第58話 目覚まし

 太ももに間にハマった頭を左に動かすと里奈りなの体がビクッと動く。

 服の上ではなく地肌に直接触れている状態なのを全く考慮していなかった。


「ごめん。ちょっと周りの様子を見たくて」


「ううん。大丈夫」


 視線の先にはかき氷とフランクフルトを持った爽井さわいくんと仁奈になさんの姿があった。

 僕が見ていることに気付いたのか駆け足になる。


「よかった! 純浦気が付いたんだな」


「うん。ごめん。寝ちゃって」


「寝てたってウソだろ? 熱中症かもって焦ったんだから。悪ノリし過ぎたわ。ごめん」


「いいんだ。元はと言えば僕がお城を壊したのが悪いんだし」


「ううん。さすがにあれはやりすぎだった。わたしもごめん」


 里奈りなに膝枕をされたまま、おっぱいで近くの視界が遮られているので爽井さわいくんと仁奈になさんの顔はよく見えない。

 そんな状態でも二人の申し訳なさそうな表情は目に浮かぶので、もうこの件に関しては誰が悪いとかはない。

 

 なんなら砂で作ったお城をおっぱいに見惚れて壊し、罰ゲームに寝落ちしてみんなに心配を掛けた僕こそが一番の戦犯な気がしないでもない。


 誰かがこの事実に気が付いてしまう前に手打ちにしてしまいたかった。


「起きれるか。かき氷とか買ってきたけど」


「ありがとう。うん。食べれそうかな」


「全部味はバラバラなんだ。ここは純浦から選んでくれ。いいよな?」


「うん」


「あたしはてるから分けてもらうからそれでいいよ」


「じゃあ俺達も分け合おうぜ」


「先に言っておくけどスプーンは自分のを使うんだからね」


「わかってるよ」


 ゆっくりと体を起こすと笑顔の奥に無念さを隠す爽井さわいくんの表情が目に入った。

 分け合う時に間接キスとか期待しちゃうよね。その気持ち、わかるよ。


てるはあたしが食べさせてあげる。口移しでもいいよ」


「またそんなこと言って。いざやろうとすると照れるくせに」


「たしかに恥ずかしいけど、でもさっき、目覚めのキスをしたし」


「「「え?」」」


 里奈りな以外の3人の声が重なった。

 とりわけ僕の声が大きかったけど、突然のキス発言に空気が変わったのは間違いない。


「いや、だってキスは準備が……」


 あまりの事態に二人きりで話した内容をポロっと口走りそうになった。

 動揺して言葉に詰まったのは不幸中の幸いだ。


「キスした瞬間はまだてるの意識なかったもんね。いやあ、初めてのキスを彼氏の目覚めに使えて幸せだよ」


「ま、待って! 本当にキスしたの!?」


「そんなに大きな声でキスって言わないでよ。恥ずかしい」


 自分の唇に指を当てても水分不足でカサカサしていることしかわからない。

 それに対して里奈りなの唇は瑞々しく張りがある。

 あまりの質感の差に触れ合ったことが申し訳ないと思うレベルだ。


「結局キスした直後には起きなくて、自然に目覚めたって感じだったけど」


「ごめん。本当に記憶がない……」


「じゃあ、もう一度する?」


「いや、ここでは……」


 人混みで、しかも彼女の妹と友達がいる前でキスは恥ずかしすぎる。本来は嬉しいはずのキスが罰ゲームへと変わってしまう。

 回数を重ねてキスが挨拶みたいな関係になれば話は変わるんだろうけど、残念ながら僕らはその域には達していない。


「俺達がいない間に進んでたんだな。おめでとう」


「いや、おめでとうじゃなくて記憶がないから全然実感が」


「……なんてね。てる、ドキドキした?」


「はえ?」


「さすがに寝込みを襲うようなことはしないよ。お互いに初めてのキスなのに相手が寝てるとか寂しいじゃん」


「……えーっと」


「ごめんごめん。からかっただけ。あたしのファーストキスはまだ誰のものでもないのだ」


「……よ、よかったぁ」


 2回目や3回目だってその時しかないけど、初めてというのはやっぱり特別の中の特別だ。

 その特別な時間を彼女と共有できないのはすごく寂しい。


 里奈りなといろいろな初めてを積み重ねて、寝取られ願望から目を覚まさせる。

 折れかけていた心が少しずつ復活してきた。


「それでどう? 目は覚めた?」


「覚めた覚めた。これ以上ないドッキリだった」


「お姉ちゃん、あんまり純浦くんをからかわないの!」


「だってぇ、てるの反応がおもしろいからつい。仁奈になもやってみる? ハマるよ?」


「しません!」


 爽井さわいくんという彼氏ができた今、仁奈になさんが僕の心を惑わすこともないはずだ。

 過去のことを完全に水に流すことはできないけど、お互いの記憶の奥底に封印すれば問題ない。


 目を覚ました瞬間に僕が仁奈になさんの名前を口走ったことも里奈りなは黙っているし、ここから仕切り直せば大丈夫だ。


「それにしても純浦も元気そうでよかった。安心したら急に腹減ってきた」


「あ、じゃあ今度は僕らが買い出しに行ってくるよ。いいよね里奈りな


「う、うん」


「どうしたの?」


 二つ返事で了承しそうなものなのに里奈りなの表情は曇っている。

 まさか今度は里奈りなの体調が……。


「足がしびれて立てない」


「あぁ……」


 正座した状態で僕の頭をずっと乗せてたからなあ。

 原因が完全に僕にあるので何も言い返せない。


「じゃあわたしが行ってくる。星太せいた、お姉ちゃんのお守お願いできる?」


「いいけど。俺が買い出し行こうか?」


「男子がいないと変なナンパとか面倒だもん」


「あー、そっか。わかった。……って、じゃあ俺と仁奈になでよくない?」


「二人にまた買い出しに行ってもらうのも忍びないんだよなあ」


 だからと言って仁奈になさんと二人きりというのも気まずいというか、里奈りなの思惑通りの展開に突入してしまいそうでちょっと恐い。

 水族館と違って人も多いし周りも明るい。そんな状況で何か起きるなんてあり得ない。

 でも、仁奈になさんの時折見せる大胆な行動は男子高校生の性欲を刺激して正常な判断を狂わせる。


 仁奈になさんにだって彼氏がいるわけだからこれ以上の不貞行為はさすがに罪悪感に押し潰されてしまう。


「純浦がそこまで言うなら任せるわ。仁奈になもお願い。留守は任せろ」


「うん。お願い。お姉ちゃん、星太せいたに変なことしないでね?」


「さ、さすがに妹の彼氏には……そもそも動けないし」


「……里奈りなの弱点は正座だったか。今後の参考にしよう」


「ズルい! 剣道部のくせに性根が曲がってる!」


「はいはい。足がしびれてる人は大人しく待っててね」


「くぅ~~~てるに子供扱いされると悔しい!」


「そんなお姉ちゃんにはポテト買ってきてあげるから。良い子で留守番してるんだよ」


仁奈になまで!? 足が……足さえしびれていなければ……」


 無念のまま散っていく武士のように声が小さくなっていく。

 きっと回復したら仕返しされるんだろうな。心の中でそれを期待している自分がいた。


 ……僕ってやっぱりMなのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る