~っ!?」
先生が選んではり出した夏休みの私の日記って、あれだよね?
どこにも連れて行ってもらえなくて、書くことなさすぎて、自分が大金持ちだったら世界各地を回って何がしたいかを想像して書きならべただけのものだよ?
あれがはり出されてるのを見た時は目を疑った。
他の4枚はちゃんと実際にあったことを書いたのに、よりにもよってなんでこれなの!?って。
「あの、ただのむちゃくちゃな
「むちゃくちゃなんかじゃないよ。すっごく面白かった!」
理輝くんは心底楽しそうに笑ってる。
「行ったこともない国なのに、光野さんの文章を読んでるだけでその風景が見える気がしたんだ。面白くて、ワクワクして、僕はあの日記の前を通るたびに足を止めて最後まで読んでしまってた」
「そう、なんだ」
「うん。光野さんの心にはどんな素敵な世界が広がってるんだろうって思うと、うらやましかったよ」
「……」
理輝くんの瞳の中にウソは見あたらない。
(パーフェクト王子の理輝くんが、私のことをうらやましいなんて……)
ほこらしいような、くすぐったいような気持ち。
「それでね」
優しい声が耳にふれる。
「今日の4時間目に、光野さんが小説を書いていることを知って、思ったんだ」
「え?」
4時間目ってあの、惺也にいやがらせされた時だよね?
「光野さんにだけ見えてる風景を、ゲームで表現できたらきっと楽しいだろうな、って」
(よりによってあの瞬間?)
「光野さん、僕といっしょにゲーム作らない?」
「り、新川くん……」
ふくざつな気持ちだ。
惺也のやったことには今でも腹が立つ。
けどあれがきっかけで、理輝くんが私をゲーム制作にさそってくれたんだと思うと。
(どうしよう……)
こんな気持ち初めてだ。
今、理輝くんは私の手を取って、見知らぬ世界に連れて行こうとしている。
理輝くんが目指す夢の世界に。
(これをOKしたら、これまでの私じゃなくなってしまいそう)
不安な気持ちが背中をつつく。
はずかしい気持ちもある。
でも、それを何十倍も上回るキラキラとワクワクが私の中にあふれてくる。
「わ、私は…」
その時、私の言葉をじゃまするように、静かな音楽が流れ始めた。
校内放送が続く。
『5時になりました。まだ校内に残っている児童のみなさんは、すぐに下校してください』
(あ……)
「もう、下校の時間になっちゃったね」
オレンジ色の光に染まった理輝くんが、困ったように笑って首をかしげる。
「ごめんね、僕がここに来るのおそかったから。光野さんをこんな時間まで引きとめちゃった」
「う、ううん、別に……」
「返事は今度でいいよ。最初に言ったけど、いやならはっきり断ってね。僕は怒ったりしないから」
「あの……」
「さ、帰ろう。急がなきゃ、
「あ……、あの!」
階段に向かって早足で歩き出した理輝くんに、私は叫んだ。
「シナリオ、私やる!」
「え……」
「りき……、新川くんとゲーム作るの、私やってみたい!」
「本当!?」
理輝くんの顔に花が咲いたような笑顔がぱっと浮かんだ。
こちらにかけよるなり、理輝くんは私の両手を取る。
「本当に!? 光野さん、本当にいいの!?」
きゃああああっ!!
ち、近い近い近い近い!!
「あぁ、夢みたいだ。光野さんが僕とゲーム作ってくれるなんて!」
理輝くん、手! 手!!
「断られるの覚悟してたから、すっごくうれしいよ!」
こんなの
「あっ、光野さん?」
へにゃりとくずれおちそうになった私に、理輝くんはあわてた声を上げる。
「大丈夫?」
「うん……」
理輝くんは私の手をつかんだまま、ゆっくりと引き上げてくれた。
「ありがとう、新川くん」
「理輝、でいいよ」
「えっ?」
「さっき言いかけたでしょ、僕のこと『理輝』って」
聞かれてた!
上手くごまかしたつもりだったのに!
「これからは同じチームの仲間になるし、理輝って呼んで。その代わり」
理輝くんが歯を見せて笑う。
「僕も明日果ちゃんって呼んでいい?」
ふぁああああっ!?
理輝くんが私のことを名前で!?
「い、いいです、よ?」
「良かった。じゃあ、これからよろしくね、明日果ちゃん」
ぴやぁあああっ!?
うれしいけど、何だかすっごくはずかしい!
「あ、そうだ。明日果ちゃん」
「ふぇ?」
理輝くんがいたずらっぽく笑い、自分のくちびるに人差し指を当てた。
「ゲーム作りのことは、僕たちだけのひみつだよ?」
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