第5話 なんでいるの!?1

――今度の土曜日、あいてる?――

 理輝くんからそうさそわれたのがおとといのこと。

――うちでミーティングがしたいんだ――

(理輝くんの家におじゃますることになっちゃった)

――南公園のキリン像の前で待ってて。むかえに行くから――

 私はそばのキリン像を見上げる。

 今日のキリン像は、なんだかいつもよりきれいに見えた。

(昨日はきんちょうしてなかなか眠れなかったな)

 私はスカートのすそをちょっとつまむ。

(変、じゃないよね?)

 ウェスト部分に大きめリボンのついたドッキングワンピース。

 いつもは動きやすい服を選ぶから、これはまだ2回しか着たことがない。

 髪も念入りにケアしたし、つけて来たリップクリームはほんのりピンク。

(理輝くん、可愛いって思ってくれるかな?)

 小説ノートを入れたバッグを、キュッとだきしめる。

(デートじゃないのはわかってるよ? わかってるけどね!)

 この間の呼び出しだって、告白じゃなかったし。

 それでも理輝くんと休日に待ち合わせをして、一緒に過ごすなんて。

(すっごく特別な気がする!)

 時計を見上げると、待ち合わせ時刻の20分前。

(ちょっと早く来すぎちゃった)

 誰かが公園のそばを通るたびに少しドキッとしてる。

(クラスの子に見られたらどうしよう……)

――ゲーム作りのことは、僕たちだけのひみつだよ?――

(理輝くん、そう言ってたもんね)

 もしも知り合いが通りかかって、

 何してるの?

 誰かと待ち合わせ?

 なんかおしゃれしてない?

 なんて聞かれたら、どう答えよう。

 そんなことを思いながら、空を見上げていた時だった。

「えっ、早い!」

 背後から声をかけられ、びくんと飛び上がる。

「り、理輝くん……」

 そこには自転車にまたがって、片足を地面につけた理輝くんがいた。

「早めに来たつもりだったのに、待たせちゃった? ごめんね」

 あぁああぁあ、少しおどろいたような顔もまぶしい!

(今日も理輝くんはかっこいいなぁ)

 服はふだんと変わらないように見えるけど。

 学校じゃない場所で見る理輝くんは、いつもよりキラキラしてる。

 自転車に乗った姿も、スポーティーで素敵!

 しかも、『待たせちゃった? ごめんね』だって。

 これって、デートの時のお約束の会話じゃない?

「明日果ちゃん?」

「あ、ううん、大丈夫!」

「そう、なら良かった」

 春風のように優しいほほえみを浮かべて、理輝くんが自転車の向きを変える。

「あ、その荷物、かごに入れていいよ?」

「え? ううん、大丈夫!」

「そっか、大事なノートだもんね。ここから少し歩くけどいい?」

「だ、大丈夫!」

「ぷふっ」

 理輝くんが目を細めてクスクスと笑う。

「明日果ちゃん、さっきから『大丈夫』しか言ってないよ」

「あ……」

 ぎゃあああ、はずかしい!

 きんちょうして、何を話せばいいのか分からないんだもん。

(きっと変な子だって思っただろうな)

 顔が赤くなるのが分かる。

(失敗しちゃったかも)

 ノートの入ったバッグを抱きしめて小さくため息をつく。

 そんな私の耳に、理輝くんのすずやかな声がとどいた。

「明日果ちゃんって面白いね」

「え……」

 顔を上げる。

 理輝くんはまっすぐ私を見ていた。

 優しいまなざしで。

「さ、行こっか」

 理輝くんはにっこり笑うと、自転車を押しながら先に立って歩きだした。

 私はバッグを胸にかかえ、小走りで理輝くんに追いつく。

「明日果ちゃん、その服」

「えっ?」

「いつもと感じがちがうね」

「そう、かな」

 理輝くんと並んで歩きながら、ぎくしゃくと返事をする。

「に、似合わない?」

「ううん、いいと思うよ」

(うわぁ、うわぁ、うわぁああ!!)

 うれしくて叫びだしてしまいそうで。

 それをおさえるため、私はバッグを抱きしめる手にさらに力をこめる。

(理輝くんからこんなことを言ってもらえるなんて、生きててよかった!)

 しあわせで頭がポワポワする。

(雲の上を歩いているみたい、ふわふわした気持ち)

 だけど、この時の私は知らなかった。

 理輝くんの部屋に、『あいつ』がいるなんて。


「なんでいるの!?」

 それが、私と『あいつ』の口から同時に出た言葉だった。

 案内されて、初めて足をふみ入れた理輝くんの部屋。

 部屋の中央のテーブル前でジュースを飲んでいたのは、郷田惺也だった。

「どうぞ、明日果ちゃん、入って」

「えっと……」

 どうしよう、気まずい。

この間あんないやがらせしてきた惺也のいる空間に入りたくない。

(理輝くんの部屋に上がれると思ってワクワクしてたけど)

 今は心がひんやりとしている。

(帰ろうかな……)

 そう思って口を開きかけた時、言葉を発したのは惺也だった。

「おい、理輝! なんでここに光野連れて来た!?」

「なんでって」

 理輝くんは上着をぬぐと、イスの背にかける。

「僕がゲームのシナリオライターにスカウトしたから」

 ね?と理輝くんが私をふり返る。

「えっと……、なんで郷田くん、が?」

 私もなんとか言葉をしぼり出す。

「あぁ、惺也はね、僕のゲームの声優なんだ」

「せいゆう……?」

「おい、ちょ、やめろよっ!」

 惺也がテーブルをたたいて勢いよく立ち上がった。

「聞いてねぇぞ、光野をメンバーに入れたとか!」

「うん。今日、紹介するつもりだったんだ」

「はぁ? 何考えてんだ、お前は!」

 目の前では惺也が怒鳴り、理輝くんがおだやかな顔で返事をしている。

 けれど私の頭の中では、さっき聞かされたワードがくるくると回り続けていた。

 声優?

 声優ってあれだよね?

 最近TVでも時々見るけど、アニメの声とかする人だよね?

 声の演技の。

 惺也が?

 スポーツ以外、興味のなさそうな惺也が?

 声優!?

「郷田くんって、お芝居するの……?」

「はぁ!?」

 つい口からもれた声に、惺也がはげしく反応した。

「お前には関係ねーだろっ!」

「だって、声優って……」

「やってねー、やるわけねー!」

「でもさっき、理輝くんが……」

「や・ら・ね・え!!」

「やるよ」

 理輝くんの落ち着いた声が、惺也を止めた。

 理輝くんはテーブルの上のノートPCをいつの間にか起動させている。

「それに、惺也はすごく演技が上手なんだ」

「おい、理輝!」

「明日果ちゃん、聞いて」

「聞く?」

「は!? おい、やめっ!」

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