第51話 お披露目

「よし。こんなもんかな」


爽井さわいくんがいて助かった……」


 持参したレジャーシートを砂浜に敷いてそこに二本のパラソルを立てる。

 たったそれだけの作業なのになかなかバランスが取れず、気付けば結構な時間が経過していた。

 

 必死に動いている時は気にならなかった汗も一瞬の安堵感によってその存在を意識せざるを得ない。


「あー! 早く海に入りたい」


「おっ! 純浦すみうらも海男になった?」


「なに海男って。ああいう人?」


 金髪で肌の黒いチャラそうな男を視線で指すと爽井さわいくんが笑った。

 海に入りたがるだけでああいうタイプと同じになれるなら苦労はしない。

 僕はただ暑くて仕方がないから水を浴びたいだけなんだ。


「高校までは地味だったやつが大学で変貌を遂げるパターンもあるらしいぞ」


「僕が数年後にああなってるってこと? ないない」


 手をパタパタと振り否定する。

 むしろ里奈りながもう少し派手になって僕の地味さが際立つ可能性の方が高いと思う。


「まあ純浦すみうらは大学生になっても純浦すみうらのままだろうな。大学デビューなんてしなくても彼女がいるわけだし」


「そうそう。爽井さわいくんこそ大学でチャラくなるんじゃないの?」


「バカ。俺は仁奈になと幸せな生活を送るために真面目に勉学に励むよ」


爽井さわいくんが言うとなぜか説得力がある……」


 意識の高いことを言うやつってだいたい胡散臭いけど、爽井さわいくんは根っからの爽やかさで胡散臭さを一切感じさせない。

 これもある種の生まれ持った才能なんだろうな。羨ましい。


「っていうか二人とも遅いな。更衣室混んでるのかな」


「それはあるかも。この人出だし」


 かなり早く到着したにも関わらずビーチにはすでに大勢の人で賑わっていた。

 海の家から離れたこの場所もパラソルを設置する前は穴場みたいな雰囲気だったけど今ではもうかなりの人が腰を据えている。


「まさかここに辿り着く前にナンパされて……」


「さすがに早くない? 更衣室の前で待ち構えてるのはさすがに不審でしょ」


「だ、だよな。更衣室のあたりは女子の聖域ってことでナンパもないよな!?」


「うん。大丈夫……だと思う」


 里奈りなも一緒だから、よほどしつこいか強引でない限りはナンパをはねのけられるはず。

 仁奈になさんだって何度も告白を断る度胸の持ち主だし、双海姉妹を攻略するのは簡単じゃないんだ。


「とりあえずあと10分待って来なかったら様子を見に行ってくるよ。爽井さわいくんは荷物をお願い」


「いや、俺が様子を見に行く。純浦すみうらはここで休んでてくれ」


「わかった。まああと10分は待つんだけどさ」


「そ、そうだな。よし。海でも見て心を落ち着けよう」


 パラソルを立てる時の頼れる男感はどこへやら、やることがなくなってチャラ男の姿が目に付くようになってから爽井さわいくんはずいぶんとソワソワしている。


 たしかにナンパ寝取りモノってああいう人が出演してるからな……って、まさか爽井さわいくんも見たのか?

 シコ太郎ならノータイムでそっちの話題に切り替えられるけど、いつ彼女がやって来るかわからないこの状況では振りにくい話題だ。


「海は大きいなあ……」


 早くも黄昏れる爽井さわいくんを横目に僕も海をじーっと眺める。

 キラキラと光る砂浜とゆらゆらと揺れる波。

 男子高校生特有の妄想力で今ここにはいない彼女の姿が自然と浮かび上がる……。


「やっほ! お待たせ」


「うわっ!」


「最愛の彼女が登場したのにひどくない?」


「ご、ごめん。ボーっとしてて」


 僕の妄想力を現実が超えてきた。

 目の前に現れた眩しすぎる肉体美。エロいの前にまず美しいという言葉が頭に浮かんだ。


「どう……かな」


「すごい……」


 美しいという言葉が頭に浮かんだのに、実際に口から出たのは語彙力のない感想だった。


黒いビキニ。布面積はそこまで小さくないのにおっぱいが大きすぎて今にもこぼれ落ちそうになっている。

いつもはポニーテールにしてる髪をお団子にしてまとめているのも雰囲気が変わって新鮮だ。


「もう! てるってばおっぱいばっかり見てるでしょ」


「そんなことない! ちゃんと髪も見てるから」


「水遊びする時は長いと邪魔だからね。よかった。ちゃんと気付いてくれて」


「さすがにわかるよ」


 前髪を1㎝切ったとかだと気付けないかもしれないけど、露骨に髪型が変わるのはさすがにわかる。

 彼女の変化に気付くことで普段からちゃんと見ていることを伝えていきたい。


「ほら、仁奈になも」


「えー? まだいいよ」


「なに言ってるの。いつまでもタオルで隠してたら彼氏さんに見てもらえないよ?」


「ひゃっ!」


 仁奈になさんの身を包んでいたタオルを勢いよく引っぺがすと、同じ黒の水着をまとった姿が白日の下に晒された。


 「おおっ!」


 感嘆の声を上げたのは彼氏である爽井さわいくんだ。正直僕も声を上げて感動を共有したかった。でも、それはなんだか浮気みたいな気がしてグッと堪えた。


仁奈になさんはビキニではなくワンピースタイプでこのまま町を歩いても違和感がない。と言いたいところだけど、その胸の膨らみは堂々と主張していた。

身体にピッタリと張り付く水着特有の質感がとてもエロい。


 ビキニが自分の体を惜しみなく披露するのに対しワンピースは体型を隠すみたいなイメージを持っていた。

 たしかにその通りで仁奈になさんの露出は少なめだ。


 でも、だからこそ妄想をかき立てる膨らみが確かにそこに存在する。

 谷で攻める姉と、山で攻める妹。

 僕と爽井さわいくんはとんでもない戦場に足を踏み入れてしまったのかもしれない。


「あんまり見ないでね。特に純浦すみうらくん」


「う、うん……?」


 女の子にお願いされたらとりあえず受け入れるしかない。

 僕にだけ釘を刺すということは、彼氏には見せてもいいということ。

 

 堂々とビーチに現れる里奈りなより、羞恥に頬を染める仁奈になさんの方が個人的にはシチュエーションが好みだ。


「あ、やっぱりちょっと照れてる方が好みなんだ」


「え、あ、いや……」


「あたしだって恥ずかしいのをごまかすために空元気なんだからね」


 僕にだけ聞こえるように耳打ちされて、彼女の本心を見抜けたなかった自分が情けなくなると同時に体に電流が走ったような刺激を受ける。

 彼女の声と息を耳に直接浴びるのは何度体験しても慣れない。たぶん僕の耳はそういう器官として発達してしまっている。


「だからてるも一緒に恥ずかしくなろ?」


「え?」


 彼女はバックから日焼け止めを取り出した。

 クリームタイプではなくオイルタイプのようだ。


 まさか自分がこんな体験をするなんて夢にも思っていなかったので頭の中でシミュレーションをしていなかった。

 

ドキドキと胸は高鳴るのに手指は緊張で冷たくなっていく。

 彼女のいたずらな笑みが、僕の体温をさらに狂わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る