第2話 小説ノートの大ピンチ2

 給食が終わった昼休み、私は親友のかなたに小説ノートを見せていた。

 かなたは私が書く小説を絶対にからかったりしない、一番の理解者だ。

 小柄ではかない見た目のかなたは、妖精っぽくてちょっとうらやましい。

 こう見えて実はけっこう気が強いんだけどね。

 いつもなら、小説を読むかなたの反応が気になって仕方ないのだけど、今日の私は別のことで頭がいっぱいになっていた。

(理輝くんが取り返してくれたノート……)

 そのことが、あれからずっとぐるぐるしている。

 私の物語をつづる大切なノート。

 今はそれ以上の宝物になってしまっていた。

――大切なものだよね?――

(わーっ! わーっ!)

 あの時の理輝くんのほほえみと声を思い出すと、叫びだしたいような気持ちになる。

 なんだかほおも熱い。

(パーフェクトってのは、理輝くんみたいな人のことを言うんだろうな)

 前に女子で集まって、好きな子の名前を教えあったことがある。

 私とかなたはピンとくる子がいなくてパスしたけど、半分以上の女子が「理輝くん」って答えてたのを覚えてる。

(私も理輝くんのこと、好きになっていい……?)

「あれ、ここまで?」

 かなたの声に、私は現実に引き戻された。

 自習の時間に書いた部分を読み終えたかなたが、こっちを見ている。

「つづき、気になるー」

「本当はもっと書きたかったんだけど」

「あー、郷田君にじゃまされたもんね」

 2人でそっとため息をつく。

「ねぇ、ここ」

 かなたは、ノートを指さした。

「この、ニックがアリスに告白するシーン、絵を描いてもいい?」

(う……)

 さっき惺也にからかわれたシーンだと思うと、ちょっとモヤッとしたけれど。

「……いいよ」

 私は絵を描きやすいように、ノートをかなたに向けた。

 かなたはシャーペンを取り出すと、ノートの空白部分にサッサッと走らせる。

 見る間に、シャーペンの先から繊細なイラストが生み出されていった。

(わぁ……!)

 自習の時間のいやな記憶が、かなたのイラストの輝きの前に消え去って行く。

「やっぱりかなたのイラスト最高!」

「そんな、明日果の書くお話が面白いからだよ」

 かなたは目を閉じ、人差し指を自分のこめかみに当てた。

「明日果の小説読んでるとね、頭の中に映画みたいなのが流れ出すの。そしたらね、その光景を描きたくて描きたくてたまらなくなるんだ」

「かなたぁ……」

 私はかなたの小さな手をぎゅっと握る。

 そしてノートに目を落とした。

(私の書いた小説に、かなたの素敵なイラストが加わって、まるで本になったみたい)

 絵の効果で、イメージが前よりもっとあざやかに色づいて、続きの物語がどんどんと頭の中で走り出す。

(さっきいやがらせされて、小説なんて書くんじゃなかったって思ったけど……)

「やっぱり私、小説書くの好き! 楽しい!」

「ふふ、カナも明日果の小説好き。大ファンだよ」

「私だって、かなたのイラストの大ファンだからね!」

 私たちは手を取りあい、笑いあった。

「そういえば、明日果」

 かなたが顔を寄せ、声をひそめた。

「さっきの新川くん、かっこよかったね」

 その言葉に心臓がビクッとはね上がる。

「……うん。そ、だね」

 のどに声が引っ掛かって、ちょっと変な感じになってしまった。

「他の男子で、郷田くんにあんなふうに言える子いないもん」

「う、うん……」

 クラスの男子はあの時、惺也と一緒になってニヤニヤ笑ってるだけだった。

 そんな中で、理輝くんだけは……

――惺也、ノートを光野さんに返してあげなよ――

 とくん……

(あっ……)

 胸がキュッと苦しい。

 でも、いやな感じじゃない。

「な、なんかさ」

 声のふるえを、がんばっておさえる。

「他の男子にくらべて、理輝くんってちょっとオトナな感じかも」

「うん、それ。それからね……」

 かなたが何か言いかけて、私から目をそらす。

「何?」

「えっと、明日果、怒らない?」

「怒る? 私がかなたを?」

「……」

「えー、何? 言いかけてやめないでよ」

「うん、あのね……」

 かなたは上目づかいで私を見ながら、言いにくそうに口を開いた。

「郷田くんも、ほんのちょっとかっこよかったと思わない?」

「は!?」

 思わぬ言葉に、おなかの底からドスのきいた声が飛び出してしまう。

「あ、ち、ちがうちがう!」

 かなたはあわてたように両手をぱたぱたと振った。

「声がね、その、ニックっぽかったな、って……」

(あ……)

――そんなにお妃になりたいのかよ。自分の身を危険にさらしてまで――

 あの声を聞いた時、私も思った。

 本物のニックの声が、ノートから聞こえてきた、って。

 声がイメージ通りってだけじゃない。

 言い方も、声のトーンも、間も絶妙で……完璧だった。

(だけど……)

「そ、そうかな?」

 私はわざとそっけなく言う。

「ニックは素直になれないキャラだけど、あんなイヤなやつじゃないよ!」

「……」

「も、ぜーんぜん! 全然イメージじゃない!」

「ごめん……」

(あ……)

 しょぼんとしてしまったかなたに、私はあせる。

「かなたを責めてないよ? ニックはあんな声じゃないって思っただけだから!」

「うん」

 ふんわりと笑顔を浮かべるかなたに、ほっと胸をなでおろす。

(そうだよ。私の物語のキャラが、惺也なんかに似てるわけない)

 ふいに、高橋先生が乗り込んでくる直前に聞こえた声が、耳の奥によみがえった。

――悪かっ……――

(あれって……)

 まさか、あやまろうとしてた?

 私はぶんぶんと頭をふる。

「明日果? どうしたの、急に」

「あ、あはは、なんでもない!」

(まさかだよね)

 あんなひどいことしたやつが、あやまるわけない。


 『それ』に気づいたのは、そうじが終わって5時間目が始まった時だった。

(あれ?)

 机の中の小説ノートに、何かがはさまっている。

(プリント?)

 引っぱり出すと、手のひらサイズのメモ用紙だった。

(かなたかな? えーっと、なにな……)

 えぇえっ!?

 おどろきのあまり、私は蚊をたたく動きでメモ用紙を両手にはさむ。

 そのまま手を机の下にかくし、誰にも見られなかったか辺りをうかがった、

(うそ、でしょ……?)

 ドキドキしながらそっと手を開き、もう一度メモを見る。


『話したいことがあります。

 放課後、4階渡りろうか横の

 掲示板前に来てください。

         新川理輝』


(4階の渡りろうか横の掲示板前って……)

 そこは、放課後に人がほとんど通らない場所だ。

 だからこそ、女子の間ではひみつの告白スポットになっている。

(告白……?)

 頭が真っ白だ。

 どっちが天井でどっちが床か分からなくなるほどクラクラする。

(理輝くんが、私に……!?)

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