ゲーム作りはひみつ色

香久乃このみ

第1話 小説ノートの大ピンチ1

「そんなにお妃になりたいのかよ。自分の身を危険にさらしてまで」

 その声が聞こえてきた瞬間、私の心臓がビクンとはねた。

 だって、私の小説ノートが突然しゃべりだしたと思ったから。

「え……?」

 木曜の4時間目、自習でざわめく6年2組の教室の中。

 課題プリントを終えて、こっそり小説を書いていた私――光野みつの明日果あすかはノートから顔を上げて辺りを見回した。

郷田ごうだ、くん……?」

 そばに立っていたのは、本来ならもっと後ろの席に座っているはずの郷田ごうだ惺也せいや

 学年一足が速くてスポーツ万能。

 運動会や球技大会なんて、惺也が登場しただけで全学年から歓声がわき起こる。

 そんな惺也が、なぜか戸惑ったような顔つきで私を見下ろしてた。

(まさか、さっき聞こえてきたのは……!)

――そんなにお妃になりたいのかよ。自分の身を危険にさらしてまで――

(惺也の声だ!!)

 私はあわてて小説ノートの上におおいかぶさった。

(見られた、私の小説……!)

 ほおがカアッと熱くなる。

 惺也が読み上げたのは、まちがいなく私が書いた小説の一文。

 主人公アリスのことが好きなのに、素直になれない少年ニックのセリフだ。

「勝手に見ないで!」

 はずかしさで、つい強い口調になってしまう。

「のぞくなんて、変態!」

「なっ!?」

 自分でもすぐに、言いすぎたと思った。

 パニックになっておかしなこと言っちゃった、って。

「……っ」

 見る間に惺也の顔が紅色に染まる。

 眉がつりあがり、目つきがけわしくなったと思うと、惺也は爆発した。

「はぁ? 変態はそっちだろ!」

 な……。

「それってラブストーリーじゃん。エロ!」

「え……、エロじゃないよ……」

「どうせキスとかするんだろ。うわ、はっずかしい!」

「や、やめて……」

 気がつくとクラスのみんなの視線が私たちに集中していた。

 ざわめきは止まり、面白がるように目がくるくると輝いてる。

「取った!」

 惺也の声とともに、私の体の下からノートが消えた。

「あっ!」

「へー、ほー、なになに?」

 惺也はにやにや笑いながらノートを大きく広げて、頭の上に持ち上げる。

 私は席から立ち上がり、取り返そうとノートに手を伸ばした。

 けれど惺也はタイミングよく私の手をよけて、かすらせもしない。

「やめて、返して……!」

「『きっと王子も、お前を好きになる』!」

 クスクスという笑い声が、教室のあちこちから聞こえてきた。

 顔全体が火のように熱くなる。

 なのに頭の奥はキィンと冷たい。

「『王子の妃になんてなるな』」

 クラスメイトの笑い声がさっきより大きくなる。

 耳の奥がぐわんぐわんと鳴り、手や足がふるえた。

 親友のかなただけが、心配そうにこちらを見ている。

「やめて……」

「『お前が好きなんだ、ずっと前から!』」

 おぉーっ!という歓声があがった。

 手をたたく男子、ほおに手を当て惺也の朗読に聞きほれる女子。

(もうやだ……!)

 はずかしさと悔しさと悲しさで、目が熱くなる。

「惺也、こっちパスパース!」

 男子の1人が立ち上がって、頭の上で両腕を大きくふる。

 惺也は一瞬ノートを投げるような仕草をした後、フリだけでやめて笑った。

(ひどい……!)

 全身が心臓になってしまったみたいに、どくんどくんしている。

(こんないやな思いするくらいなら、小説なんて書くんじゃなかった……!)

 視界がじわっとにじみ、惺也の意地の悪い笑顔がゆがんで見えた時だった。

「やめなよ、惺也」

 すずやかな声が、たった一言で教室中のざわめきを止めた。

 みんながいっせいに、声の主に目を向ける。

 視線の先では、理輝りきくんがやわらかにほほえんでいた。

 新川あらかわ理輝りき、児童会長で成績優秀、文武両道。

 みんなからの信望も厚く、先生たちからも頼りにされている。

 それだけじゃなく、見た目も王子様みたいにかっこいい。

「な、何だよ、理輝……」

 うろたえる惺也に向かって、理輝くんがまっすぐに近づいてくる。

「そういういたずら、僕はあまり好きじゃないな」

 春の風をまとい、明るい色の髪を揺らしながら。

(理輝くん……)

「惺也、ノートを光野さんに返してあげなよ」

 理輝くんは優しい声で惺也をうながす。

「本当は、そんなことしたいわけじゃないよね?」

「……」

 優等生な発言なのに、いやみっぽさがかけらもない理輝くんの声。

 理輝くんは惺也のかかげるノートに手を伸ばすと、するりと取り上げた。

「はい、光野さん」

 理輝くんがほほえんで私にノートを差し出してくる。

「大切なものだよね?」

 私はまだふるえる手で、それを受け取った。

「あの、ありがとう……」

「どういたしまして」

 女子の間から、ほー……っとため息がもれる。

 あちこちから飛んでくるうっとりした視線の中、理輝くんは優雅な足取りで席へと戻って行った。

(理輝くんが、取り返してくれた……)

 さっきとは別のドキドキが胸の奥からわきあがってくる。

 あまくて、あたたかくて、ふわふわするような……。

「おい」

 惺也の低い声で、ハッとなる。

 惺也は仏頂面をしてこちらをにらむように見ていた。

「……」

 私はノートを守るようにかかえこむと、席にストンと座って惺也をにらみ返す。

「……、オレは……」

 惺也は何か言いたげに口をモゴモゴ動かす。

 やがてみんなの注目を集めていることに気づくと、ぷいっとそっぽを向いた。

「悪かっ……」

「こらぁ! 2組うるさい!!」

 ガラリと引き戸が開いたかと思うと、隣のクラスの高橋先生がどなり込んできた。

 教室は理輝くんのおかげで、もうすっかり静けさを取り戻していたのに。

 高橋先生は、ただ1人立っていた惺也に目を向ける。

「郷田ぁ! 何をお前はフラフラ歩き回ってんだ! 授業中だぞ!」

「げっ! やっべ!」

 惺也が小走りで自分の席へ戻っていく。

 その姿に、クラスのみんなは小さく笑った。

(よかった、ノート戻ってきて……)

 私は腕の中の大切なノートを見下ろす。

 まだ胸のドキドキがおさまらない。

(理輝くんが取り返してくれた……)

 あの時のほほえみを思い出すたび、あったかい気持ちになる。

(まるで、物語の王子様みたい……)

 ヒロインのピンチにさっそうと現れて、あざやかに悪者をしりぞけるような。

(かっこよかったな……)


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