第50話 海開き

「「海だあああああああ!!!」」


 両手を天に高く突き上げ大声で叫ぶ。


 ……のはバスケ部の二人だ。

 同じ運動部でも剣道部とバスケ部ではテンションやノリが違う。


 外で叫ぶなんて普段なら周りの注目を集めてしまうが、バスケ部と同じノリの若者が集まっているこの空間ではさほど目立たない。

 むしろ若干引いてる剣道部組の方が浮いているくらいだった。


「お姉ちゃん恥ずかしいからやめてよ!」


「旅の恥はかき捨てだからね。それに爽井さわいくんだって」


「ごめん。つい……」


 あまり反省していない里奈りなに対して爽井さわいくんは申し訳なさそうに顔の前で手を合わせている。

 姉である里奈りな仁奈になさんの注意を受け流せるけど彼氏の爽井さわいくんはしっかりと受け止める。


純浦すみうらくんもお姉ちゃんを見張っておかないとダメだよ?」


「は、はい」


 これで完全に力関係がわかったね。僕はピラミッドの最下層。だけどこのピラミッド自体がキラキラと眩しいものだから悔しくなんてない。


「それじゃああたし達はあっちで着替えてくるから。待ち合わせは……」


「海の家から遠いけどあの岩場あたりはどうかな。俺らはパラソル借りて待ってるから」


「オッケー。頼りにしてるよ彼氏さん達」


「お、おう」


 太陽よりも眩しい笑顔でお願いされたら彼氏としては張り切るしかない。しかないんだけど、やっぱりこの陽の雰囲気溢れる場所に苦手意識を抱いてしまう。


 里奈りなと二人きりならイジられて終わるところが、バスケ部という陽キャの集団に属している爽井さわいくんがテキパキと判断するから余計に惨めな気持ちになる。


「行こうぜ純浦すみうら。早くしないと場所を取られちまう」


「ああ。じゃあ、またあとで」


「水着のお姉さんに誘惑されたら許さないからね」


「あはは。里奈りなより可愛い人なんていないよ」


「それは聞き捨てならないな。仁奈になの方が……って同じ顔の双子で争っても不毛だな」


星太せいた、あとでちょっとお話があります」


「え……はい」


「そこはちゃんと自分の彼女を立てないとダメだろ」


「まさか純浦すみうらにダメ出しされるとは……さすが恋愛の先輩」


「先輩ってほど経験はないから!」


 うん。彼女とのキスは未経験だから僕と爽井さわいくんのレベルは同じみたいなものだ。

 むしろ爽井さわいくんの方がモテる分だけ女の子との会話も慣れてるだろうし、気付いたらあっという間に追い抜かれてしまう。


 よそはよそ、うちはうち。

 子供の頃は鬱陶しくてたまらない説教文句だったけど、今となってはこの言葉が心の支えだ。


 更衣室へと向かう姉妹を見送り残されたのは男二人。

 通り過ぎる大学生くらいのお姉さん達は爽井さわいくんをチラチラと見ていった。


 里奈りなの心配は僕には無用だけど、爽井さわいくんの場合は本当に気を付ける必要があるかもしれない。


「パラソルはどうする? 二つ借りて一応それぞれ使えるようにしとく?」


「そうだね。二人用のを二つの方が良いかも」


「いや~。まさかダブルデートで海に来るなんて思いもしなかった」


「僕もだよ。海とは無縁の高校生活を送るところだった。人生何があるかわからないね」


「本当に。俺が仁奈になと付き合えたのも元を辿ると純浦すみうらのおかげだしな」


「バタフライエフェクトってやつかな。一見無関係なことが引き金になってるってやつ」


「たぶんこの海にいる男でバタフライエフェクトを知ってるのは純浦すみうらくらいだよ」


 そんなことはないだろと思いつつ、見渡す限り髪型も体格も全てが自分と違う陽のオーラに溢れた男性陣の姿を見るとあながち間違いではない気がしてきた。


 自分と違う人種がたくさん集まる場所なんて絶対に近付かない。たぶんこれが陽キャと陰キャの大きな違いで、僕と里奈りなの違いでもある。

 

 変な男から彼女を守ると意気込んだものの、僕はこいつらからちゃんと守れるか一気に不安な気持ちに押し潰されそうになった。


「実はさ、あの岩場のあたりにライフセーバーがいるんだ。ほら」


 爽井さわいくんが指差した先にはプールの監視員が座るような高いイスがあった。


「あそこなら何かあってもすぐに助けを呼べるだろ? 海の中の事故じゃなくてしつこいナンパとかでライフセーバーを呼んでもいいのか知らんけど」


「実は爽井さわいくんもビビってた?」


「仕方ないだろ。さすがに大学生とかには勝てねーって」


「はは。なんか力が抜ける。じゃあ僕がビビってても全然おかしくないね」


「そりゃあ、あんなに可愛い彼女だからナンパくらいされるかなって」


 照れ臭そうに可愛いと言う爽井さわいくんの姿はまるで恋する乙女のようで、動画に撮って当の彼女本人に見せてあげたいくらいだった。


「そういうことは本人にちゃんと言ってあげればいいのに」


「……二人きりの時でね。さすがに友達の前では恥ずかしすぎる」


「ああ、うん。そだね。いつも里奈りなに振り回されて感覚がマヒしてた。そういうのは二人だけの時間にしたいよね」


 電車の中で周りの目を気にせずにおっぱいを頭に乗せてくる彼女と付き合っているせいで僕まで倫理観が崩壊するところだった。

 爽井さわいくんみたいなまともな友達がいるのは人生の方向性を決める意味でも非常に心強い。


 仁奈になさん、素敵な彼氏ができて良かったね。


「そんなに早く出てくるとは思わないけどさっさとパラソル借りて組み立てるか。しっかり準備を終えて水着姿の彼女を迎えようぜ」


「そうしよう。ところで爽井さわいくんは彼女の水着は」


「当日のお楽しみだってさ。仁奈になのことだからそんなに派手じゃないと思うけど」


「だよね。里奈りな里奈りなで意外と恥ずかしがりなところがあるから」


「でもまあ、楽しみだ」


「うん」


 力強く頷いて僕らは海の家に向かった。

 照り付ける太陽がじりじりと肌を焼く。いつもなら鬱陶しくて仕方のない日光も今日ばかりは許せてしまう。

 それくらい彼女の水着が楽しみで、期待感が全ての感情を上塗りしていた。

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